橋姫神社

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宇治を訪れると雄大な宇治川にかかる「宇治橋」の美しさに目が留まります。
そこに佇む一人の美女がいます。
そう「紫式部」さんです。
宇治は「宇治十帖」(うじじゅうじょう)と呼ばれる「源氏物語」最後の10帖の舞台でもあります。

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少しふっくらとした愛らしい顔つきの紫式部。
当時の話では、紫式部はあまり美しくはなかったそうですが、それは平安美人の枠の中でそうであったということなので、
平成の今なら超絶美人だったのかもしれません。
ともかく素晴らしい才女であったのは間違いないようです。

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美しい宇治川と宇治橋ですが、その橋の袂に、橋の守り神の神社があります。
それが「橋姫神社」です。
橋姫神社と宇治橋は「縁切り」のご利益があるそうなので、恋人と参ったり渡ったりしてはいけないそうです!!

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橋姫神社はとてもひっそりとありました。

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橋姫神社の祭神は、川の穢れを清める祓えの水の神「瀬織津姫」(せおりつひめ)と同一視されています。

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狭い境内に、二つの社が並んでいます。
左奥が橋姫神社で、右手前は「住吉神社」です。

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昔、ある公卿の娘が自分を捨てて他の女を選んだ男を恨むあまり、貴船神社に7日間籠って恨みを捧げました。
すると「姿を変えて、三七日間、宇治川に浸かれ」と明神の神託があります。
そこで女は、長い髪を五つ分けて五本の角のように束ね、顔に朱をさし、体には丹を塗り、鉄輪(かなわ)を逆さに頭に載せます。
鉄輪の三本の脚には松明を燃やし、両端を燃やした松明を口にくわえ、合計五つの火を灯しました。
そして、宇治川に浸かり続けること37日間、女は願いのとおり鬼女になれました。

そう、これは「丑の刻参り」の原型となります。

鬼女となった橋姫は、妬む女らを殺し、復讐を果たしたのちも人を殺し続け、延々と生き続けたと云います。

それから年月が過ぎたある夜、「源綱」(渡辺綱)と橋姫が一条戻橋で出会います。
橋姫は綱に家まで送ってくれるよう頼み、綱はそれを引き受けました。
すると橋の上で橋姫は鬼女に変わり、綱を捕らえて舞い上がり、愛宕山へ連れ去ろうとします。
綱は北野天満宮の上空に来た時、持っていた源氏重代の「髭切の太刀」で鬼女の腕を斬りおとしました。
源綱に返り討ちにあった後、これまでの行いを悔いた橋姫は、橋の神となったと云います。

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壮絶な話ではありますが、「橋姫」には夫を想い続ける別の伝承もありました。
「山城国風土記 逸文」によると、
つわりがひどい橋姫のために夫は海草を採りに行くと、美しい龍神が現れて、夫を婿に迎えてしまいます。
橋姫は夫を探し回り、そして3年経ってようやく夫の所在を尋ね当てました。
夫は龍宮の火で作られたものを食べることを嫌い、老女の家に食事に来るといいます。
そこで二人は再会を果たしますが、この時は泣く泣く二人は別れます。

しばらくして、唐突に夫は橋姫の元に戻ってきました。

「さむしろに衣かたしき今宵もや 我をまつらん宇治の橋姫」

詠み人知らずの「古今和歌集」のこの歌は、橋姫の夫が歌った歌だという説もあるようです。
この話の橋姫が「源氏物語」第四十五帖【橋姫】に登場する大君と中の君でのモデルとなったようです。

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