
人生の忘れ物を、取りに行こう。
青い空と青い海、緑の島のふるさとへ。
父と母の島へ行こう。
海に浮かぶ1日の中でさえ、大切な時間が僕を待っている。


ある時、社長が言いました。
「五条くん、2週間休んでいいよ」
この夏、僕の職場である本店が改装工事に入るので、2号店での合同営業となりました。
つまり、1つの店に、2店舗分のスタッフがいるわけです。
この1年半ほど、僕と”くらみっちゃん”はそれぞれの店舗で人手不足のため、一人営業で頑張って来たのですが、今はスタッフも増え、そのご褒美で2週間ずつ休みを頂けることになったのです。
「えっ?こ、心の準備ができてません💦」

僕はすごく頑張って、還暦を過ぎた頃に2週間の休みを社長におねだりする計画を練ってはいたのですが、まさか突然のことに驚きを隠せません。
「海外旅行にでも、行っておいでよ」
狼狽する僕に、社長はそう言ってくれたのですが、僕の返事は決まっていました。
「いえ、もし長期休暇をいただける日があるなら、どうしても行きたかった場所があります。小笠原に行かせてください」

そうして、僕の長くて短い夏休みの帰郷が、始まったのです。



「小笠原諸島」(おがさわらしょとう)は、東京都の小笠原村がある島となります。
諸島というだけあって、島の数は30余、総面積は104㎢。

しかしその場所は、東京都特別区から南南東に遠く、遠く離れた約1,000kmの太平洋上にあります。
遠いんよ、これが。

小笠原諸島とは、父島・兄島・弟島などの「父島列島」、母島・姉島・妹島などの「母島列島」、聟島(むこじま)・嫁島・媒島(なこうどじま)・北ノ島などの「聟島列島」、北硫黄島・硫黄島・南硫黄島からなる「火山列島」(硫黄列島)のほか、西之島、南鳥島、沖ノ鳥島を含む総称となります。

このうち、父島列島・母島列島・聟島列島は「小笠原群島」と呼ばれますが、僕らがイメージする小笠原諸島は、この”群島”である場合が多いです。

さらに、民間人が居住するのは「父島」「母島」の2島であり、自由に旅ができるのも、この2島となります。
他の島々は上陸が禁止されていたり、ガイド付きでなければ行くことができなかったりします。

そして僕らが小笠原に行くならば、東京から父島に向けて出港する「おがさわら丸」に乗らなくてはなりません。
現在はそれしか、方法がありません。
母島に行くには、まず「おがさわら丸」にて父島へ行き、そこから「ははじま丸」に乗り換えて向かうことになります。
つまり、福岡から小笠原に行こうと思えば、まずは東京に行き、そこから父島に向かうほかないのです。



【1日目 AM 11:00】
チケットを握り締め、僕は「おがさわら丸」に乗り込みます。
部屋は「特等室」(スイート)、「特一等室」(デラックス)、「一等室」(スタンダード)、「特二等寝台」(プレミアムベッド)、「二等寝台」(エコノミーベッド)、「二等和室」(エコノミー)と分かれておりますが、

莫大な旅費を少しでも節約するため、僕は二等和室のエコノミーなわけで、このマットレスを広げた上が僕に与えられた聖なる領域となります。
でもまあ、十分です。
180cmの僕でも寝心地は十分で、寝る時以外はほとんどここにいないので。
24時間利用可能なシャワー室もあります。
荷物を置いたらそそくさと甲板へ向かいます。
見送りの声が飛び交う中、汽笛をあげて、岸から船が徐々に離れていきます。
おがさわら丸が出航してから最初の2時間は、東京湾クルーズが楽しめます。
序盤のビックイベントは、迫力の横浜ベイブリッジ通過。
おがさわら丸は到着前の1時間は船室待機となりますので、このイベントは東京湾出航時しか体験することができません。

都会の街が、どんどん僕から離れていきます。
さようなら、無駄に多い大都会の群衆たちよ。

そしてこれが、東京湾の海の色だ。

この色を、記憶しておくと良いと思います。

そんな東京の海上に、巨大なヨットが出現しました。

このヨットは東京湾アクアライン(東京湾横断道路)のトンネル部の換気施設で、工事中はシールドマシンの発信基地として利用されたのだそうです。

この建物は風の流れをうまくキャッチし、高い排気効率を得られるように空気力学的に基づいて設計されており、「風の塔」と呼ばれています。
風といえば、こんなショーも見れます。
なかなかな迫力。

船は、阿吽の磐座が鎮座する安房口神社のある三浦半島と、

洲崎神社のある房総半島を越えて、外洋へ進んでいきます。
二つの磐座が、僕の航海をあたたかく見守ってくれていたのでした。たぶん。



【PM 1:00】
一通り東京湾観光を楽しんだ後は、船内レストランに足を運びます。

ずらりと並んだメニュー。
どれにしようか悩みます。

お値段はすごく高いわけでもありませんが、安くもありません。
小笠原産食材を扱ったメニューもあると聞いていましたが、見た感じ”父島産島塩”を使ったものしかないようでした。
船内では軽食を扱う展望ラウンジや売店もあります。
カップ麺の自動販売機もあり、それらを選択するのもアリだと思います。

しかしせっかくだからね、僕は往復の6食はすべてこのレストランでいただきました。
「父島産島塩ラーメン」はあっさりした定番のラーメンで、旨し。島塩のミネラルもたっぷりスープに溶け込んでいます。たぶん。
”往復6食”というのは、おがさわら丸は東京を朝11時に出航して、父島に翌日の朝11時に到着します。
つまり船で片道24時間過ごすことになり、朝・昼・夜の3食を食べることになります。

携帯の電波は、伊豆諸島海域くらいまではギリギリ飛んでいましたが、やがてゼロになりました。
ネットのどこかで、”おがさわら丸はWi-Fiが使えますよ!”って情報を見た気がしましたが、なるほどそうだよね。
衛星通信で24時間4000円。さすがにそこまで贅沢はできません。

だけどね、電波がないからこの時間が贅沢なんだ、ということを僕は知るのです。
そうだ、たまには酔っぱらってみるのもいいかもね。
陽気と潮の香りを感じながら、地域限定”小笠原島レモン”クラフトチューハイをチビチビやっていると気持ちよくなって、甲板でシエスタしてしまいました。
こんなにたっぷり昼寝したのなんて、何年ぶりだろうね。



【PM 6:00】
自分のいびきで目が覚めます。
口からよだれ、垂れてないかな。

海を見れば、太陽の女神が僕のアホヅラに笑いかけながら、水平線に隠れていきます。

雲形台に載った御神境のよう。

太陽の女神がお隠れになると、

長い長い夜の、月の女神の時間が降りてきました。

昼寝をしていただけですが、まあお腹も空いてきたので再びレストランへ。

どれにしようか、とまた悩んでしまうのですが、”若鶏の唐揚げと白身魚のフライ定食”にしてみました。
これはボリュームもあって、ディナーとして満足いくものでした。

食後は7デッキの展望ラウンジでアフターコーヒータイム。
でも展望ラウンジはちょっと賑やかすぎですね。丸テーブルを囲ってワイワイやってる人たちでいっぱいでした。
おがさわら丸は最上階の8デッキまであります。
最下層の1デッキは機械室になり(たぶん)、僕の今回のスイーツルームは2デッキです。
エントランスのある4デッキから上はエレベーターがあるのですが、それを使うのは負けな気がして、2デッキから8デッキまでの階段を僕は何往復もしました。

空が暗くなるとね、天気が良ければ最高の天体ショーが楽しめます。
iPhoneで星空撮影を頑張ってみたけど、揺れるし仕方ないね。
僕はスマホをポケットに仕舞って、デッキの長椅子に寝っ転がって、満点の星空と天の川、それにいくつもの流れ星をいつまでも眺めていました。



【2日目 AM 5:00】
しばしお別れだった太陽の女神と、再会の瞬間が迫っていました。

おお、

やはり尊いね、君は。

姿を見せたり、隠れたり。

今日の彼女は、少し恥ずかしがり屋さんでした。



【AM 7:00】
レストランに向かいます。
レストランのメニューは昼夜は同じですが、朝食は別メニューが用意されています。
ちなみに、小笠原の行きと帰りでも、メニューに変わりはありませんでした。

僕は和定食Bのシンプルセットに、魚フライの小鉢を一つ付けました。
一皿200円の小鉢が数種類用意されています。

小笠原海運が運用する「おがさわら丸」は、東京湾の”竹芝桟橋”と父島の”二見港”を所要24時間で結ぶ貨客船です。
「父島行きのフェリー」とよく紹介されますが、自動車は基本的に積載できず、カーフェリーではありません。

真夏などの観光シーズンは3日に1便が就航しますが、その他オフシーズンは6日に1便の就航となります。
よって、今回の僕の旅でも、一度おがさわら丸に乗り込めば、6日間は帰ることができません。

現在のおがさわら丸は3代目になり、2代目よりも性能アップしたことで、所要時間が約1時間30分短縮されました。
それでも丸々1日の航海が必要となります。

電波も届かない海上で、狭いマットレスで過ごす24時間は、どれほど苦悩の旅か。
なんて船に乗るまでは思っていましたが、とんでもない。
とても贅沢な、24時間なのです。
ただボーっと海を眺めるだけの時間でさえ、愛おしい。

気がつけば、茶色だった海が、絵の具を流したような深いブルーに変わっていました。

沖縄とは、また違った青。

小笠原の島は英語で”Bonin Islands”(ボニン諸島)と言います。それは江戸時代の”無人島”(ぶにんじま)という呼び名に由来するとされます。
そこで小笠原の人たちは、この美しい海の色を敬愛して”ボニンブルー”と呼んでいました。
いよいよ父島も近づいてくると、たくさんのカツオドリが出迎えにきてくれました。
まあこ奴らは、船に驚いて海上に飛び出すトビウオを狙っているだけなのですが。

24時間が退屈だった、なんてことはありません。
普通の旅は、目的地についてからが本番であり、そこにいくまでは手段に過ぎません。
しかし小笠原への旅の楽しみは、「おがさわら丸」に乗った瞬間から始まり、「おがさわら丸」で東京湾に戻るまで続くのです。

さあ、いよいよ父島です。
島に着いたら、最初に言うひとことは、もう決まっている。
大きな声で、”ただいま”と。

写真がどれもこれもお上手で、素晴らしいです☆ 天気に恵まれて、最高の天体ショー。
首都圏在住でいつでも行けるよなぁーという感覚がどこかにありましたが、この移動時間を考えると、元気なうちに行かないとダメですね。とても参考になります。
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船旅もそうですが、島内のアクティビティも楽しみたいのであれば、少しでも若いうちが良いのかもしれません😌
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えええっ😅 おが丸新しくなってる!! 80-90年代に初代おが丸28時間半で2回、 2005年、2014年に25時間半。
実はかなりハマった土地なのであります。 このダイヤだと到着後、ははじま丸即乗り換えで1泊出来ますよね(なんか期待の眼差し😉)
うちの媛ちゃん、民宿の手伝いして4週間いたこともある場所です✨️ やっぱり常世入口だと思います~
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そうなんです。母島まで、繋ぎの1時間を加えても27時間で行けてしまいます。
午後2時に母島に到着しますから、その日にワンアクティビティを楽しむなんてことも可能かと。
常世というか、楽園でしたね。
奇跡の島でした😌
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船旅⋯、いいですよね。私も若い娘、小笠原に憧れたこともあったのですが、叶いませんでした。ですから五条様、羨ましい〜です。「つづき」を楽しみにしています。
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福岡から大阪へ行く船旅なども経験しましたが、おがさわら丸はまた別格の良さがありました。
こんな長期連休は最初で最後でしょうが、また小笠原にいきたい気持ちであふれています☺️
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「おかえりなさい」
動画いっぱいありがとうございます。吸い込まれそうな夏の海の青!カツオドリと船の景色ののどかさ。あー、いいないいなぁ!羨ましい限りです。wifi の届かないデッキの上で、音楽もなし、波と風と船の音だけの世界体験してみたい
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はい、ありがとうございます😊
今の僕らの周りには、多くのものがあり過ぎなんだと思います。
だから慌ただしく、見失っているものも多い。
こんな時間が、たまには必要なのかもしれませんね☺️
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