
2026年は午年(うまどし)なので、宮崎県五ヶ瀬の「三ヶ所神社」(さんがしょじんじゃ)へ参拝しようと思いつきました。

すると、三ヶ所神社入口の道路を挟んだ対面に、小さな石の祠があるのに気がつきました。

ここは昭和31年まで使用されていた井戸の跡地のようですが、上水道施設の整備によって使用されなくなった複数の井戸に祀られていた水神を、合祀した祠なのだということです。

明治11年には、この村で大火災が起き、老若男女総出で火消しにあたりましたが、火は消えるどころか勢いを増すばかりでした。
そこへ一人の長老が、酒と初物の茄子を井戸の水神に供え祈り続けると、突然水しぶきが天高く噴き上がり、燃え盛る炎を瞬く間に消したということです。
それ以来村人たちは、茄子ができると初物を竹串に刺して、水神に供えるようになり、それは今も続いているのだそうです。



さて、三ヶ所神社ですが、

昨年、A氏と武富先生と待ち合わせたのが、ここでした。

サオリさんによれば、ここは二神の里宮・内宮だということです。

三ヶ所神社は古くから、背後の二上山天孫降臨に関わる神社で、山岳信仰の聖地だとされています。

当神社の主祭神はイザナギ、イザナミの命で、合祀神はニニギノ命、サルタヒコの命、スガワラミチザネ公となっています。

三ヶ所神社の神体は、男嶽、女嶽からなる二つの峰で男嶽(1060m)の9合目に奥宮があります。

伝承によると、当神社は昌泰年間(平安時代)頃に創建されたとされ、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の時代になると、当時の延岡藩主の篤い信仰から、豊後の宮大工棟梁・牧彦兵衛以下15名が招かれ、後の世に伝わる見事な社殿彫刻がほどこされました。牧彦兵衛は京都九条家出入りの名工と伝えられています。

この本殿の彫刻がそれは見事なもので、状態も良く、一見の価値があります。

本殿正面の上部には、二見ヶ浦の夫婦岩と左右に海上を駆ける馬の彫り物がなされています。
なので午年にあやかって、当・三ヶ所神社を参拝されるのもよろしいかと思います。

この馬の彫刻が「海馬」(かいば)と呼ばれ、これが当社では、脳の大脳辺縁系の一部である「海馬」と重ねられています。

海馬は特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官となります。
アルツハイマー病における最初の病変部位としても知られており、心理的ストレスを長期間受け続けるとコルチゾールの分泌により、海馬の神経細胞が破壊され、海馬が萎縮することが分かっています。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)・うつ病の患者には海馬の萎縮が確認されており、逆に脳内ホルモンのβエンドルフィンが分泌されたり、A10神経が活性化すると、海馬における長期記憶が増強するといわれています。

三ヶ所神社で行っていただける「海馬祓」は、脳の海馬を守る祈祷であり、脳の「海馬」を現代のストレスから守るのだと、サイトでは紹介されていました。
ただ過去に訪れた時は、ご神職が不在のことも多かったので、あらかじめ連絡をされておくと良いと思われます。

僕が訪れたこの日は木曜日の平日でしたが、正月明けということもあり、幸運にも社務所が開いていました。
そこで御朱印やお守り、お札などを求めていると
「どちらからお見えですか?」
と尋ねられ、
「福岡から参りました」
と何度かお邪魔している旨を添えてお伝えしました。
「今年は午年なので、海馬のご利益に預かりたく伺いました」
と申し上げると、
「なるほど、それではどうぞ本殿前までご昇殿ください」
と宮司さんはおっしゃいました。

「どうぞ前へ」
と本殿のすぐ前までご案内くださり、海馬についての補足説明をいただきました。

本殿中央に掘られた夫婦岩は霊峰・二上山を表し、本殿の先は山頂につながるように建てられているとのことです。

海馬の彫刻を脳科学的に説明すると、海は脳で、海馬は記憶を司る器官を表している。
そして海馬を活性化させるためには、松果体を振るわせる必要があるのだ、とのことです。
また、海馬を精神的にみると、馬は神様の乗り物で、龍を表しているそうです。

「海馬祓は脳で言えば松果体、体で言えば魂を振るわせる、いわば宮中で行われる鎮魂祭(たましずめのまつり)と同じものです。正面向かって左側の海馬は昇り龍で、私の吹く笛の音に合わせて、魂を二上山の頂上までお連れいたします。今度は太鼓を強く叩きますと、そこで二神様と対話をおこなうことができます。さらに太鼓を叩き続けますので、そうしたら今度は右の海馬、降り龍に乗って元の体に戻ってきてください。では、始めましょう」
えっ、、えっ、、、!?

「ピィ~ヒョロ~ピヒョロ~」「ドドンッドンドン」「ドコドコドコドコ」
なんと思いがけず、物部神社鎮魂祭に引き続き、僕は三ヶ所神社でも「ゆらゆら」と魂を振るわせることになったのでした。

意味もわからず、「二神」の文字に釣られて買い求めた黒い石のお守りは、この海馬祓を自宅でもどこでも行えるように、と謹製されたもので「海馬祓石」と呼ばれるようです。

さて、この海馬祓で、少し華麗臭を漂わせ始めた僕の御魂を、顔をしかめつつも海馬様は無事に二神様の御前まで連れていってくださったのか。
なかなか叩きっぷりの良い太鼓の音を聴きながら、僕の目にはうっすらと二上山の山頂の景色が、見えたような、そんな気がしないでもないのでした。

そんな事の次第をサオリさんにお伝えすると、彼女はキャラキャラと笑って
「だって44のお方は、群馬ご一行様を乗せて帰ってきちゃったからですね。きっと鈴ちゃんもご一行様も、二上山に昇って、これで群馬に帰っていったんでしょうね」
と皿に盛られたパスタの向こうで、にこやかに話してました。
なるほど、群馬からの海馬ねぇ、やれやれ僕は相変わらず、女神様の手のひらで踊っているようだね。
せめてその麗しき手の甲に、敬愛なる口づけをお許しいただけると、幸いなのですが。



せっかくなので、二神の外宮「二神神社」にもご挨拶してきました。
ブルーシートがなくなっていましたので、安心しました。
素朴で僕も大好きな聖地です。

おお、さすが海馬祓を受けてきただけあります。
龍神様がご降臨なされましたよー。

って僕も、だいぶこの手の写真が手慣れてきました。

昨年の僕の冒険も、ここから始まりましたが、なんだかデジャブーぅ。

でもなんだか今年の二神様は、少し明るく、ほのぼのとした優しい空気を纏っておられるように感じられました。

それはまるで少し早めの春が訪れているかのような氣配で、やわらかな祝福に包まれているのでした。
良き哉、良き哉、と。


narisawa110
今月の宮原宮司さんのブログ面白いです。
高橋や武内宿禰、大幡主とかてんこ盛り
ttps://ameblo.jp/kenbuncho2017/entry-12953588105.html
ちなみに橋本回が赤裸々すぎてS様もビックリw
ttps://ameblo.jp/kenbuncho2017/entry-12950801471.html
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この方は僕の行きつけの”くるま座”さんと深いお付き合いのある方のようで、百嶋由一郎氏の九州王朝説に傾倒されるグループのリーダー的な方のようですね。
百嶋氏の制作された独特な系図があり、大幡主などがピックアップされています。
主張は富家伝承とはもちろん違っていますが、興味深い考察もされていて、くるま座さんとは互いに情報を共有し合っています。
ただ、例の件につきましては、行き過ぎを感じておりまして、あくまでそこに住まう方々の心情や個人情報には、配慮願いたいと思いました。
なんでも暴けばいい、ということではないと思います。
もちろん、自分自身にも改めて、言い聞かせております。
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S媛さまも一部ブログで紹介されてましたが、ちょっと心配になりました。
越えていいのか?ラインというのは、自家でなく他家に対しては配慮必要と切に願います。
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何事にも配慮は必要だと、改めて考えさせられます。
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narisawa110
あくまで個人の考えとしてなんですけどね。流石に今の時点では橋本家の場所とかは宜しくなかったと思います。(¬_¬)ジー
今回は驚きましたね。御神体の数まで(かつては四つあった事まで既に過去に外部に情報が流出し、文章になっていた)推測可能な状態になってましたし。
ただ、一方でここからが大事な局面とも思います。必要なことは恐らく今後も手配になっていくでしょうから、それに含まれるのであれば今後も修正の機会が無いとも思えません。最近の物部神社で起きた事も踏まえますと、マイナスなことがマイナスで終わらない様になる事が大事な気がしています。
私的にはS様の考える通りAIの回答が上手いこと少〜しずつ変わっていく事が良いのかな?と思います。何年経っても自分の時間と足を使って出雲の伝承に近づきたいとか考える人は出てくるでしょうし、戸田家のように人麻呂さんの実家がわかってるケースもありますしね。
極端な話、鬼滅の刃的な考え方を挙げさせて頂くと、イズムの継承が重要で、最終的に担い手が入れ替わったとしても、途中の過程で消えて欲しく無い人の思いにこそ光が当たって欲しいと思います。
ちょっとオカルトっぽくなって済みせんが、S様ともお話ししましたが、「こんなに離れた地域の人達が関わるなんて、一体、いつからこうなる事が決まってたんでしょうね」と。
与えられたものに対して、最終的に全ての事が感謝で終われる様になったら良いのかな〜と思いました。
困った事と、嬉しいことを同時に「与えられたものとしては本質的に同じなんだよ」と落ち着いて捉えるのは大変な事と思います。(当然、私は実践できていません)
関わった全ての方々に感謝。今年も宜しくお願い致しま〜す。\(^o^)/
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あそこはですね、今はデリケートな時なので、そっとしておいて欲しいんですよね、個人的には😌
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今日特定せずブログに書いてしまいましたが、出来れば、静かに..と願うところです。
そこに限らず、意味ある地全てにです。
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narisawa110
実は、予告編があってその時から公開前に、事前にS様にお伝えしておりましたが、結果がまさかの忖度無しのゼロ距離パンチで、「五条先生をはじめとした色々の努力が無駄になった」とおっしゃってました~。
ただし、他でも動きがあり、高千穂側に「なぜ十社文書とも言われてるのに、宣命状に橋本の名があるのか」とか、新しい事が判明した出来事もあり、そ~っとその辺を更新するつもりです(許可頂きました)
なんと、昭和の初期にあ〇〇〇神社、町長までもが関係し、白昼堂々と「古文書、日記、宣命状、般若経の写本が入った入れ物を橋本家から盗み出した」んだそうです。その後も神社関係の人は、「橋本家で神ごとをすると家が途絶える」とか、「2つのお面を奉納」してきたりとか、家の周辺をうろついたりとか、謎の行動を橋本家に対しとっていたそうです。
日記の内容は、興梠と橋本を消して、「900年前の火事で責任を取らされた家の日記」として改ざんされ掲載。五ヶ瀬史を纏めるのに、何と橋本の古文書がベースになっていたという事が判ったそうです。(最近、おじさまとお話されたのだそうです)この責任を取らされた家の人が家宅侵入し止めるのも聞かず、どうどうと持って行ってしまわれたのだそうです。
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その辺りの経緯も聞きました。
橋本家に限らず、多くの旧家で同じようなことが起きていたのでしょうね。
そういったことが、そろそろ表に出て来そうな予感はありますが、それはそれとして、プライバシーは大事だと思います。
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三ヶ所神社でのひととき、上の女子たちが皆総出で歓迎していたようですね。
「うなぎばかり見てないで、私たちに気付いてよ」って言われてたとしたら~😂
秋に二上神社に伺った際にも随分抜けてきた感ありましたが、素晴らしく明るいです。
今年は解放された年ゆえのことでしょう☺️
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神事に鈍感なのは、どうしようもなく😅
それでも、いつも綺麗な景色を見せていただいて、感謝の意に堪えません。
五ヶ瀬、とくに桑野内に、あたたかな春の女神が訪れますように、と心からお祈り申し上げています😊
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narisawa110
この辺は金子先生の方がお詳しいとは思われますが。
井戸の神様は基本的に女性の神様だと考えられています。祓戸神様は基本的に全て出雲の神であり、根の国と関係していると思います。
『古事記』ではスサノオが根の国を「妣(はは)の国」と呼んでおり、大国主が神話で須勢理毘売命に会い、生大刀・生弓矢・天詔琴を根の国から持ち帰っている。(4柱に対してなぜかお宝が3つしかない事は興味深いですね)
境界を境に、払われたり災いが来るわけですね。その昔、伯耆の国でなにかあったんでしょうね。
埋める際は櫛とか紅とかを入れて埋めた後に、息が出来るように筒を通すのが基本であったと思います。水の向こうは根の国であります。そういえば、金子先生の作られた素敵な電車の映像も、水の中でしたね。お祈りすれば清い物が流れてきそう~。
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櫛とか紅とかを入れる、というのは初耳でした。
なるほど女性の神様なのですね。
水の底の都、龍宮とは、根の国という考えもあったのかもしれませんね。
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井戸を埋める際に筒を埋めるのには2つの意味があり、科学的にガス抜きをすべきことと
根の国への気道確保という祭祀的意味も含まれますね。
井戸・瓶(甕)は女性性の象徴。
副葬品的な埋めものは信仰に地域性があるようです。女性の道具を埋葬したり
神職が御札類をというのもよく聞きます。
>水の中でしたね。お祈りすれば清い物が流れてきそう~。
😆😂 あの人達に期待されないほうがww
いたずらされちゃうかもしれませんよ😉
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五条桐彦様 明けましておめでとうございます。今日はまだ松の内ですのでご挨拶させていただきました。ところで、この辺では使われなくなった古い井戸を埋めるとき、竹を一本突き立てておいて埋めるということを聞きました。息ができるようにとのことらしいですが、水神様のためだったのですね。これまでは井戸も生き物のように扱っているためだと思っていました。こんな風習、お聞きになったことありますか。
それと、昨日の老いについての記事、拝見して改めていろいろ考えさせられました。人生も終わりに近づいている私ですが、いつまでも幸せの記憶を集める旅を続けられるように、頑張っていきたいと思います。
今年もお体に気をつけてご研究を続けられますようにお祈りしております。 asamoyosi
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asamoyosi様
あけましておめでとうございます。
私の場合は新暦の元旦から、旧暦の正月までが正月ですので、全く問題ありません。
今年は2月17日でしたか、まだあとひと月は、お正月気分を楽しめると言うわけです。
井戸に棲まう水神様が息をできるようにと、竹を突き刺すのだそうですね。
神道では井戸の祓いは極めて重要で、おろそかにすると厄災がふりかかるとまでいいます。
井戸は枯れたりもしますので、家々も集落も、大切に水神様と共に祀られていたのでしょう。
その井戸と水神様について、次の記事でもちょっと不思議な話を書こうと思っています。
上水道が整備されることによって、神様が忘れ去られてしまうというのは、切ないものです。
老いについては、どうしても向き合わざるを得ないテーマでありますが、新年を迎え、今後は老いを恐れずに生きていきたいと思いました。
20代の頃よりも50代後半になった今の方が、幸せの記憶は多く持ち合わせているわけで、この先も年を重ねるほどに、それは増えていきます。
大切な人を先に失っても、幸せだった時の記憶は色褪せることなく、自分の命が先に尽きても、大切な人のために生きた時間は、多くの記憶を残せると思うのです。
漫画ではありますが、日々、自分の人生に向き合って生きていく、と言うことが大切なのだと、改めて学ばさせていただきました。
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