
遅ればせながら、今年のバレンタインに、女ッシーからもらった手作りチョコレート。

とても美味しかったですYO☆

で、甘いものを食べたので、今度は辛いものを。

辛さの中にも旨みがあるよ、たぶん。

しかしラッコ、君でしたか。。



そんなわけで、福岡県八女市山内にある「童男山古墳」(どうなんざんこふん)にやってきました。
福岡県指定史跡です。

この一帯では、27基もの円墳が分布しています。
徐福が童男草女を率いて来たが、当地で亡くなったとする伝承があり、「童男山」の古墳名はこれに由来するとのこと。

古墳なんだけど、剪定なんかされていて、ポップでキュートな古墳になってますね。

埋葬人も、まさかこんなになるとは、思ってなかったかも。

で、お目当ては、27基ある古墳の中の、22号墳。

茶畑を突き進むとーっ!

でたーっ!!

石積みの美しい古墳ですが、反対側に回るとですね、

なんだこりゃーっ!

まさかね、こんなんなっちゃうとはね。

これら古墳群の築造時期は、古墳時代後期の6世紀後半-末頃と推定されており、第26代継体帝天と527年に対立した(磐井の乱)筑紫の君一族の墓ではないかとされています。
しかしながら徐福伝説に基づき、毎年1月20日に石室前で「童男山ふすべ」として徐福を慰霊する焚き火が行われるとのこと。

22号墳の周りに広がる、美しい竹林。

諸行無常の響きを感じさせますな。

粉河には粉河鋳物という優れた技法が昔から伝わっているようです。もしかすると、これは徐福がらみかも知れませんね。調べてみます。
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五条桐彦様 こんにちは。「童男」と言えば粉河寺には粉河観音の化身とされる童男行者という人がいるのですが、何か繋がりがあるのでしょうか。童男堂というのもあるのですが、ちょっと気になって・・・。asamoyosi
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asamoyosi様
童男行者について調べてみると、
「法華経の観世音菩薩普門品には、観音は相手の状況にあわせて三十三の姿に変えて現れると説かれています。その中に、童男身や童女身というものがあります」
とありました。この、童男身や童女身というものの原型は、徐福が連れてきた2千、3千の童男童女らにあるのかもしれないですね。
彼らはの一行は革新的な技術を日本にもたらしましたし、また航海の途中で荒波に呑まれた御魂は海童=ワダツミとして崇められてきました。そうした伝承・信仰が、観音様の変化の一つとして考えられるようになったのかもしれません。
もっとも、子供の純粋性に霊的なものを感じ取っただけなのかもしれませんが。
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