玉来神社:八雲ニ散ル花 土雲歌譚篇 25

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五馬山 昔者、此の山に土蜘蛛有り、名をば五馬媛と日ひき。因りて五馬山と日ふ

- 『豐後國風土記』

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大分県日田市天瀬町五馬市、ここには土雲族の戸畔「五馬媛」(いつまひめ)がいたと伝えられています。

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天瀬温泉の南側に位置する五馬台地、その片隅に、ひっそりと遺跡がありました。

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「宇土遺跡3号墳」と書かれた案内板、

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しかし辺りは竹藪があるばかりで、古墳らしきものは見当たりません。

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よく見るとマンホールの蓋と換気の煙突のようなものがあります。

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ここでは昭和60年に道路建設がなされ、その時に旧石器・縄文時代の遺物や弥生時代から古墳時代の集落が見つかったそうです。
宇土遺跡3号墳の盛土は消滅していましたが、完全な形の二基の竪穴式石室が出土しました。
その石室への入口がこのマンホールのようで、日田市役所に事前に連絡すれば、見学もできるそうです。

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この石室の年代は、1号石室が5世紀中葉から後半、2号石室が5世紀後半から6世紀と推定されています。
特筆すべきは、1号石室から40代女性1人・30代男性1人、2号石室から40代と20代女性2人・30代男性1人の人骨が発見されています。
このそれぞれの40代女性と30代男性は姉弟であることが分かっています。

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古墳時代も後半の物部政権が主流を極める中、女性が主体として古墳に埋葬されるということは極めて稀なことです。
なぜなら、秦族である物部族は父系社会だからです。
この埋葬者は、民衆に尊ばれる姫巫女が神託を受け、それに従って王が政を行う、古い形式をもった一族の有力者であったことが推察されます。
それは母系社会を受け継いだ豊族・土雲の五馬媛を擁する一族であった可能性が濃厚なのです。

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宇土遺跡3号墳から南に400mほどのところに、五馬媛の古墳と伝わる場所があります。

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そこは「元宮神社」と呼ばれているのですが、辿り着くには細い道を進まなければなりません。

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駐車場も無いような、神社の裏側に着いてしまいましたが、道を間違えたか。

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境内に入り、表参道らしき場所を探りますが、そこは小学校の裏になっていて、道らしいものは見当たりません。

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この小学校を背にすると、正面の鳥居がありますので、この方向に参道があったのだろうと思われますが。

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元宮神社、一体何の元宮なのでしょう。

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祭神は不詳ですが、

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八幡宮とあるので、八幡神を祀っているのでしょう。

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八幡宮の本宮といえば宇佐神宮ですが、その主祭神は現在応神帝となっているので、八幡神=応神帝と考えがちです。

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しかし宇佐神宮の真の主祭神は、中央に祀られる「比賣大神」であることは明らかで、その正体は豊玉姫となります。
土雲の戸畔の墓と伝えられるここに八幡宮を祀った人は、この事実を知っていたと思われます。

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拝殿の左手に、「史跡 元宮古墳」の標識とともに、石碑があります。

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この丘が「五馬姫命之墳墓」であると伝える石碑。

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詳しい調査はなされていないようですが、古老たちはここが五馬媛の御陵であると言い伝えられてきたそうです。

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日田地区には珍しく、二人の土雲の戸畔がいました。
久津媛と五馬媛です。

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『豊後国風土記』には、久津媛は神と表現されていましたが、五馬媛は単に土蜘蛛と表記されています。
この違いは何か、それは久津媛はすでに亡くなった者を神として表したということです。

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ならば日田地区を統治した戸畔は、五馬媛だったということになるかもしれません。

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この五馬という名前、土蜘蛛という表記がそうであるように、蔑称の類かもしれません。
本来は「斎女」だったのではないでしょうか。

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当社の元宮とは、次の玉来神社の元宮と言う意味なのかもしれません。

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五馬市(いつまいち)の西寄りに進みます。
五馬媛、こんなに可愛かったのか~♪すきです。

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五馬高原のさらに高台とも言える場所に、「玉来神社」(たまらいじんじゃ)が鎮座しています。

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要塞のような石垣を登ると、さらに石垣が築いてあります。

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ここはかつての土雲の重要拠点だったのではないでしょうか。

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階段を登ったところにある簡素な神社は

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生目社。
今は目の神様として各地で祀られる神社ですが、本来は大和に物部政権を打ち立てた、物部イクメ(垂仁帝)を祀る神社です。

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物部系の社が入口に構えているということは、ここは物部の支配下にあったことを意味するのかもしれませんが、もっと異様なことがあります。

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玉来神社の祭神は、景行天皇と五馬媛となっているのです。

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宇奈岐日女神社でも早吸日女神社でも、そして宇佐神宮であってさえも、その真の祭神は隠されている中で、ここだけは堂々と土雲の姫が祀られています。
それだけではなく、さらに驚くべきは、この五馬媛を当地に祀ったのが景行帝であると伝えられることです。

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もっとも帝が五馬媛を祀ったということは、記紀はもとより豊後国風土記にも記されてはおらず、当社の由緒に書かれているに過ぎません。
しかし悉く制圧・討伐をした景行帝が土雲の姫を祭祀したと口伝でも残されていることは異様であると言わざるを得ません。

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朝廷側が討った者を祀るとしたら、それは怨霊信仰的なものかもしれません。
それを示すような痕跡があるとすれば、それは唯一、この社名にあります。

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「玉来」、そう「玉」が「来」るのです。
玉というのは豊玉姫の名の中にあり、高良玉垂宮や大善寺玉垂宮で導き出したように、「月」を意味します。
豊王国は月神信仰であった、とは豊王家の伝承にあること。
そこから豊王国・邪馬台国圏が大分・宮崎・熊本・佐賀・福岡の北部九州、そして山口・愛媛・高知に至るほどに広がっていたことを知ることができます。
そして神話や各地伝承における干珠満珠の「玉」も月を示していたという事に思い至りました。

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そうした月を読むという能力は、農業や漁業の暦を知ることに通じ、ひいては潮の干満を利用した軍事的作戦にも応用されました。
つまり月読の巫女は、太陽の巫女と同等かそれ以上の、民衆の命を預かる絶対的なカリスマだったのです。

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玉が来るとは、月からの信託が降りる、ということだったのではないでしょうか。
または玉垂と同じく、月の霊水が注がれる場所を意味したのかもしれません。
その主宰たる五馬=斎女、彼女は豊玉姫以来の有能な霊能者だったと考えられます。

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さすがの景行帝も、彼女の偉大さに奉らざるを得なかったか、手にかけた恐ろしさに祀ったかは分かりませんが、

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え?

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ええ~っ!!

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斜めった御神木が神域を囲む社殿を破壊しています。

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もう、怒ってるんだからね、ぷんぷんっ!
いつまチョ~ップ♪

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そんなお叱りを受けているようで、不敬にもM属性の僕は、ちょっと嬉しくなったのでした。

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