白嶽:八雲ニ散ル花 愛瀰詩ノ王篇 番外

投稿日:

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ついに、再び彼の地へ足を運ぶことになりました。
神秘の島「対馬」。
そして安曇族の謎を知るため、まずは念願だった霊山「白嶽」(しらたけ)登山に踏み切ったのです。

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白嶽登山口は、洲藻(すも)と呼ばれる場所にあり、正式には「洲藻白嶽」と呼ばれます。

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登山口までは対馬空港から車で15分、厳原港から25分ほど。
その麓に、まずは参拝するべき神社があります。

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「白嶽神社」です。

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大イチョウの木に守られるように建つ社殿。

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祭神は、「大山祗神」(オオヤマズミノカミ)と、なんとあの天道信仰の神「多久頭魂神」(タクヅタマノカミ)です。

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登山口手前にある第二駐車場から、白嶽の山頂が見えます。
トイレはこの先ないので、きちんと用を足しておきます。

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巨大な岩が二峰突き出た白嶽は、古来より霊山として崇められた対馬のシンボル的存在です。

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標高は519メートル、『(一社)対馬観光物産協会』さんの情報では、登山口から頂上コースタイムは、往路90分、復路75分。
この(一社)対馬観光物産協会さんは対馬の情報を得る上で、とても頼もしい存在です。
あの「オソロシドコロ 」についても、とても詳しい情報を提供していただいてます。

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さて、登山口に着きました。
不動明王が佇むこの滝の近くに、車を数台駐車することができます。

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さっそく登山です。

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序盤は清らかな沢に沿って登ります。

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なだらかで楽勝ムード漂う登山道。

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いたるところで岩盤がむき出しになっています。

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よく見ると、沢の水も、岩の上を流れていました。

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白嶽は日本系と大陸系の植物が混生しているとのこと。

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そうした植物観察も楽しめば、きつい山道も楽しいものとなってきます。

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凹凸のある岩がありました。

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そこには意図的に、小石がはめ込められています。

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登り始めて30分頃、異様な雰囲気の巨岩に出会いました。

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3つの巨岩が折り重なるその隙間が、

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神々しく輝いています。

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ここは「行者(ぎょうじゃ)の岩屋」と呼ばれているようで、

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修験道の行者が寝泊まりしたといわれています。

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が、少しばかり足を踏み入れてみると、寝泊りするのは畏れ多いように感じました。
ここは往古の祭祀場だったのではないでしょうか。

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登山開始から45分、鳥居がありました。

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この鳥居が登山口方面・山頂方面・上見坂方面の分岐点になります。
ここから山頂へは45分、距離的には2/3ほど歩いたことになりますが、時間的にはちょうど半分です。

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鳥居をくぐって進みます。

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巨大な岩と石の祠があります。

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これは「祓戸神社」なのだそうです。

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序盤の楽勝ムードはなんだったのか、真の白嶽登山がここにあります。

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道々の小さな神社に挨拶をし、

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ただひたすらに、上へ上へと登っていきます。

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太ももがパンパンに腫れ上がってきた頃、山頂らしきものが見えてきました。

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この辺りはロープを伝って登ります。

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何か赤い社が見えてきました。

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大岩に寄り添うように置かれた小さな祠。

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手前には何かを燃やした跡が。

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奥には水が流れたような跡もあり、

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水神を祀る祓戸のようです。

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石垣のようなものが見えてきました。

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おお、着いたのか、

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そう思いましたが、

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まだ上があるようです。

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こちらを微笑むように見下ろす祠。
これが奥宮ではないのだろうか、

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しかし道は続きます。

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とにかく登ります。
もう一息。

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つ、着いた!

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爽やかな風が吹き抜けます。
気持ち良い。

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後で聞いた話では、先ほどのロープは以前は無かったのだそうです。
つまり岩にへばりついて、ロッククライミングばりに登らなくてはならなかったようですが、滑落して大怪我したした人がいたそうで、ロープが張られたのだとか。
でしょうね、ってか死人が出なくて良かったです。。

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下を見れば、そこにも社が。

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穏やかなお地蔵さんと、

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お不動さん。

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見上げると、
えっ?

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いやいや、

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いやいやいや、

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いやいやいやいや、

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もう、これ以上はやばいっすよ。。

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でもこっち来いって、天の声が聞こえます。
いやでも、もうここロープないっす。
今流行りのボルタリングです。
天然ボルタリングやってます、今。

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うわ~、こわ~~っ!

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もう終わりだろうと思いきや、まだ道らしきものがあるんですよ。
わかります、この茂みの手前。
もちろんこの茂みの先は断崖絶壁です。

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その結界には、ささやかにロープが張ってあるだけ。

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そしてこの上に登ります。
手が滑ってころんてなったらもうOUT。
人生のゲームオーバーです。

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登ります。

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登ります。

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のぼった~~~!

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登ったど~~~!

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恐る恐る立ち上がります。
登ってきた後方、

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右手、

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左手、

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そして前方。
対馬360°の展望です。

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そして前方へ進みます。
勇気フルスロットルです。

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・・・!

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絶句!
母なる地球の姿が、そこにありました。

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再び後ろを見て見れば、そう、まるで竜の背中に乗っているようでした。

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地球自体が、大きな竜だったのだと思わせられます。
さて、幸い風は穏やかでしたが、長居は無用です。
命あるうちに降りなければ。

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しかし登山はそうなのです。
登りよりも、降りの方が、数倍怖いのです。

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山頂から降りてくると、目の前にもう一つの峰が見えます。
白嶽は西岩峰の「雄岳」と東岩峰の「雌岳」からなります。
登頂できるのは雄岳のみとなっていますが、少し気になったので雌岳の方へ足を向けました。
すると、

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すごい、見事な磐座がありました。

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ここが白嶽神社の奥社だったのです。

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なるほど、雌岳と、

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雄岳、立派な幸神信仰です。

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このいかにも出雲的な御神体。
しかしここは対馬、安曇族の聖域です。

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この磐座に立ち、安曇族発祥の秘密に触れた気がしました。
安曇族の祭祀には出雲的傾向が強かったことが窺い知れます。
麓からも目立つ白嶽に登り、その双峰にこの造形を見た時、安曇族の彼らは神秘を感じないはずはなかったのです。

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さて、あふれる興奮を治めるため、小さな広場「岩のテラス」へやってきました。
山頂付近の石垣の広場から、平坦な道を1,2分歩くと到着です。

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山頂は狭く、10人程度しか滞在できない広さの上、突風が吹けば本気で命を失いかけません。
ここ、岩のテラスは20人ほどがくつろげるスペースがあり、ほっと一息つくことができます。

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これまで僕は、安曇族の拠点が九州であったことから、物部の影響が強いものと思っていましたが、ここに至ってむしろ海部の血が濃いことを感じ得ました。
物部族の祭祀は支那系父系社会の影響を濃く反映していますが、海部族は出雲族との共生期間を経て、かなり出雲寄りになっていました。
高倉下の拓いた熊野の信仰を見ても、それはよく滲み出ています。

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この度の白嶽登頂の目的を改めて思い返せば、太古の海人族「安曇族」の謎に端を発するものでした。

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志賀島・壱岐島・津島(対馬)を拠点とし、荒海の玄界灘を制する航海術に長けた一族。
最盛期には朝鮮半島との交易で富をなし、大和王朝にも影響力をもった一族は、仲皇子のクーデター加担と白村江の戦いでの大敗により、土地を追われ、信濃の山中に聖地を求めます。

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なぜ海で暮らした一族が、あんな途方もない山奥に聖地を求めたのか、ずっと謎でしたが、しかしここ対馬に至ってその謎が解けました。
彼らは海人族であると同時に、山民族でもあったのです。

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宗像族が辺津宮の他に、大島、沖ノ島に聖地を求めたように、安曇族は志賀島・壱岐島・津島に聖地を求めました。
つまり対馬は、安曇族にとっての沖ノ島だったということになります。

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その対馬は岸から上陸すれば、すぐ眼前まで山が迫り、砂浜の海岸や平地は極端に少ない、海上の山地と言えます。
それは熊野にもよく似た地形である、と言えます。
彼らは山で暮らすノウハウを持ち、日本アルプスに至ったとしても、その規模に戸惑いはすれ、生きていくことになんの躊躇いも無かったことでしょう。

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そう思い返せば、白嶽山頂からの景色は、どことなく日本アルプスを思わせなくもない、などと感じたものでした。

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6件のコメント 追加

  1. Yopioid より:

    その友人Sは豆酘出身ですが、同姓の方が赤米の祭祀を唯一伝えているようです。
    対馬はご指摘のようにまつらとうですね。
    天道信仰について昔自分で調べたことがあったけど、よくわかんないと思っていきづまってました。
    目からウロコです。平たい石の積んだやつ、あれはびっくりです。
    古代はロマンありますね。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      赤米神事、写真で見たことありますが、本当に部屋に米俵吊るして、ご神体にするんですよね。
      あれ、見てみたいな〜。
      豆酘は美人しか生まれない村ということで美女塚伝説がありますが、因島も美人の島という伝説があったような。
      海賊が姫様をさらって囲ったので、美人の遺伝子が残ったのだとか。
      対馬は面白いですよ。
      禁足地だらけですし不思議なところです。
      オソロシドコロは普通にはなかなか辿り着けません。
      興味がおありでしたら、エスコートしますよ、こわいけど😎

      いいね: 1人

  2. Yopioid より:

    タマヒュン記事楽しみました。
    ”彼らは海人族であると同時に、山民族でもあったのです。”
    コレですね!着眼点が面白いです。海人族が信州と親和性があることにガッテンしました。
    広島の学校の同級生で対馬厳原出身のS君という仲のいい友達がいました。
    「俺は海賊の血筋なんだよ」と言っていました。
    海賊は松浦党と瀬戸内ぐらいのものとおもっていたので、ほんとかのうと思っていました。
    やっと最近S君が言っていたことが飲み込めてきた感じです。
    滑落しなくてよかったです。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      Yopioidさん、ありがとうございます😊
      そう、僕的三大タマヒュンスポットの一雄です!
      対馬の地形は熊野にも似ているなと思います。
      紀伊家も海部系ですし、安曇家も海部、繋がりがあるのでしょう。
      対馬は松浦党系ではないでしょうか。
      松浦党は大彦の子孫ですね。
      広島の村上海賊はひょっとして豊玉姫の子孫だったりして。
      色々と面白いですね😃

      いいね: 1人

    2. Yopioid より:

      対馬何度か旅行計画を立てましたが実現していません。ご案内いただけるとありがたいです。
      右膝の関節と左足首の靭帯を切っておりまして山は無理かもw
      船乗りは陸の人々と比べて雑種度が高く、私も色が白くて眼が茶色いし金色の髭が生えてたので、
      もしかしたらポルトガルとかロシアの血が混じってないかな。。
      雑種は生物学的に強いんですよw日本の強さはそこかも。
      下手に財産があったりするとそれを守ろうとしてハプスブルク家みたいに親戚しか信じられず、
      近親婚して遺伝病が多発し滅びていく。その逆かもです。雑種万歳です。
      他所の国から姫を連れてきてという話はよく聞きますが可愛そうな話ですね。

      いいね: 1人

      1. CHIRICO より:

        うちのそらくんも「ネザーランド」と堂々と書いてあったのに、大きくなってみるとミニうさぎの顔になってきました(笑)
        しかし強い、長生きです、よかったよかった。
        Yopioidさんは両足痛めてありましたか。
        それにしてはよく遠くまで旅をなさっておられます、すごいですね。
        白嶽は無理かもしれませんが、オソロシドコロは行けるかもですね。
        多少登るところはありますが、ガチというほどではありません。
        ただこわいです。。
        僕も色白で目は茶色です。
        髪も茶系でアッシュ寄りなので白髪もメッシュっぽくて、最近はカラーもしていません。
        昔の若き女性は政治の道具にされたり、いろいろとかわいそうですよね。
        しかし出雲の頃はむしろ女性は強く、かかあ天下だったそうです。
        最近は出雲時代に戻ってきたのかもしれません。

        いいね: 1人

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