屋久島:益救神社・船行神社・牛床詣所

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屋久島内にもいくつかの神社が鎮座します。
その中から、里に根付いた、趣深い聖地三社を散策しました。

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【船行神社】
船行地区にある「船行神社」(ふなゆきじんじゃ)は、山神「大山祇尊」(おおやまずみのみこと)を主祭神として祀った由緒ある神社です。

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境内には町の指定文化財に指定されている屋久杉「船行大杉」が取り囲むように林立しています。

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船行大杉は里地にある杉としては最大級で、昭和12年の社殿改築の際、境内の杉を伐採したところ、年輪は600年を超えていたそうです。
日本樹木医会の調査で「主幹の発達状況、根張り、針葉等外観的にも歴史的見地からもヤクスギと判断される」と発表されています。
本来、屋久杉は山間部である標高600m以上の地域に見られ、樹齢1000年以上の大杉を屋久杉と指しますが、この船行大杉は屋久杉に準じるということでしょう。

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一時期、山中の屋久杉は盛んに伐採されていますが、船行大杉がこのような里地にに残っているということは、ここが大昔から聖地として守られていたことを裏付けています。

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この船行神社のご利益は「安産」と「子宝」ですが、それ以外にも「恋愛成就」など様々な願いが、絵馬にしたためられていました。

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奥にハイカラな本殿があります。

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そこに描かれた白馬の絵は、改築の際「馬の夢を見た」との神のお告げがあったので、当時の粟穂小学校の先生に描いてもらったそうです。 

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本殿には御神体の「円とう形」の石が三つ祀られていて、毎年旧暦8月15日に豊作を祈って行われる、十五夜の綱引きが有名です。
「船行」とは元々は「船雪」と書かれていたそうで、ここは島の中で唯一雪が積もる場所と語り継がれています。
そういった背景を知ると、ここがとてもロマンティックな場所であると感じ入ってしまいました。

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【益救神社】
屋久島の主要港「宮之浦港」のそばにある「益救神社」は「やくじんじゃ」と呼びます。

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名の通り、「益救」とは「屋久」のことで、「益々救われますように」という意味から名付けられています。
また、宮之浦の語源も「宮」のある「浦」(入り江)からきているようです。

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境内の端に、阿吽の仁王の石像があります。
天保2年(1831年)に寄進されたものと考えられているこの仁王像は、屋久島の岩ではない凝灰岩でつくられています。

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手水舎にはジブリの「千と千尋」に出てくる「釜爺」(かまじい)がいました。

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一見クモのように見えますが、昆虫でもクモでもなく、「ザトウムシ」という単独の分類の生物のようです。

その動きは釜爺そのもので、8本の足のうち、前から2番目の足は一段と長くなっていて、これが「目」の役目をして前をさぐりながら歩いていくので「座頭虫」と呼ばれるようになったそうです。

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また境内にある石が気になりました。
この南斗十字星のような穴の空いた石、

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裏を見ると亀の甲羅のようにひび割れています。

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これや、

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これもそう。

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その中でもひときわ美しい石が、社務所の奥にひっそりと祀られていました。

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なんて神秘的で美しい御石でしょうか。
屋久島はウミガメが産卵に訪れることでも有名ですが、僕は対馬にあった「磯良恵比須の磐座」を思い出します。

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益救神社は、平安時代の中頃に定められた「延喜式」(えんぎしき)に名前を連ねる格式高い神社です。

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御祭神は「彦火々出見尊」」(ひこほほでのみこと / 山幸彦)で、奥社は屋久島最高峰の宮之浦岳にあり、今でも岳参りとして参詣されています。

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屋久島は古来、神の島と崇められており、山中の杉を伐るなど禁忌中の禁忌でした。
しかし江戸時代に、屋久島出身で薩摩藩に仕えていた日蓮宗の僧で儒学者の「泊如竹」が、屋久島の島民の貧困を目にして屋久杉の伐採を島津家に献策し、それをきっかけに屋久杉伐採が盛んに行われるようになったと云います。

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益救神社では、貴重な屋久杉の御守りを買い求めることができます。

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【牛床詣所】
白谷雲水峡に向かう道の途中に、案内板のない、知る人ぞ知る素晴らしい聖地がひっそりとあります。
「牛床詣所」(うしどこもいしょ)と呼ばれるそこは、屋久島らしい、山岳信仰の聖地になります。

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屋久島山中の森の中にある参道を進みます。

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すると幻想的な木々に囲まれた、鳥居が見えて来ました。

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山の空気が、濃密に凝縮して、そこにあるようです。

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境内に入ると目眩するような山の気がいっきに降り注ぎます。

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そこにある石の祠は豆蔦が履い、味のある風貌を見せます。

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御祭神は「彦火々出見尊」(山幸彦)です。

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益救神社にも関係しますが、屋久島では春と秋に九州最高峰の「宮之浦岳」山頂にある奥社に参る「岳参り」という行事があります。
それは女人禁制のしきたりがあり、夫人や子供らはこの牛床詣所で御岳を遥拝しました。

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また、その家族達がご馳走をそろえて、山に参った男性陣たちをここで出迎えると云います。

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さまざまな祈願のために寄進された、小さな石塔が苔むして立ち並ぶ様子は、まるで「千と千尋の神隠し」の1シーンのようでした。

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