智伊神社:八雲ニ散ル花 49

投稿日:

p8010423-2018-02-20-10-04.jpg

出雲市知井宮町に「智伊神社」(ちいじんじゃ)があります。

p8010421-2018-02-20-10-04.jpg

当地は西出雲王家「神門臣家」の領地内にありながら、他の出雲系神社とは異質な雰囲気を持っています。

p8010422-2018-02-20-10-04.jpg

『出雲風土記』にある「知乃社」に比定されるという当社、

p8010424-2018-02-20-10-04.jpg

御祭神は「高皇産霊神」です。

p8010425-2018-02-20-10-04.jpg

古来、出雲大社と関連があり、大社の神宝保管の役を務め、大社遷宮の時は古材が下附されたと云います。

p8010433-2018-02-20-10-04.jpg

早朝に訪れましたが、地元の方数人が参拝に訪れていました。

p8010432-2018-02-20-10-04.jpg

境内もきれいに掃き清められ、地元民の崇敬厚い聖地であることがわかります。

p8010438-2018-02-20-10-04.jpg

社紋も独特です。

p8010440-2018-02-20-10-04.jpg

富家の伝承では、ここは元、神門臣家の宮殿があった場所のようです。
東征軍の将軍の一人である宇佐家出身の「菟上王」は、焼けた宮殿跡に九州式の建物を建てて、占領軍として滞在したと云います。

p8010437-2018-02-20-10-04.jpg

神門臣家の振根は北の王宮跡に残って奮戦した、とありますので、振根が戦死したのが当地かもしれません。

p8010435-2018-02-20-10-04.jpg

ただし、「当社は往古、現在地の東北1.5キロ、字東原の多門院に隣接する地にあり」と記され、やや北の地から遷宮されたようです。

p8010434-2018-02-20-10-04.jpg

御祭神も、宇佐家が祀ったなら、それは「豊玉姫」であったろうと思われましたが、彼女の存在は後の権力者に隠されていますので、当社も物部の祖母神に変えられたのだと思います。

p8010431-2018-02-20-10-04.jpg

境内にはいくつかの摂社がありましたが、

p8010428-2018-02-20-10-04.jpg

その一角の稲荷社だけは近寄りがたい雰囲気を醸し出していました。

p8010430-2018-02-20-10-04.jpg

1件のコメント 追加

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中