「その化け物は一つの体に八つの頭と八つの尾をもち、目はホオズキのように真っ赤。しかも体中にヒノキやスギが生え、カヅラは生い茂り、八つの谷と八つの丘にまたがるほどでかく、腹のあたりはいつも血だらけなのぢゃ。」
「じーさん、オレぁ神だぜ。そのヤマタノオロチってやつをサクッと倒してやっから、娘はオレ様がいただくぜ☆」
「やだ、この人、ゴ・ウ・イ・ン…きゅんっ!」
「んじゃ、娘、お前は櫛になれ。クシナダだけに櫛な。オレ様の髪に挿して守ってやるよ。んで、じーさん酒作れるだろ。とびっきり強ぇーやつを桶に八つたのむわ。」
スサノオは早速、オロチ退治の準備に取りかかりました。
やがて、芳醇な香りが漂う酒に誘われて、山奥からすさまじい地響きが伝わってくるのでした。
【釜石】
雲南市木次町の御室山中腹に「布須神社」(ふすじんじゃ)があります。
鳥居の先の細長い石段を登ると、
拝殿が見えます。
御祭神はスサノヲノミコトとクシナダヒメですが、本殿はありません。
背後の「御室山」(みむろやま)自体が御神体となっています。
その山は、ヤマタノオロチ退治の際にスサノオが籠って「八塩折の酒」(やしおりのさけ)を造ったといわれる聖地です。
昔から当地の人々は「室山さん」と呼び、崇拝してきました。
風土記には「神須佐乃乎命御室令造給所宿給故云御室」と記されています。
この布須神社から少し下った場所に、「釜石」と呼ばれる磐座があります。
この神石は、スサノオが八塩折の酒を造られたときの釜であると言い伝えられています。
手前にスパッと切れた大きな石がありますが、これではないようです。
これが釜石。
なるほど、釜のように見えなくもないです。
【印瀬の壺神】
雲南市木次町西日登にある「八口神社」は、通称「印瀬の壺神」(いんぜのつぼがみ)様と呼ばれています。
田園の先の丘の上に続く参道を進みます。
スサノオはヤマタノオロチの八つの頭を斬ったことから、「八口大明神」とも呼ばれたそうです。
また、ヤマタノオロチが八塩折りの酒に酔い、草枕山を枕に伏せっているところをスサノオが矢をもって射ったので、矢代郷、矢口社とも云うと伝えられていますが、その社はまた別の場所であるようです。
急勾配な階段を登り終えると、小さな社がありました。
その横にある磐座が御神体です。
「壺」???と思ってしまいますが、これはスサノオがオロチ退治の時に「八塩折の酒」を入れさせた八つの壷のうちの一つと伝えられているものです。
「印瀬の壺神」様として祀られているこの石は、 口経四寸五分・腹経六寸五分・深さ五寸とあり、昔、村人がこの壷に触れたところ、俄かに天はかきくもり山は鳴動して止まず、八本の弊と八品の供物を献じて神に祈ったところようやく静まったと云われています。
以後、村人たちは人の手に触れることを恐れ、多くの石で壷をおおい玉垣で囲み、注連縄をめぐらし昔のままの姿で昔のままの場所に安置することにつとめ現在にいたっていると云うことです。
【草枕】
雲南市加茂町にある、もうひとつの「八口神社」を訪ねます。
体に杉や檜を生やし、鬼灯のような真っ赤な目をしたヤマタノオロチは、印瀬の壺に注がれた八塩折の酒に酔い潰れてしまいました。
酔いつぶれたオロチが枕にしたと云う山が、「草枕」として名を残しています。
しかしその山は治水工事で大きくその姿を変えていました。
ただ、今の姿の方が、草枕と呼ぶに相応しいとも思えます。
社伝では、酒を飲んで酔いつぶれて寝てしまったヤマタノオロチをスサノオが矢を放って仕留めた場所が当社だと云います。
矢で仕留めたのちに剣をオロチの身体に突き刺したのだと云うことのようです。
ただ、矢をもってヤマタノオロチを仕留めたという話は、他で聞いたことありませんでした。
おそらく当社に伝わる独自の伝承だったのでしょう。
長年村人を苦しめて来たヤマタノオロチ、ついにその怪物にとどめを刺す時がきたのです。