
昨年、鈴さんのお参りが叶い、その流れかどうかは分かりませんが、明けに五ヶ瀬の三ヶ所神社に参拝し”海馬祓い”を受けることになりました。
その後、宮崎茶房の亮社長にお会いし、なんと後日、鈴さんの弟君であり、サオリ嬢の叔父様である橋本の現当主様にもお会いでき、念願であった”後ろ戸”の「橋本」を参拝することが叶いました。

僕がサオリ嬢の叔父様にお会いしていた時、鹿児島からやってきたという二人組の女性が叔父様に声をかけていらっしゃいました。
どうやらこのお二人は、亀戸(かめど)の磐座を探していたようで。
お二人は僕のことは眼中にない様子でしたので、それでタイミングを見て叔父様に、お会いできた感謝を述べてその場を立ち去ることにしました。

亀戸というのは桑野内にある”字”(あざ)のひとつです。
叔父様のことをご存知で、サオリ嬢のブログを見たという五ヶ瀬在住の”Mさん”が、「亀戸の川にでっかい岩がある」と昨年の6月ごろにサオリ嬢に伝えてきたと言うことでした。
このときサオリ嬢は、「桑野内にはあまり”おっきな岩”がないので珍しいな」と思ったそうです。

さらにこの亀戸にある丸塚という場所から、子持勾玉が出土しており、亀戸にある巨岩は磐座ではないか、とサオリ嬢と僕の間では話題となっていました。
亀戸・・・かめど・・・
あの二人組の女性はたぶん辿り着けなかったであろう亀戸ですが、無性に気になってきました。
それで僕はサオリ嬢に、「あのMさんに亀戸への行き方を訊ねてもらえないだろうか」とお願いしたのでした。


2026年4月1日、僕らは宮崎県五ヶ瀬町にある「自然の恵み資料館」にやってきていました。
“僕ら”というのは、なんと五条桐彦の他に、

サオリ嬢とその息子さん、そしてなぜかまさかの”narisawa”氏の愉快な4人組(笑)でした。
例の亀戸から出土したという子持勾玉が当館に収蔵されているというので、サオリ嬢がアポイントをとってくれて、五ヶ瀬教育委員会の方が直々に館内を案内してくださったのでした。

館内に入ると、エントランスには近隣の古墳で出土した品々が並べられていました。

そしてすぐに、お目当てのものに僕らはたどり着きます。
これが、桑野内仲山地区の丸塚から出土したという子持勾玉(こもちまがたま)です。

均整のとれた美しい造形の子持ち勾玉。
子持勾玉はサオリ嬢が送ってくれた資料によれば、全長が9.5cmもある想像以上に大きなものでした。(資料数値は単位が違っているか、もしくは小数点が欠けています)
上記の写真はお借りしたものですが、掘っているときにカチンと音がして鍬が当たったときに欠けた傷がついており、それによって子持の一部(半身)も失われているようです。

欠けてもなお美しいバランスを保つこの勾玉を所持していた主とは、どのような人物だったのか。
かつての橋本の地に収められていた子持勾玉は、発掘後なぜか高千穂に持ち込まれ、そこでしばらくの年月収蔵されました。
そして五ヶ瀬の関係者の方々による尽力によって、ここ五ヶ瀬・自然の恵み資料館に戻ってくることができたのです。

宝物というのものは、得てして持ち去られ、なぜか有名どころや大都会に持ち込まれてそこの所蔵となることが多々ありますが、出土した場所に在るのが本来の姿であろうと思います。
わざわざその場所を訪ねて、その空気の中で拝謁するからこそ、価値があるのではないでしょうか。

自然の恵み資料館内には他にも素晴らしい収蔵品があり、せっかくなのでそちらも見せていただきました。

と、これは完全に失念しており、思いがけない出会いだったのですが、あの九州島発祥の証拠たる、鞍岡祇園山で発見されたサンゴの化石が展示されていました。

凄い💕

分かりやすい宮崎の地質年表が掲示してありましたが、宮崎の県北は秩父帯(ちちぶたい)と呼ばれる地体構造区分に属しています。
秩父帯は、日本の房総半島から関東山地、赤石山脈、紀伊山地、四国山地、九州山地を経て沖縄本島までの長さ1,500kmにわたって帯状に分布しており、主にジュラ紀の付加体からなるのだそうです。

ところが、鞍岡祇園山から採取されたものは、ジュラ紀からさらに2億年以上古いデボン紀・シルル紀に生息していたサンゴの化石であり、この一帯の地層が秩父帯の中でも特別な地層であるということになります。
祇園山が九州の中で一番最初に海底から隆起してきた地層であることを示しており、そこから湧き出る水が「4億5千年の雫」として商品化もされています。



一行が思わず足を止めたのが、この絵地図。
サオリ嬢が指差し確認しています。

そう、これは桑野内の古地図で、二神神社もかつては規模が大きかったことが窺えます。

こうしてみると、古い時代の桑野内は二上山を神奈備とする山里であり、超古代の地層から流れ出る豊かな水が五ヶ瀬川へと注がれる聖域であったことが分かります。
今では桑野内で川らしい川を見かけることもないのですが、そんな枯れた水氣を復活させようとされているのが、宮﨑茶房の亮社長さんです。

自然の恵み資料館で素晴らしい展示物を楽しませていただいたあと、僕らは宮﨑茶房さんに集合し、亮社長と、亀戸のエスコート役を買っていただいたMさんにお会いしました。

今回の亀戸決行隊はこのお二人に加え、サオリ嬢と息子くん、narisawa氏、それにR恵さんとO崎さん、それと僕の8人になります。

これから例の巨石探索に向かうわけですが、その前に立ち寄ったのが、子持勾玉が発見されたという場所です。
この写真のあたりで、鍬がカチンと当たって、発見されたのだといいます。

しかし子持勾玉は”丸塚”という場所から発見されたとなっています。
先の写真の場所は赤丸の部分で、亮社長がおっしゃるには、丸塚と呼ぶに相応しいのは黄色でマーキングした場所ではないかとのこと。

まあ確かに、それはそうだなと思います。

小さな雨粒が空から落ちてきています。
ここに、桑野内の王が居たのかもしれません。

そんな幻想的な風景に見惚れている僕のそばで、narisawa氏が野獣駆除の罠に引っかかりそうになっていたというのは、実はここだけの秘密です。

narisawa110
もほん\(^ω^)/どほして私の周り秘密にしておかない人たちばかりなのでしょうかww
勾玉の出た古墳だと教えられたので史跡の看板かな〜と思ったらまさかのワナだったでゴザル。
はっ?Sさんに口止めしとくの忘れたww
もう出す時代なのです☺️ S媛様には個人的に「うちにも子持ち勾玉受け継がれてます」と昨年お話しています。😜
ほら、narisawa氏もそうおっしゃってるので、narisawa氏がうっかりケモノの罠に引っかかりそうになったことは、絶っ対にここだけのヒミツですよ🥺
narisawa110
見てらっしゃい。ww
今度こちらに来られた時には、呼ばれる、と言うことがどんなに不思議か体験してもらいましょうww
そこは、長野県伊那市富県、波根という地積の近くです。
お腹ピーピーになっても知らないんだからww
ドキドキ❤️ナニかが産まれちゃうかも😳
自然の恵み資料館にもいらしたのですね、私もここで拝見しています。 nariさまのフットワークにも”罠はともかく”感服です😅
子持ち勾玉を所持した話は当家でも受け継がれており、一時期東京の学者にもしつこく訊かれましたが
一切口を割らない女子たちにはある種の尊敬を抱きます。従姉妹に昨年尋ねたら、「だ・め💕」だと。
それにしても宮崎茶房さん何者?というくらい精通してらっしゃる☺️
子持勾玉の意味するところは何なのでしょうね。
あの形状がそのまま、子を持っていると解釈するなら子孫繁栄ということになるのでしょうが。
宮﨑茶房さんも、並々ならぬお方です😌
子孫繁栄だけではなく、祭祀時儀式の特殊能力にとも聞いています。
あの形状は、特殊能力を引き出すカギのようなものなのでしょうか🤔