座敷わらし【考】

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「そうだ、座敷わらしに逢いに行こう!」

ふと呼ばれてる気がして、「座敷わらし」の噂ある宿に連絡してみました。
一番有名な「緑風荘」さんは火事の後、再建の途中でした。
「菅原別荘」さんは一年前からの予約でないと難しいらしく、丁重にお断りされました。
「おぼない」さんは満室で、やはり丁重なお断りをいただきました。

やっぱり急な思い立ちではダメだな、とあきらめかけていると、その後あっさり3軒の宿が予約取れました。
金田一温泉郷の「仙養館」さんと遠野の「民宿とおの」さん、そして「民宿わらべ」さんです。

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岩手は妖怪のふるさと「遠野」へ足を向けます。

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遠野の奥地、「早池峰神社」は、座敷わらし最大の聖地といっても良い場所です。
そこでノスタルジックな、どこか懐かしいひと時を過ごしました。

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時も過ぎて、遠野を立ち去ろうとした時、帰りの便が欠航となります。
この時は何気に、座敷わらしに引き止められてしまったように感じたものです。
帰宅が延びたことで、できてしまった時間。
もう1日、遠野で過ごそうと決めて再び散策しました。
そんな時、とある初老の女性と出会います。

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「大出小中学校」の廃校を後にした僕は、「座敷わらし」との決定的な出会いを得ず、少し心残りを感じていました。
そんな時、女性から伺った話は「座敷わらし」誕生についての話でした。

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昔むかし、生活が苦しかった時代、口減らしのため幼子が犠牲になったことがあったそうです。
その霊が「座敷わらし」になってその家の守り神となったそうな、という話は僕も知っていました。
しかし実際の話は、
僕が想像するよりももっと壮絶だったのです。

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遠野のカッパは赤い顔をしている、
座敷わらしは赤い着物を着ている、と言われています。
赤とはつまり血を表しています。

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かつて遠野を始めとする東北一帯は度々、絶望的な大飢饉に見舞われています。
今では想像出来ない、飢えの世界です。
かじる草木の根さえない時代、誰かが生きるためには弱きものが犠牲になるほかなかったそうです。
老婆は自ら去り、幼子は人知れず殺されます。
もし母親が死ねば、その子は生きていけません。
より強い子を生かすためには、弱い子を殺さなければならなかったのです。

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極限状態の親は川べりで子の頭に石を穿ち、殺め、川に流しました。
流された子が他の子に知られぬよう、川に近づかぬよう、「その川には赤い顔のカッパが出るぞ」と言われるようになりました。
血の色に染まった赤い顔のカッパが誕生した瞬間です。

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「座敷わらし」の服が赤いのも同じ理由でしょう。
殺めた子の着物が、血に染まったのです。

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また閉鎖された世界では、障害をもつ子供は外に決して知られてはならなかったのです。
その家族は結婚も疎まれ、村八分にされる恐れが大いにありました。
資産をもつ大地主などはその子を奥座敷に隠し、存在しないものとしてかくまい続けようとします。
地主の家を訪ねた客人はいないはずの奥座敷に人の気配を感じる。
それはきっと「座敷わらし」に違いない。

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殺めた子であろうと、隠した子であろうと、他人に知られれば先に待つのは破滅です。
だから「座敷わらし」は姿を見せない妖怪となりました。
そして「座敷わらし」が姿を見せる時は、その家の者を破滅に導いてしまうことになります。

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(そうか、「座敷わらし」は姿を見せられなかったのか)
その姿を見ることが叶わなかった僕は気を落としていましたが、
いたる場所で確かに感じた無邪気な気配を思い出し、おだやかな喜びを感じました。
変な旅人に興味をもって、きっと僕のそばにいてくれたんだと思います。

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そして昔話を語ってくれた初老の女性と引き合わせてくれたおかげで、僕はあたたかな幸福感を得ることができました。

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人の切なる願いは形に現れることがある、
僕はそう信じています。

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子を殺めなくてはならなかった当時の人たちを、今の常識で計ってはいけない。
誰だってそんなことをしたくはなかったはずです。
やむなく、やむなくそうする他なかったのだから。
だからきっと、死してなお、無邪気に楽しく幸せに暮らす子供の精霊の存在を、親たちは切に願ったに違いない。
それが姿なき「座わらし」の正体だ。

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宿の手記に大震災で子供を失った母親の書き綴った文がありました。
きっとここなら、亡くした子に逢えるだろうと思って訪ねてきました、とありました。
長い時の中で多くの人を幸せに導いてくれた「座敷わらし」、
ぬくもりある家の片隅で、懐かしい校舎の中で、
君たちこそが永く幸せでありますよう、切に僕は願います。

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