久高島

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女神が降り立った島「久高島」(くだかじま)。
そこへ訪れることは、長い間の僕の夢でした。
そして夢叶い、僕は珊瑚のかけらが混じる白い砂、南国植物の緑、そして無限に広がる空と海の青の楽園に、そっと足を下ろしたのです。

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久高島は沖縄本島南部、南城市の沖合5kmに浮かぶ細長い島です。

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島へは安座真港から高速船かフェリーで渡ります。
フェリーには車も載せられますが、レンタカーは本島から持ち出す事はできませんので、無料の駐車場に置いていくことになります。

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しかしあえて車は必要ありません。
久高島は周囲約8キロの小さな島。

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島に上陸したら、ぜひレンタサイクルで島内を巡りましょう。
ただし自転車は潮風でさびさび、電動自転車などもありませんので、あらかじめ。

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島の見どころはフェリー待合で手に入るマップに網羅してあります。
一通りゆっくりみて回っても3時間くらい。

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のどかな時間も楽しむくらいで巡りたいものです。

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自転車をこぎだすとすぐに久高島の集落に出ます。
久高島の人口は約180人、集落も島の南側1/4の範囲だけに存在しています。

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久高島は女神「アマミキヨ」がニライカナイから舞い降りてきて、ここから国づくりを始めたという琉球開闢(かいびゃく)の島。

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公有地や電力会社所有地などを除いた土地は、自治会・字総会である字(あざ)名義で登記して「総有」する、琉球王朝時代の地割制度が唯一残っています。

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つまり久高島を所有するのは神であるので、家を建てるのも、畑として使うのも神様からお借りして、島を出る際には神様へ土地をお返しするという考えに基づいています。
そのため島内は観光開発がほとんどなされず、集落は昔ながらの静かな雰囲気を今に残しています。

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自転車を漕ぎ進めるとすぐに集落を抜け、草が生い茂るだけの道に出ます。

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すると道脇に小さく、「ヤグルガー」を示す標識がありました。
久高島は積極的な観光化をしていないため、標識はないか、あってもささやかなものしかありません。
あらかじめ詳細な地図を手に入れておいた方が良いようです。
しかし、とりあえずぶらついて、気になったところを覗いてみる、というのも久高島の正しい楽しみ方のようにも思います。

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ヤグルガーに着きました。
「カー」「ガー」とは沖縄で川や湧水、井戸を意味します。
久高島を始め、沖縄の離島では昔から水を確保することは大変でした。
そのため雨水や湧水は貴重な水源だったのです。

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ヤグルガーは神女が禊をするときにつかう神聖な井戸だといいます。
島の祭事の時には、ここの水でノロたちが体を清めたそうです。
階段を下りていった突き当りにある岩陰に水が溜まる場所があるそうですが、階段が崩落しており、立ち入り禁止になっていました。

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が、この海の景色を見るだけでも、汚れた心も清められるようです。

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ふたたび自転車を漕ぎだします。
道は舗装されたものから、土の道に変わります。

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島の中心あたりに着きました。

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そこにあるのは「フボー(クボー)御嶽」です。

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フボ―御嶽は久高島の中で一番、いや、沖縄本島の中で一番の聖地であると言えるかもしれません。
斎場御獄とともに、琉球の創世神「アマミキヨ」が造ったと云われる「琉球七大御獄」のひとつです。

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この生い茂った樹林の中にその聖地があるのですが、当然、何人たりともこの地に足を踏み入れることは禁じられており、まして男子は絶対禁制なのです。

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立ち入り禁止の札がある手前まで入ってみますが、それだけでもすごい気のようなものを感じます。

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琉球王国時代には国王が聞得大君を伴って久高島に渡り、礼拝を行っていました。
これは後に、本島の「斎場御嶽」(せいふぁうたき)から久高島を遙拝する形に変わります。
これにより久高島では、国王の代理人であるノロ(祝女)が島内の祭祀を司るようになりました。

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以来、フボー御嶽奥では、12年に一度の秘祭「イザイホー」が行われてきました。

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イザイホーは秘祭とされていますが、12年に一度の午年の旧暦11月15日からの6日間、島の30歳から41歳までの女性がナンチュという地位になるための儀礼として行われていました。
それにより一人前の女性として認められ、家族を加護する神的な力を得るとされています。
ただし久高島のイザイホーは後継者の不足のため、昭和53年(1978年)以降は行われていないとの事。

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尚、平成27年(2015年)に、昭和41年(1966年)に撮影されつつもお蔵入りしていたイザイホーのドキュメンタリー映画が上映されました。
失われつつある希少な伝承がよく残されたものです。

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自転車を走らせていると、今度は「ロマンスロード」と書かれた案内板がありました。

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自称ロマンチストの僕は、避けては通れない道です。

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うぬぼれ屋のユリの花を横目に進むと、

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ロマンティックな景色が見えてきました。

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これは!

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爽 ☆ 快 !
時は2月末なのに、気温は25℃を超える勢い。
平坦とはいえ島は島ですので、それなりの斜面を漕いできたのです。
うすらにじむ汗が、海風によって攫われていきます。

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女の子が隣にいれば、間違いなく口説くシチュエーションです。

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などと妄想を膨らまし、青春ダッシュでまた自転車を漕ぎだします。

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そしてこの世界、

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これぞ久高島。
天と地の間に、僕と道だけが残された風景。

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やがてたどり着いたのは最果ての地、

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アマミキヨが降臨したという、伝説の岬です。

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ニライカナイからやってきたアマミキヨは、初めに久高島を造り、この「カベール岬」の浜から上陸したと伝えられます。

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カベール岬は島の人からハビャーンと呼ばれ、現在も祭祀が行われる神聖な場所のひとつです。

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また、海神が白馬の姿で降臨したとも伝わる聖地であるということです。

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海風が穏やかに吹く岬に立ち、遥か遠くにあると云うニライカナイに想いを馳せます。

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しばし穏やかな時を過ごしました。

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カベール岬で折り返し、港へ向かいます。
その途中に立ち寄ったのが「イシキ浜」です。

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浜への入口に拝所がありました。

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見えてきたイシキ浜。

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イシキ浜(伊敷浜)は、ニライカナイから五穀の種が入った壺が流れ着いたとの伝説がある神聖な浜です。
その種子が琉球の農耕の始まりになったと云われ、今でもイシキ浜には、ニライカナイからの神が島を訪れる時に船が着く場所と云われています。

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綺麗なビーチなのですが、聖地なので遊泳はひかえます。

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久高島・神の島のルールとして、基本的にビーチは遊泳禁止です。
また浜の石ひとつ、草木・貝殻など、一切が持ち出し禁止になっています。

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久高島の所有は、神にあるのです。

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さて、集落まで戻ってきましたので、船の時間まで辺りの聖地を散策します。

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「外間殿」(フカマドゥン/ウプグイ)は琉球王朝時代に定められたノロ制度のもと、公式指名を受けた「外間家」の祭祀の場です。

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一見ただの民家のようにしか見えませんが、

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庭にも拝所が設けられ、

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今も島の行事が行われていることを窺わせます。

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また外間殿と並ぶ島の二大祭場の一つが、「久高殿」です。

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「御殿庭」(ウドゥンミャー)とも呼ばれ、イザイホーの舞台となった神聖な場所です。

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左の建物は「神アシャギ」、右の建物は「シラタル宮」と呼ばれ、久高島の始祖「シラタル」(百名白樽)とその娘「タルガナー」(多留加那)が天地の神々を祀って、久高島の繁栄を祈った場所と云われています。
後ろの森は「イザイヤマ」と呼ばれる聖域で禁足地です。

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またここにはタルガナーと呼ばれるイラブー(海蛇)の薫製小屋もあり、タイミングが良いとその様子を見ることができるそうです。

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集落には「久高ヌン殿内」と標識のある建物もあります。

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ヌン殿内(ドゥンチ)とはノロの屋敷という意味のようです。

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琉球王朝時代に定められた久高島のノロは、公式指名を受けた外間家のほかに、島のノロとして指名された「久高家」がありました。

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久高家の祭祀の場が、先の久高殿です。

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外間殿と久高殿で、今でも正月をはじめとする島の行事のほとんどが行われ、島内の二大祭祀場となっています。

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島を散策したらお腹も満たしたいところ。
島には港付近に3ヶ所ほどの食事処があります。
そして沖縄といえば沖縄そば。

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またもずくの天ぷらなどもおすすめです。

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港に「ムーチー」というちまきもありました。

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五穀の香り芳醇な、素朴なお餅です。

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集落内には、他に「大里家」という建物がありました。

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伝承によると、昔、大里家には「シマリバー」(女性)と「アカツミー」(男性)という2人が住んでいたと云います。

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ある日、アカツミーがイシキ浜で漁をしていたところ、沖のほうから白い壷が流れてきますが、彼が拾おうとしても沖に流されて上手く取れません。
そこで家に帰りシマリバーに話した所、まずヤグルガーで身を清め、白い着物を着て行けば簡単に取れるだろうと教えてくれました。

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アカツミーはその通りにして改めてイシキ浜に行ったところ、壷は難なく彼の白袖に入り、無事取る事ができました。
その壷を開けてみると、麦、粟、アラカ、小豆の種が入っていて、それを植えたところ、やがて島中に広まり、沖縄全体にも広められました。
これによりアカツミーとシマリバーは五穀の神様となってここに祀られているのだそうです。

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また大里家には、琉球王朝第一尚氏最後の17代「尚徳王」がこの家の美しい神女クニチャサと恋仲になったという話も伝わっています。
王が久高島にいる間、政治を省なかったため城内で反乱が起き、王位を退けられてしまいました。
それを聞いた王は慌てて帰途につくも絶望し、船から身を投げ出し、命を絶ってしまいました。

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神女クニチャサもこれを聞き、悲しみのあまり家の前にあるガジュマルの木で首を吊って死んでしまったと云うことです。

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久高ヌン殿内のすぐそばに、何の変哲も無い空き地があります。

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いや、空き地などとんでもない。
ここは「ハンチャタイ」と呼ばれる神の畑です。
昔はここで作物を作っていたとされています。

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その一角にこれまた何の変哲も無い石積みがあるのですが、これは「テンヌジョウ」(天の門)と呼ばれ、天と地を結ぶ神聖な場所と云われています。

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沖縄全体がそうなのですが、こと久高島は、琉球時代からの信仰と庶民の生活が今も溶け合った、女神微笑むのどかな島だったのです。

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4件のコメント 追加

  1. きれいな海ですね~(^.^)
    伝説が生まれるのが、分かる気がします(^^♪
    海といい、ジャングル?のような木々といい、自然豊かで、行く価値はありますね(*^^)v
    沖縄そば、天ぷら、そしてちまき、素朴だけど、おいしそうですね(^^)/

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      いいとこですよー。
      もちろんハワイも素敵ですけどね♪
      僕はいつも一人旅を楽しんでいますが、沖縄ばかりは数人で旅した方がよいと実感しました。
      この景色の中で独りは、ちょっと寂しいですね(笑)
      あとやっぱり晴れてるに越したことはないですね、南国は!

      いいね: 1人

  2. 創生塾 より:

    偲フ花様
    絶景ですね!!
    沖縄は本当に神秘的な地ですね。
    しかし、いつもながら感心させられるのは、写真の美しさと場所の選定やangleです。こうしたものは感性豊かでセンスが無ければ撮れるものではないと思います。
    私は、カメラ等、機械ものは全然ダメダメですので素直に素晴らしいと思っております。
    次回も楽しみにしております。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      この日は曇りだったのですが、久高島に渡っている間だけは晴れてくれて、絶景を堪能できました。
      女神も微笑んでくれたようです(笑)
      今はカメラが良いので、撮っているうちに勝手に腕はあがっていくみたいです。
      好きなものは、どんどん綺麗に撮りたくなりますね!

      いいね

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