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産田神社の山奥に「まないたさん」と言われる婦人病にご利益のある祠があります。
マナの泉のことと思われます。
オフロードコースですが素敵な所ですよ。
2019年9月29日/ブサイク王
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>ブサイク王さん、
ありがとうございます。
調べてみたら、「まないたさん」はじめ、まだまだ面白そうな場所が熊野にはたくさんありますね。
来年あたりでもまた熊野旅をしたくなりました!
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所で、この近くの【まないたさん】は行かれましたか?
この辺はとても興味がある場所です。
2019年10月2日/nokanan
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>こんにちは、nokanan様。
「まないたさん」、ブサイク王様からも教えていただき、とても興味湧いているところです。
熊野地区はまだまだ奥が深そうなので、改めてプランを練っているところです。
が、なかなか休日が少ない身ですので、実行は来年になるかと。
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2025年2月17日
・・・・・・5年かかったわ!

ということで、ずぅ~っと気になっていた「またいたさん」を訪ねようと、ついに重い腰を上げ、今回の第3次熊野旅計画を立案したのでした。どんまい。

聞いた話では、どうやら”またいたさん”は、産田神社(うぶたじんじゃ)と関連があるようです。

産田神社は三重県熊野市有馬町の神社で、「産田」は産所の意味だと云います。

祭神はイザナギ・イザナミとその子カグツチとされ、当社はイザナミがカグツチを出産した場所であると伝えられます。

『日本書紀』(神代巻上)一書によれば、イザナミが火の神であるカグツチを産んだ時に、陰部を焼かれて死に、紀伊国の熊野の有馬村に埋葬されたと記されており、当社付近に鎮座する花の窟神社が、亡くなったイザナミの墓所であるとされています。

マタ来タカ、ウナギノ匂イ、セシ者ヨ

我ニモ、ナニカ旨イモノ、食ワセロ

産田神社の永正18年(1521年)の棟札には「奉棟上産土神社二所大明神」とあり、『紀伊続風土記』よると「二所大明神」は伊弉冉尊と軻遇突智尊の2神を指すことから、当初はイザナミとカグツチの二柱が祀られ、後に夫神であるイザナギが併祀されるようになったと考えられます。

イザナミがカグツチを産んだことで死ぬ話は記紀によって創作された話なので、本来のこの母子神が、どう言った関係だったのか、気になります。

当社は古くから、安産や子授け、子育てを祈願し、信仰されてきています。
安産祈願の際、神域の石を目を閉じて拾い、その石が丸いと女子、細長いと男子が産まれるとのことです。

そんな穏やかな信仰が、子が母親を焼き殺した、なんていう壮絶な神話から生まれたとは、思い難いです。



てなことで、”まないたさん”を求めてやってきましたが、ヒェ~、何と恐ろしい山道。
千葉ではKanekoさんが運転してくれたので、助手席で楽ちんでしたが、ここにKanekoさんはいない。

それで、なんとか自力でGoogleマップナビで”またいたさま”ってところに来てみれば、崖下に川があって参道らしきものは無いんだよ。
どうすんのこれ。
ナビさんは「目的地に到着しました。案内を終了します」って言っちゃってるけど、まだ終了しないで~って言っても聞いてくれないし、しかも電波が途切れそうでやばいし。

たすけて”カネこも~ん”っ!タタラたったら~、ハズレ~♪
カネこもんにカネコプターも貸してもらえず、飛んで川を渡るわけにもいきません。

とりあえず、ほっそ~い山道をさらに進み、池川薬師ってとこまで、行ってみることにしました。
これで何にもなかったら、終わりだよ。
第三次熊野旅計画は失敗だよ。

すると、なんと集落が現れて、

あったよ、”まないたさま”の入口が。

でも、え?どゆこと?
“まないたさま”まで、ずいぶん離れているんですけど?

はあ、どうやらこの暗黒の道の果てに、”またいたさま”はあるようです。

こちらが池川薬師さんですね。
ちょっくら、お邪魔させていただきますよっと。

うひゃ~怖い。

参道は途中から石の階段になり、ぐんぐん降って行きます。
嫌だー、降りたく無いーっ。

ぜったい熊いる~っ!

恐怖におののいていると、途中でランドセルが捨てられていました。
なぜここに、ランドセルが・・・ハッ!もしかして!

僕は、“まないたさま”とは何だろう、って、5年前からずっと考えていました。真魚板さま・・・?
しかしランドセルを見て思います。“ちちさま”がそうだったように、得てしておっぱいの女神は豊満な人が多い昨今ですが、まないたな神様がいてもよろしいのでは?

そういうことで、俄然やる気が湧いてきた僕は、グイグイ坂道を降って行きます。
わー大きな岩だー。

もはや、帰り道のことは、考えるまい。
熊か、もしくは人ならざるものが現れようとも、僕の進む道を防げられはしない!”またいたさま”に会うために!

そんなことを考えていると、どうやら到着しましたよ、僕の”まないたさま”に。



さて、神はどんな”まないたさま”を、僕に見せてくれるのだろうか、緊張でドキドキします。

案内板を読むと・・・ふむふむ、なるほど、”まないたさま”、まないたな神様ではなく、”真名井戸さま”のことでしたか。こりゃ一杯やられましたな、どんまい。

しかしまあ、どうでしょうね、

とてつもなく素晴らしい、神域です。

“まないたさま”のすぐ隣には、小川が流れており、小ぶりな瀧もありました。

この川は産田川の支流にあたり、古代人はここで命の誕生を祈ったのです。

思えば、先ほどスルーしてきた巨大な立岩は男神で、

この岩屋は女神なのでしょう。
“まないたさま”とは、いわば女神の子宮なのです。

“またいたさま”で命の着床を願い、産田川を伝って下流へ流れ着いた命のマナは、産所である産田神社で育まれる、そういったシステムなのだと思われます。

それに伴い、花の窟はやはり風葬地であり、命の始まりと終わりをつなぐ輪廻の聖地として、存在しているのではないでしょうか。
真名井のマナの語源は旧約聖書の『脱エジプト記』で語られる、神の恵み「マナ」に由来するとされます。

七里御浜から持ち込まれたであろう、聖域に敷き詰められた丸く白い浜石は、花の窟や産田神社と同じく神聖さの象徴。
あるいは、生まれくる命そのものを表しているのかもしれません。
“まないたさま”の聖域に足を入れる際も、下足がマナーと心得ます。

社殿はなく、太古の祭祀の場としての、原初の姿をそのまま残す聖域。
熊野地方には、こうしたものが数多く残され、ただただため息が漏れます。

かなり薄暗い岩屋の最奥部には、人工的に削られたような石柱がありました。

ネットには、”まないたさま”が、高千穂の天安河原と似ているといった意味の投稿も見かけましたが、あそこはどちらかというと花の窟に近い風葬地。
それも観光化とスピの弊害によって、異様な気配によって圧されています。
安易な「パワースポット」という言葉でもてはやし、大切な聖域を犯し続けた最悪の事例のひとつに挙げられるでしょう。

その点、熊野の聖域はどれをとっても、非常に高いレベルの清浄さが保たれていることに、安堵します。

この日本の美しき聖域こそ、真に守るべき世界遺産なのだと思われるのです。

まあ、帰り道はやはり怖いし、キツイのですがね。
やっぱりたすけてよ”カネこも~ん”っ!タタラたったら~、どんまいィ~♪


生まれる前からの場所、生まれてから、そして亡くなった場所。
非常に興味深く、なるほど!と思いました。
五條さんに教えていただかなければ、花の巌も産田神社も行かなかったと思うので、感謝です。
まないたさまにも行ってみたいとは思いますが、花の巌や産田神社と違って、行くのが非常に大変そうなので、記事で知ることができて良かったです(^^♪
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車道も参道も、一人だと心細くなります。山道に慣れた方と一緒なら大丈夫でしょう。
参道は、ゆっくり歩いて15分かからないくらいです。
大変ですが、行く価値はあります😊
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ゆっくり歩いて15分かからないくらいですか…。
幸か不幸か、夫が学生時代に山岳部だったので(笑)熊が出たら怖いけど、行く機会があったら頑張って歩いてみる事にします。
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narisawa110
いやん、五条太さんのえっちぃ~ww
最近は金子様のお陰で、太平洋側においての物部氏の痕跡を違った視点で見れるようになった気がしています。あえてイザナミとしている処にミソがある気がします。
確か穂積は、物部氏の御親戚でしたっけ?熊野祭祀の一部を掌握したんでしたよね。
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桐太でなく、あえての五条太さん、新しいww
Kanekoさんや媛さんのおかげで、歴史が見えて来ますよね♪
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怒涛の一気更新!
カネこも~ん参上しましたが手遅れ(/–)/ 狭隘路北海道雪道などは得意ですが、
紀伊半島は携帯圏外多数で実際に遭難寸前の話も何度も聞いたことがあります。
まな板媛ならばうちに代々何名か… 失礼いたしました・・
産田・花の窟とセットで再生を祈る方に一票で、イザナミ墓はありえんなぁというところです😅
しかしとんでもないところまで。さぞ、その後の熊野牛づくしが美味しかったであろうと思います。
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おそいよ〜カネこも〜ん!
カネこもんなら、ひみつ道具か、なぞ呪文で、ぴゅいっと澤を飛び越させてくれるんじゃないかと、思いました😁
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