会ったこともないのに、その輪郭、面影が頭から離れない、そんな人がいる。

「五条さんに場所をお知らせ致します」

佐織さんが今年8月の初めに、僕に教えてくれたのは、彼女のお母様”鈴”さんがいらっしゃるという場所でした。
鈴さんは春分が過ぎた頃、長い瞑想からようやく解き放たれ常世へと旅立たれましたので、そこは彼女のご遺骨が収められた場所、という意味です。

「変な話をしますが、僕はなんとなく、鈴さんに会えるんじゃないかって、気がしていました…」

以前、恥ずかしげもなくそう口走っていた、頭の哀れな僕を思ってのことでしょう。
佐織さんがブログ『ヒルコ』に載せた鈴さんの写真を見てからというもの、その光景の前後十数秒くらいの映像が、僕の脳裏にずっと映し流されているのでした。

しかしながら結局、僕が鈴さんの元を訪ねたのは、佐織さんから彼女の居る場所を教えてもらってから、2ヶ月近く経ってのことでした。
その間も、佐織さんは鈴さんのことを、僕に色々と話してくれました。
話を聞くたびに、鈴さんが生きていた頃の姿が、どんどんリアルになっていきます。
写真から始まった十数秒の映像が、彼女の人生のダイジェストではありますが、次第に長くなっていったのです。
その映像は幸いなことに、佐織さんが見せてくれた写真の頃の、元気で若き鈴さんのままで。

2025年9月24日
僕は佐織さんに教えていただいた場所に来ました。
群馬にあるそこは、思っていたよりも素朴なお寺でした。

僕が目的地についた旨を佐織さんに連絡していると、施設の中から女性の方が出て来て声をかけられました。
鈴さんの遺骨はまだお墓に入っておらず、納骨堂の方にあるのだと、お墓へは間もなく10月になって移されるのだと、その女性の方は教えてくださいました。
佐織さんがすぐに連絡をとってくださり、それで女性の方が僕の案内のために出て来てくれたのです。

「こちらからお参りください」

僕は納骨堂の、鈴さんの遺骨が安置された場所の前に通されました。
焼香とともに合掌。
僕のような馬の骨が、鈴さんの前でお祈りするなど畏れ多いことです。
ところが僕は、この時とんでもないことを呟いていたのです。

「あの、鈴さん。鈴さんさえ良ければ、少し一緒に出かけませんか？全部は色んな意味でちょっと重たいので、できればこの缶に入るくらいの、小さめの鈴さんでお願いできれば助かります」

この可愛い鈴蘭の缶は、『ハニワット』の武富先生と3人でお会いした時に、佐織さんからプレゼントしていただいたものでした。
缶の中には、桑野内二神神社の御神木の実とお供えに持って来た博多銘菓の「通りもん」、それに何故か宝貝が入っていました。
宝貝はたぶん、宮崎の青島神社で拾ったやつだったと思います。
ともあれ、大きい鈴さんではなく、小さめの、言うなれば”鈴ちゃん”に鈴缶に入っていただいて、2日間ほど僕らは逢引きすることにしたのです。
でもちょっと待って、よく考えたら僕、

こんな格好で、焼香していました。。
納骨堂の参拝は気軽な格好で良いとはされていますが、馬の骨の上にこれはないでしょう。
施設のお姉さんも、佐織さんから連絡を受けたとは言え、頭の哀れな僕をよく鈴さんの前に通してくれたものです。
慈悲深さと、己の愚かさに目の前が暗くなり、その場で倒れ込みそうになりました。
さすがに僕も、上に羽織る襟付き黒シャツを用意はしていましたが、施設のお姉さんが急に出てこられて、それで僕は完全に慌ててしまっていたので、気がついたらそのまま焼香していたというわけです。

もともと鈴さんをデートに誘う算段でしたけども、出鼻からまいったな。
橋本家の鈴さんは猫好きだったと思うし、これから行くとこは蛇センターだし、宇宙人だし、まあ、いっか。
と、いうことで、この先の逢引きで、バチが当たりませんようにと、願うばかりでした。