
新潟県佐渡市大倉、旧外海府村の大倉に祀られている「大幡神社」(おおはたじんじゃ)を訪ねてきました。

鎮座地は県道から外れた僻地になり、車を県道の広めの路肩に駐め、雨に濡れながら歩いての参拝となりました。

延喜元年 (901年)の創祀と伝えられますが、『元緑寺社帳』 には貞觀3年(861年)の創設とあるようです。
延喜式に記載されている式内社でもあり、いずれにしても古くから由緒ある社として存在していた模様です。

祭神については異説が少なからずあるようですが、『寶暦寺社帳』には「大股主命」(おおまたぬしのみこと?)とあり、現在も祭神は大股主になっているようです。

大股主は磯城・大和王朝の正統でいう10代日子坐(ひこいます)大君の長子とも、その子11代彦道主大君の長子とも云われているようですが、狹穗彦(さほひこ)の変によって、その家長たる責を負い、叔父である大彦命に従って此の地に至った縁があり、再ぴ佐渡に渡りって地方開発に努めたと云います。
この話を考察するならば、大股主は丹波道主王を指すのではないかと思われますが、彼が佐渡に渡ったというのは、無理があります。

また別の説として、大股主は「大幡主」のことで、「大若子」命とも称し、天御中主尊の末裔・彦久良伊命の御子だといいます。
大若子の名前は『記紀』や『風土記』には現れず、鎌倉時代の度会行忠が撰したと考えられている『倭姫命世記』などに初めて現れるものです。
『倭姫命世記』『豊受大神宮禰宜補任次第』などによると、垂仁大君の代に越国で反乱を起こした阿彦の征討の際、 大いに幡を挙げて戦いに勝ったので、朝廷から大幡主の名を与えられたといいます。

『御鎮座本紀』では、雄略22年豊受大神の外宮遷座において、大和姫が朝廷に奏上させたのが大幡主であるとしています。

しかしこれら諸本においては、その内容の真偽が甚だ疑わしく、大若子、大幡主という人物がどのような実績を残したのか、はては実在したのかさえよくわからないところです。

僕がこの存在もよく分からない大幡主が気になるのは、博多祇園山笠で有名な博多の総鎮守「櫛田神社」の主祭神が「大幡主命」だからというのもあります。
九州王朝説論者の方に言わせれば、大幡主は重要なキーマンなのだそうです。

村人の語るところでは「昔、祭神がこの村へ来て賊を退治した。その場所は村はずれのワセリという場所で、その時矢を射たところがウツボガヒラ、隣村のヤガラ(失柄)はその時の矢がらが飛んだところ」であるということです。

大幡神社の祭礼に奉納されるやぶさめは古式豊かなものだといいます。
やぶさめの射手には、12歳の2人の少年が選ばれ、黒紋付・白はちまき・白襷・白足袋を身にまとい、色紙で飾り付けられた笠をかぶります。
最初の射手を「カミノマト」、次の射手を「ツギノマト」といい、前者は国家安泰という公の祈願、後者は各家の私的な祈願をし、3つの的に矢を射当てます。
なお、このやぶさめが始まる頃には必ず北風が吹くといい、これは神様がアイの風(北風)に乗ってくるためと伝えられているとのこと。
先の村人の話を祭りに残しているのかもしれません。

また、次のやうな伝承もあるそうです。
「神社の下方に住んでいる木戸豊左エ門は平家の落人で、昔この沖を船で通った折、海岸に白旗が立っていたので、ここにあがった。大幡神社は木戸豊左工門がおまもりをすることになっており、神社の掃除、流鏑馬の射手さんの食事給興など、今に木戸豊左エ門家が面倒をみる」
木戸豊左エ門は平家の落人、なるほど大股主、大幡主伝承も、サンカによるものなのかもしれません。



県道45号線沿い、下相川のあたりに、佐渡金銀山関連資産の「吹上海岸石切場跡」があります。

が、どの辺ですかね、

これかな?
よく分かりません。

そこにある石碑のようなものは、佐渡金山最盛期を招いた名奉行「鎮目市左衛門」の墓だとか。
鎮目市左衛門は、桃山~江戸時代初期の武将で、関ケ原の戦いでは徳川家臣として活躍。
1618年に佐渡奉行に着任後、さまざまな施策を実行し、金銀山の復興に尽力した名奉行として名を残しました。
墓はその業績をたたえ、1845年に建てられたものだそうです。

で、お目当てだったのはこちらですねー。

奇観!「弁慶のはさみ岩」!!

その昔、佐渡弁慶ら山伏一行が相川から金北山へ修行に行く途中、待ち伏せした鬼が力比べを所望。
その際に佐渡弁慶が投げ飛ばした岩が下相川の浜まで飛んできたと伝えられているのだそうです。

これさ、この岩の真下まで行けるんだけどさ、

落ちそうで絶対落ちない岩ってのが熊本にあって、地震で落ちちゃったじゃん。

落ちてこない保証はないよね。

押すなよ、絶対に背中押すなよ。

押すな~っ!!

佐渡市高瀬の七浦海岸へやって来ました。
いぶし銀なドライブインやね。

そこにあるのは、佐渡イチのラブスポ「夫婦岩」です。

右のあなたが♂岩、

左のあなたが♀岩。

♀岩の穴が龍にならないか頑張ってみましたが、どうでしょうね。
波の侵食なんかも受けているでしょうしね。

『古事記』の国生み神話に由来するとされているそうで、佐渡の若者は、ここで愛を誓うのです。たぶん。

落ちそう💦と思ったら、より涼しかったです!
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ヒヤ〜っとしていただけましたでしょうか🥶
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🐥めおと岩ドライブイン、味わい深い建物ですな。元夫が真っ先に撮影したがるような逸物、建物の中にも入ってみたい…🐣
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廃墟かと思ったら、現役のようでした👻
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🐣素敵ですな。風情があります…
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