饗土橋姫神社:斎王 13

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伊勢神宮・内宮の正面、宇治橋の真向かいに、ひっそりと佇む聖地があります。

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そこは内宮やおはらい町のすぐそばでありながら、ひときわ静かな、穏やかな場所でした。

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「饗土橋姫神社」(あえどはしひめじんじゃ)は、宇治橋と所縁深い神社です。
祭神は「宇治橋鎮守神」(うじばしのまもりのかみ)、宇治橋の守護神だと云われています。

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かつての鎮座地は、宇治橋のすぐ手前、鳥居の立つ地点から松の植え込みのある辺りであったそうです。
帰り際に触れるとまた伊勢参拝に訪れることができると云われている、宇治橋の「擬宝珠」(ぎぼし)に収められている「萬度麻」(まんどぬさ)は、当社のものです。
神宮式年遷宮においては、宇治橋の架け替えに先立って当社殿が建て替えられるため、伊勢神宮の所管する125社の中では最も早く建て替えられる神社となります。

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当社の創建は宇治橋の起源とともに不明とされています。
荒木田守良は『神宮典略』で、山城国(京都府)宇治橋の「橋姫明神」(瀬織津姫)に倣って、寛正7年(1467年)3月の将軍足利義教参宮に併せ、饗土の地に橋姫神社が創建されたと記しているそうです。
とするなら、当社の神は祓戸の神・瀬織津姫と同体であるということになるのでしょうか。

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饗土橋姫神社に向かって右手奥、階段を少し登ったところにも社殿があります。
「津長神社」(つながじんじゃ)です。

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『延喜式神名帳』にある「津長大水神社」(伊勢国・度会郡)に比定される式内社で、内宮の末社である新川神社、石井神社が同座しています。
かつて社頭に藤の木があり、「大力の子を授かる」という民間信仰があったそうです。

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祭神は「栖長比売命」(すながひめのみこと)、水神です。。
五十鈴川を遡上してきた船の船着き場があった場所が「津長原」と伝えられ、大和姫もここで上陸したと云われています。

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饗土橋姫神社左手奥には石垣があり、そこに存在感を放つ古木の大楠があります。

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その大楠に見守られるように鎮座する「大水神社」(おおみずじんじゃ)は、『延喜式神名帳』にある「大水神社(伊勢国・度会郡)」に比定される式内社。
内宮の末社である川相神社、熊淵神社が同座しています。

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祭神は「大山祇御祖命」(おおやまづみのみおやのみこと)。
社名が「大水」なのに、祭神は「山の神」というちょっと変わった神社です。

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大和姫が定めたとされる小さな社殿の上では、鳥たちの囀りが、陽気に響き渡っていました。

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