浮布池:語家~katariga~ 18

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「お前、今までろくに化粧なんてしなかったじゃないか」

兄は妹の変わりように呆れていたが、そんな言葉などどこ吹く風で、女は一層めかし込んだ。
都風の垢抜けした人麿に女は恋心を抱いていた。
孤独と失意の人麿にとっても渡津の女は良い話し相手であり、人懐こい彼女に好意を抱いていたが、やがて二人は深い間柄になった。

「ねえ、あなたが教えてくれた出雲の女神の山に行きたいわ。そこなら1日で帰ってこれるから、私を連れて行ってよ」

人麿は罪人として当地に赴いていたが、古事記に関することは一切口外しないことを条件に、ある程度の自由は許されていた。
ある晴れた日、人麿と駅舎係員の妹・渡津の女は、一緒に石見の佐姫山まで軽い旅をした。

「この先に浮沼の池があるのよ、そこに行きたい」

青々とした草が山全体を覆い、爽やかな風に草が揺れて、水面に波を描いた。

『君がため 浮沼の池の 菱摘むと わが染めし袖 濡れにけるかも』(1249)
「あなたにのために浮沼の池の菱の実を摘み採っていたら、夢中になって自分で染めた着物の袖が濡れてしまいましたわ」

誰もいない雑木林の中に、二人は入っていく。
空漠とした不安と孤独の中、この女を抱きしめることでのみ、人麿は心に温もりを感じることができた。

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国府から東北に15kmの所、江の川が流れる江津(ごうつ)に柿本人麿の流罪地が決まります。
人麿は江東駅舎から北方の海岸、渡津にある駅舎係員の実家に隠されて住むことになりました。
彼の家には妹が住んでおり、彼女は甲斐甲斐しく人麿の食事や洗濯の世話をしていましたが、やがて二人は体を重ねる関係へとなっていきます。

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駅舎係員の妹と人麿はある時、石見の東にある三瓶山(さんべさん)の麓にある「浮布池」(うきぬのいけ)に出かけ、そこで和歌を詠みました。
この1249番の歌は菱摘みの後、二人が山の薮の中で抱き合ったことを表しており、妻の依羅姫に気が引けた人麿が渡津の女に成り代わって作ったものでした。
人麿はこれは仕方がなかったんだ、その気に先になったのは渡津の女の方で自分は受け身だったんだと思わせたかったようです。

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なんとまあ最低な男だと、世の女性方はお思いでしょう。分かります、分かりますとも奥様。僕も否定はしません。
が、彼の抱えた孤独と絶望感を考えると、人麿の気持ちも理解できると、男性の僕は一応弁解をしておきます。

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浮布池は三瓶山の噴火によって河川がせきとめられてできた「せきとめ湖」で、長者の娘「邇幣姫」(にべひめ)が若者に変身した大蛇に恋をし、若者を追って池に入水したという伝承があります。
邇幣姫がその身を沈めた後、池面に姫の衣が白線を描いて輝き、それからというもの水面がまるで布が浮かんでいるように白く見えるようになったと云うことです。

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また、なだらかな曲線を描く美しい三瓶山を、出雲人は女神の山と呼んでいました。
三瓶山とは後世の人が変えてしまった不細工な名前ですが、本来は佐姫山(さひめやま)と呼ばれ、昇る朝日を古代の出雲人は太陽の女神と崇め奉ったと云います。

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古代出雲族はこの佐姫山に昇る朝日を、どこから遥拝したのでしょう。

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佐姫山の北麓に「三瓶山神社」がありました。

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ここが遥拝地ではないかと、当たりをつけてきましたが、残念ながら佐姫山を遥拝することは難しそうです。

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左遷という名目で、実質流罪の扱いで江津の渡津村にやってきた人麿でしたが、ここではまだある程度の自由は許された生活を送ることができました。

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しかしある時、監視人がやってきて人麿が正式に流刑と決まったことを告げられます。
柿本人麿の長い旅が、再び始まるのです。

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8件のコメント 追加

  1. Yopioid より:

    こんにちは。菱の植生を調べたことがあって、菱の実は水中に一旦沈んで春に水中で芽吹くのでオオヒシクイという鳥は水底を探って食べるようです。彼女はみなぞこをヒシクイのようにゴソゴソやって服が濡れたのかな、と思いました。調べたらその前の段階で採取して茹でて食べる動画がありました。ヒシは美味しいみたいです。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      おお、これは良い動画をありがとうございます!
      そう、この歌は食用のため菱の実を採りに行ったということで、どんなものなのか興味があったところでした。
      筑後では食べるチャンスがありそうですね。来年の秋は菱採りにでかけてみますか!

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  2. 清水 公隆 KIMITAKA SHIMIZU より:

    五条さま

    写真を見ますと、浮布池と高津柿本神社すぐ近くにある蟠竜湖(ばんりゅうこ)は雰囲気が似ている氣がします。

    子供の頃、蟠竜湖にいる鯉に餌をあげて、さらには投げつけて、遊んでいましたが、いざボートで湖に出ると湖全体がシンとしていて凄く怖かった記憶があります。

    子供心に、『琵琶湖と蟠竜湖は雰囲気がぜんぜん違うなぁ』と思ったものです。

    人麿さんは蟠竜湖にも行かれたでしょうかねー?

    そして古代も今も、女性(にょしょう)は“濡れて”いるのですね。魅力的すぎて、いつもクラクラします。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      蟠竜湖、それはたいへん気になりますね😊
      また石見に行く機会はあると思うので、マイマップにマークさせていただきました!
      琵琶湖も神秘的ですよね。

      これを情緒深いと言って良いのか分かりませんが、いにしえ人はかなり露骨に歌いますね😅

      いいね: 1人

  3. CoccoCan より:

    〉「お前、今までろくに化粧なんてしなかったじゃないか」
    こんな風に言われるくらい、化粧で「化けられる」のなら、メイクアップの勉強でもしようかと思いました笑

    いいね: 2人

    1. CHIRICO より:

      このフレーズが思いのほか受けていることに驚いています😅
      世の男性はおそらく、ノーメイクに近いくらいのナチュラルメイクの方が好きなんだと思いますが、メイクひとつでずいぶん印象も変わるなぁというのも実感しています😄

      いいね: 2人

  4. narisawa110 より:

    wwwwww
    〉「お前、今までろくに化粧なんてしなかったじゃないか」

    私が自分のレコでここを参照させていただいたのが、こういう語り口の部分が非常に良かったからであります。

    本日最高傑作www

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      神話も伝承も、そこに人間臭さを漂わせるのが桐彦流、ご堪能いただけて幸いです😁

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