稲佐神社:八雲ニ散ル花 木ノ国篇 筑紫番外編05

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佐賀県の南西部に位置する杵島郡白石町にも五十猛(いそたける)を祀る神社がありました。
「稲佐神社」(いなさじんじゃ)です。

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白石町は有明海に面しており、レンコンや玉ねぎなどの農産物の生産が盛んな町です。
大豆から作る「しろいしてんぺ」はとてもヘルシーなことから人気だそうで。

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一の鳥居から石橋を渡ると、

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イシダ~ん。。
果てしない石段が続いております。

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平安時代に入る頃、空海により稲佐泰平寺が開かれ、その鎮守神として稲佐大明神が位置づけられて、当地は真言寺十六坊と呼ばれる一大霊所となったのだそうです。
その十六坊が立ち並んだという石段の途中には、

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ビクザムか!と言わんばかりの肥前鳥居が道を阻んでいます。
で、出るのか、ビームが!!
この鳥居は1585年の建立で、佐賀県内では最古と伝えられます。

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さらに登っていくと、右脇にしめ縄のかかった大岩が。

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仁王が蹴飛ばして転がってきたと云う「仁王さんの足跡石」です。

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この辺が足跡なのか?

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よし階段を駆け上がるぞ!とはならず、一旦下に止めたキリコ号に戻ります。
そう、チキンな僕は、車で上まで登ります。

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ワープ!
まあそのまま登っても10分程度の行程なのですが。

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見事な楼門がありました。

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稲佐神社は杵島山の1つである稲佐山の中腹に鎮座します。
境内から見る白石町は絶景です。

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杵島山は、五十猛が樹木の種をまいて繁茂させ「木の山」と呼ばれたことに由来すると云います。

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稲佐神社の創祀年代は不詳。

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「三代実録」に定観3年(861年)には従五位下、仁和元年(885年)には従五位上に叙せられたと記されています。

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社伝によると天地開闢の頃に五十猛命を祀ったのだとか。
天地開闢てあんた。。

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飛鳥時代に百済より阿佐王子が来朝し、この地に留まり居を定め、稲佐大神とともに両親を合祀。阿佐王子が亡くなった後、王子本人も合祀されたのだそうです。

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鍋島家歴代藩主の崇敬もあつく、豊穣祈願の浮立を奉納。
近在の地頭職白石五郎道益が建久7年(1196年)に武人に流鏑馬(やぶさめ)を行わせました。
以来毎年10月19日の秋季大祭では、流鏑馬が行われてきたと伝えられます。

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社務所に白石「気の神」三社詣の案内がありました。

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木の神は気の神。
確かに樹木は正常な空気を産み出します。

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五十猛と大屋津姫、都麻津姫は共にこの地に至り、木種を蒔いて植林を行いました。
それでこの一帯を木島と呼ぶようになりました。

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この後、三神は基山に移りさらに日本中に木種を蒔き、最後に和歌山に至って鎮まった場所が伊太祁曽神社であると云うことです。

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しかし五十猛や大屋姫がこの地にやってきたというのは考えにくく、九州地方に伝わるスサノオと五十猛が新羅に向かったという話も創作でしょう。

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ただ当社が伝える五十猛のルートの逆を辿って、海部家が当地にやってきたと考えることはできると思います。

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海部族は紀伊国から大分へ上陸、そこから筑紫の基山、伊都国方面へと勢力を伸ばし、有明海を半周するように拠点を築いたのではないでしょうか。

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佐賀平野から吉野ヶ里一帯が物部の勢力域でしたから、そこをぐるりと取り囲む海部の包囲網が出来ていたのです。

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稲佐神社は木の神を祀るだけあって、境内には樹齢600年を超える2株の大きな楠を始め、多くの大樹が聳え立っています。

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社務所横の御神木は高さ約27m、根回り約19m、枝の根本には大きなコブも見受けられます。

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正に神の樹に相応しい風格。

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稲佐神社の少し離れた場所には、侘びた風情の下社もありました。

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麓の近くには朝日が美しい「縫ノ池」もあり、こんな良スポットもあったのだと改めて思いました。

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2件のコメント 追加

  1. CoccoCan より:

    桜の頃の気色も素晴らしいのでしょうね!!

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      近くに桜の名所もありますので、春ののどかな風景も見てみたいものです♪

      いいね: 1人

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