舟津神社:八雲ニ散ル花 愛瀰詩ノ王篇 10

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大彦は近江から敦賀へ行き、そのあと八田という所に着き、舟場より舟に乗って東進した。
そこで老翁の教えを受け、さらに安伊奴彦の手引きで深江という所に到った。
そこに舟を着けたので、舟津という。
またそこの山に上ると、以前に会った老翁に再び逢ったので、その山を「王山」という。
その老翁は、

「われはサルタ彦である。われをこの地に祀れば、剣に血塗らずして賊を平らげることが出来るだろう」

と告げて姿を消した。
そこで、この山の峰に楯を三方に建て社形をつくって、サルタ彦大神を祀った。

そのあと賊の大軍が押し寄せてきたので、大彦がサルタ彦大神に祈ると、虚空から佐波之矢が落ちて来て賊に当たり、賊は降伏した。
この矢の名から、その土地を鯖矢と呼ぶようになり、平安時代に鯖江と改められた。

 - 富士林雅樹 著 『出雲王国とヤマト政権』-

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福井県鯖江市に大彦を祀る「舟津神社」(ふなつじんじゃ)がありました。

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長閑な集落にあり、心地よい参道が真っ直ぐに伸びています。

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赤い雅な橋がありました。
「逢慶橋」(あうけいばし)、「この橋わたる人慶びあり、良き事あり」とあります。

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三島から琵琶湖東南岸の野洲へ移住し拠点としていた大彦でしたが、そこも物部勢に圧され、彼は更に北陸方面へ移住を決意します。

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『古事記』及び『日本書紀』では大彦(大毘古命)はの崇神天皇御宇の四道将軍の一人として知られます。
彼は各国平定のために北陸道へ派遣された将軍であるというのですが、これは全くの作為です。

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彼こそが本来の大和大王に就任するはずだった王族であり、多くの豪族に支持された皇子だったのです。

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参道の中程にある「大鳥居」。
質素ながら威厳を放っております。

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県重文指定であり、寛政12年(1800年)再建の木造両部鳥居となっています。
島木・笠木の上に屋根をつける「越前型」の典型であると伝えられています。

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『舟津社記』によると、
「大彦命は淡海より角鹿の津に赴き、八田という所に着き舟場より乗船して東進し、途中塩垂の長という長老の教えをうけ、安伊奴彦の先導により深江という所に到り、舟を着けたので舟津といい、この所にある山に上ると、先に消え去った長老に再び逢ったので、この山を逢山(王山)ということになった」
と記されています。

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さらに、「この長老こそ猿田彦命で、種々教導をうけ、その神示によりこの神圭二太(御板)の神として祀り、賊の挙兵の際にこの神に祈ると、虚空より佐波矢(鯖矢)が落下し賊の魁師にあたり、神示の如く剣に血塗ることなく平定の功をなした」ということです。

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大彦が教えを受けたという長老は「サルタ彦」でした。
つまり「教えを受けた」というのは「神意を問うた」ということでしょう。

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そして大彦軍を先導したという「安伊奴彦」、そうアイヌ彦です。

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つまり当時、アイヌ族は滋賀のあたりまで居住しており、大彦は各地のアイヌ族を従えながら支配地を広げたものと考えられます。

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神域に足を忍ばせると、空気の密度がさらに重くなった気がしました。
拝殿は失われ、その礎石のみが残ります。

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圧倒的な重厚さの本殿。

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拝殿は平成3年9月27日の台風によって倒壊したそうです。

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舟津神社の祭神は、大彦命で、相殿には大山御板神社を祀ります。

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社殿によると13代成務天皇4年(134年)、大彦命が舟津の地に勅祭され、猿田彦命を祀る御板神社に孝元天皇が合祀されたといいます。
成務帝は物部王朝3代目にして最後の大王ワカタラシであり、神功皇后の夫になります。

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日本書紀に神功皇后は仲哀天皇の后であると記されていますが、仲哀は本来の帝ではなく地方の豪族に過ぎませんでした。

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継体天皇元年(507年)詔により正税を以て、大山御板神社を上の宮、舟津神社は下の宮と称して両社の神殿が再建されました。

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天元年中(978~83年)に下の宮が火災に遭い、上の宮の束境に小社を建て遷され、寛仁3年(1019年)に下の宮が再度の焼失。
これにより下の宮は上の宮に合祀されました。

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応永23年(1416年)下の宮再建、相殿に上の宮を祀り、正中に大彦命、左座に猿田彦命、右座に孝元天皇が祀られ、現在の三座奉祀様式となりました。

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寛保2年(1742年)王山の東二町の地より現在地に社殿が遷され今に至ります。

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本殿前から左に延びた小道の先はこのような末社群が鎮座し、厳かな雰囲気を醸しています。

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八幡神社の横には、

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樹齢500年という大杉も聳えていました。

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舟津水という御神水の池があり、

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その奥に三角錐の石が祀られています。

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倒れた掲示板には「天津磐境」(あまついわさか)とあり、水神として「罔象女神」(みつはのめのかみ)が祀られている旨が記されています。

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磐境とは神の依代を意味する原始的祭祀遺跡のこと。
当社は遷座されてきていますので、大彦が祀ったものではないと思われますが、とても意味深な聖蹟でした。

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船津神社の御神紋は星と月と太陽を示す「三光紋」です。
これは大彦にゆかりある足羽神社の神紋と同じなのですが、

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この石灯籠のものとそれぞれ月の向きや3つの配置などが違っています。
これらの配置にはあまり意味は無いのかもしれません。

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舟津神社の裏には、弥生時代後期から古墳時代中期につくられた王山古墳群があります。

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その中の3号墓(弥生時代後期)の周溝からは、近江と東海地方の影響を受けた土器が見つかっているそうです。

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舟津は大彦の支配地になったので、彼の旧領地である近江地方やヌナカワワケの領地の東海地方とその後も交流があり、土器もそれらの地方の影響を受けたものと考えられます。

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この王山古墳群の入り口付近に比較的新しい社が置かれていました。
説明書きなどは無かったので調べてみましたら、伊勢神宮の「式年遷宮」で古材を譲り受け2019年に完成した「大山御板神社」であるということです。

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当然ここに祀られるのは猿田彦命であり、これで往来の上の宮・下の宮の形態をまとった船津神社にあいなったということです。

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新しい大山御板神社からは船津神社の境内が見下ろせました。

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また船津神社表参道の向かい側、田園の先に小さな祠を見つけました。
これは船津神社の古宮とのこと。
寛保2年(1742年)の遷座前に社殿があった場所のようです。
そこからは王の山を背負った現・船津神社の鳥居が見えていたのでした。

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