毛谷黒龍神社

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福井市内にある足羽山公園は市民の憩いの場であるとともに、パワースポットとしても有名でした。

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足羽山と言えばヲホド王の立像を拝見するために以前訪れましたが、その麓には「毛谷黒龍神社」(けやくろたつじんじゃ)が鎮座していました。

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地元では「くろたつさん」という愛称で親しまれている当社ですが、日本古来の四大明神である黒龍大神を祀るという、なんとも物々しい雰囲気です。

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階段を登った先の境内は決して広くはありません。

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祭神は「高龗神」(たかおかみ)、「闇龗神」(くらおかみ)、「男大迹天皇」(おほどのすめらみこと)。

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本殿の横、八幡神社の脇には「願かけ石」があります。

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千年前に九頭龍川に落下した隕石のかけらと伝えられ、願い事をかけて願掛け石の上にある石を3度打つと運気が上がると云われています。

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こちらは「幸運の撫で石」という小龍・蛇が彫られた石。

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毛谷黒龍神社本殿の裏手、桜井山は元は黒龍山と呼ばれ龍穴があるのだそうです。

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この毛谷黒龍神社創建は、福井を流れる九頭龍川流域の九頭龍伝承によるとされます。
雄略天皇21年(477年)、男大迹王(継体帝)が越前国の日野、足羽、黒龍の三大河の治水の大工事を行われ、北国無双の暴れ大河であった黒龍川(後の九頭竜川)の守護と国家鎮護産業興隆を祈願され、高龗大神(黒龍大神)、闇龗大神(白龍大神)の御霊を高尾郷黒龍村毛谷の杜に創祀されたのだと伝えられます。

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また寛平元年(889年)の6月、平泉寺の白山権現が衆徒の前に姿を現して尊像を川に浮かべたところ、九つの頭を持った龍が現れ、尊像を頂くようにして川を流れ下り、黒龍大明神の対岸に泳ぎ着いたといい、以来この川を「九頭龍川」と呼ぶようになったのだと云います。
ここに白山信仰の絡みも見ることができます。

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さて、男大迹王と龍となれば、当地は出雲族の龍神信仰があった場所なのではないかと考えてしまいます。
境内には立派な恵比須社もありました。

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暦応元年(1338年)5月2日、二十四代神職の藤原行古が左中将義貞に従軍し藤島の里に戦死。同じ時、新田義貞と斯波高経の争いにおいて、黒龍神社も兵火で燃えてしまいました。
このとき当社の神霊は、白龍となって山上に飛び、木の上に止まったと伝えられ、そこでこのあたりを竜ヶ岡(たつがおか)と呼ぶようになったと『太平記』は記していました。

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