
「葦原の中つ国は我が子が統治すべきであろう」
高天原を統べる天照大神は、地上の荒れ様を嘆き、自らの孫であるニニギにその国を治めさせようと思い立つ。
彼女が使者を送って、中つ国の王と交渉をした「国譲り神話」の舞台は島根・出雲であるのに、交渉の末ニニギが降り立ったのは、なぜか九州南部の「高千穂」であるという、それはもう、ヘンテコリンでトンカラリンな「天孫降臨」のものがたり。

そんな神話の里の一つ、宮崎には、山があって海もある。

日本最後の秘境村もあるし、古代から続いているとされる家々もありました。
すごいところだよね、宮崎。

そんな神話大好き、歴史大好き、秘境大好き彦を、ガツンと満足させてくれる神社があるというので、行って来ましたYO☆
西米良村の「狭上稲荷神社」(さえいなりじんじゃ)、

そこはもうね、何がすごいかってね、辿り着かないの、この神社。

どんなところかって言うとね、熊本県境に程近い、宮崎の山の中でね、

県道219号線の入り口までが、福岡からノンストップで3時間かかって、

そこからさらに10km、30~40分ほど山道を走ったところにあるんだよね。どんまい。

その道が、またすんごいの。

こんな道を延々と、30分以上走るんだよ、信じられるかいブラザー。
アンビリーバボーDA☆YO☆NE。

ところがこの狭上稲荷神社は、テレ朝の「ポツンと一軒家」で紹介されたらしく、最近では訪れる人が増えているんだって。

離合も厳しい10kmの道を行き交うなんて、考えただけでも恐ろしい。
幸いこの日、僕がすれ違ったのは帰り道でお一人だけ、その方は狭上稲荷神社の宮司さんでした。

宮司さんはこの山奥の神社に常駐、というか、お住まいされているようで、参拝者をお茶でおもてなしされているのだそうです。
すれ違う時に、「出かけてて対応できず、すみません」と車越しに丁寧にご挨拶していただきました。
いえいえ、勝手にお邪魔している身ですので。

僕が訪れたこの日は、ちょうど銀鏡神楽明けの日でしたので、宮司さんもお手伝いされていた帰りだったと思われます。
お疲れ様でした。
そして僕もなんとか、狭上稲荷神社に無事辿り着けたのでした。



狭上稲荷神社の幟と狛狐さんがお出迎え。

素朴な住宅兼社務所の建物が見えて、大きく安堵の息を漏らします。

入口ではワンコや、ちゃん猫も出迎えてくれました。

ここは九州山地中央部の山間地であり、一ツ瀬川と板谷川の合流点に位置する、水の氣がぶつかり合う聖地となります。

晴れてて良かった。
当社ご参拝を決意されたあかつきには、酷路ゆえ、天候の良い日を選ばれることを強くお勧めします。

当社創立年月日は不詳。
古くは狭上稲荷大明神と称し、「社蔵の由緒記によれば次のごとくである」といいます。

「皇御孫尊阿田之長屋にご臨座し、大山祇命の娘、姉の磐長比咩を畏れ給い、妹の木花咲哉比咩五十鈴川上川に去ってしまった。
大山祇命は跡を慕いて狭上の深川に跡を垂れ給う。
爰(ここ)に御陵あり、しかし空国にして祭る者がなかった。
世降りて当社御陵を知る人も稀になっていた。
時に天正年中、山中堂栄、煮田之尾勝房・山佐礼左近・西世法師の四人兄弟狭上の東西南北に柴の庵を結んで露命を繋いでいた。
西世法師の夢に白髪の老翁が現れ、我は是れ大山祇命なり、我陵を以て稲荷を祭り尊敬せば汝が子孫長久なる事疑う事なし、と言われた。
西世法師山谷の狐魅我を犯すとしてそのままにしていた。
また夢見があったので此の神を祭り尊敬すると日数を経ずして白狐稗粟大小豆を携えて来て西世法師に与えた。
その後米良佐太夫の時に新たに社を建立した。
その子孫の米良半右衛門と言う者が球磨表に越したので、その後中武氏神司となりここに居住した。
この由緒によれば、創建は古く菊池氏の入所後、氏の弟米良佐太夫の再興に係り、その子孫によって代々護持されてきたものである。」

中武氏を調べてみると、菊池系甲斐氏の庶流で、重房が高千穂の中武に住んで中武氏を称した、とあります。
中武氏は後に米良氏の重臣となり、現在は宮崎県児湯郡西米良村内の最多姓で、西都市では2位と、宮崎市から児湯郡にかけて非常に多く、宮崎県全体でも30位台にのぼる姓だということです。

菊池氏は、草部吉見神の親にあたる健久々知彦に由来があるとすれば、その系統とは古代西出雲王家・神門家(ごうど・郷戸)に連なることになります。

当社祭神は「大山祇命」(おおやまつみのみこと)、「倉稲魂命」(うかのみたまのみこと)、「大宮姫命」(おおみやひめのみこと)、「大己貴命」(おおなむちのみこと)、「菊池武光公(きくちたけみつこう)及びその祖先」となっており、なるほど、神門家を匂わせる感じも致します。

ただ、なぜ稲荷なのか、と言う疑問が湧き起こります。

由緒記には、西世法師の夢に大山祇神が現れ、稲荷を祀れとの神託があったと記されます。
大山祇神が稲荷を?なぜ?
西世法師も、山谷の狐の類が自分を騙しているのだろうと、当初は相手にせず、しかし再び夢見があったので、稲荷神を祀ると、日数を経ずして「白狐」が稗・粟・大小豆を携えて来て西世法師に与えたのだ、ということです。

これを素直に解釈するならば、ここでいう大山祇神とは、クナト王ではない別の王を神格化したものだったか、あるいはクナト王を祀る場所に別の、稲荷神(白蛇)を信仰する一族が関与してきたのではないかと思われます。
稗・粟・大小豆を携えてきた白狐とは、四国・母系の一族ではなかったか。

それにしても、狭上稲荷神社の参道は苔の道となっており、足を踏み入れるのが躊躇われるほどに美しいものとなっていました。

なるだけ苔を踏まないように歩いてみるのですが、狭上稲荷神社が注目を浴びたことで多くの人がやってきて、この苔の道を踏み荒らされるのは忍びなく思います。
まあ言っても、ここまでやってくる人も、そう多くはないと思われますが。

やがて赤い本殿が見えてくるのですが、この辺りの丘は西米良古墳の2号に指定されており、大山祇命の墓であると言い伝えられています。
米良の里で命を落とした娘のイワナガ姫を追って、悲しみに暮れた大山祇命が辿り着いたのが狭上であり、彼もまたここで生涯を終えたのだと。

ただ、由緒記の冒頭では「皇御孫尊阿田之長屋にご臨座し、大山祇命の娘、姉の磐長比咩を畏れ給い、妹の木花咲哉比咩五十鈴川上川に去ってしまった」とあり、五十鈴川(一ツ瀬川のことか?)上流に去っていったのはコノハナサクヤ姫のほうであるような書き方がされています。これはどう言うことか?

「姉の磐長比咩を畏れ給い」とあるので、米良の里で無念のうちに命を落としたイワナガ姫の祟りによってコノハナサクヤ姫も若くして命を落とし、それを嘆き悲しんだ父神が娘たちの死を悼み悲しんで、こて狭上の深川にやってきた、ということになるのでしょうか。

いやしかし、銀鏡の里からも他の人里からも離れて、今の時代でも到達困難なこの場所に、何を思ってわざわざ来たのか?と思います。
姫の御陵と呼ばれる米良の塚のそばに住まうのが普通ではないでしょうか。
そして自分の古墳は自分では作れないので、彼を慕う誰かがここに大山祇の墓を造った、ということになるはずです。
古代出雲族は、山中の巨石の下を埋め墓としたとありますので、ここもそうなのかもしれませんが、山深すぎるし、見たところ巨石のようなものもありません。

あるいは偉大な王の墓をここに作ることで、先祖霊に何かを守ってもらう結界としたのか。
ふう、謎。

社殿の前には1本の巨木があり、聖域を守るように太い根を広げていました。
なんとも深い慈愛を感じる場所です。

さて、稲荷のヒントは、「剣柄稲荷」にある、とB氏はおっしゃいます。
剣柄稲荷は表上では日向国造と同族だけど、日向神門美良姫と息子の建飯勝が祭神で、裏の顔が三輪氏なのだと。
そういえば確かに、相殿に太田命が祀ってありましたね、あそこには。
剣柄稲荷は、漆間の祖と言われてる稲飯命が主祭神となっていて、謎が多い神社です。
今度また行ってみよ。

稲荷神社は田中大神が元の神で三輪氏になるのだと、B氏は教えてくださいました。
島根・佐太神社の摂社に、コノハナサクヤ姫とイワガナ姫を祀る「田仲社」がありましたね。

確かに稲飯命(いないのみこと)は名前から稲荷っぽい感じがします。
対して、三輪と稲荷って、僕はあまりピンとこないのですが、どうだろう。

ただ、当地名の「米良」は、やはり神門美良姫と関係があるのかもしれません。

深山の聖地・狭上稲荷神社は、とても清潔に保たれいて、心地よい空間となっていました。
日々、宮司さんが丁寧にお祀りされている様子が窺えます。

拝殿内上部に掛けられたこの、たくさんの葉を突き刺した竹串は、どう言った意味があるのでしょうか。
この地の風習なのか、魔除けのようなものを感じます。

狭上稲荷神社に伝わる狭上神楽は、村所八幡神社の社人が舞手を勤めているそうです。
その内容は、主祭神である「狭上稲荷大明神」が降臨し、白い女面の「奥方様」の舞が行われ、その後、白い大型の狐面の「眷属様」(けんぞくさま)が面棒とサカキの葉を持ち、舞い踊る、と。

由緒記にあるような、ここで大山祇なる者が生涯を閉じたかどうかは何とも言えませんが、高貴な御魂が鎮まられていることは間違いないことです。

現代でも到達が困難な、人里から遠く離れた深山に古墳を築いたのか、そこには何か理由があると思われます。

西世法師の前に現れた白髪の老翁は、この墓を代々管理していた墓守でしょうか。
人と交流も稀な当地で、自給自足で生きていけた者といえば、僕が思いつくのはサンカくらいなものです。

本殿の裏手が気になって見てみると、世代交代をする御神木が、そこにはありました。

「創建は古く菊池氏の入所後、氏の弟米良佐太夫の再興に係り、その子孫によって代々護持されてきた」
まるでその悠久の祈りを、体現するかのように。



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さて、狭上稲荷神社から帰り掛けたところで、気になる道を見つけ、その奥へ足を進めてみました。

道と言いいましても、わずかにその気配がする、くらいのものです。
九州に熊はいない、その言葉を信じます。

すると、小さな社を発見。
狭上稲荷神社の宮司さんが大切にお祀りされている場所なのだと思いますが、情報がありませんので、拡散しないようにお願いしたいと思います。
ここは水神様を祀っていると思われるのですが、なぜならそこには、

非常に神秘的な、水源があるからです。

ぞくり、とするほど美しく黒い池。

この池の対岸は崖になっており、下は小さな川になっていました。
古代に月読み、星読みに欠かせなかったのは、こうした水鏡だったのではないかと考えています。

大山祇神の墓とされる古墳は、この水源を見守るように鎮座していることになります。
水源の守り人が死して守ろうとしたものが、その古墳なのかもしれません。

2026年はどうやら月読みに加えて、星読みと水に、縁が深そうな予感がしたのでした。

しっかし、神様のお名前は多すぎて、最古のイザナギ、イザナミ、スサノオ以外は、コノハナサクヤ姫ぐらいしか覚えられない💦
尋ねて歩けば、覚えられるものでしょうか?
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日本は八百万の神様がいらっしゃいますので、名前を全て覚えるのは難しいですねえ😌
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そうですよねぇ
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narisawa110
ここって「ぼつんと婚」した神社でしたっけ?
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ぽつんと婚されて子宝にも恵まれたと聞いています😌
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