
根付(ねつけ)は、戦国時代が終わり平和とゆとりが生まれた江戸時代に、印籠や巾着などをポケットのない着物で持ち歩くために帯に引っ掛けるための留め具、いわばストラップのようなものとして流行しました。
当時は大名から庶民まで、粋で洒落の効いたお気に入りの根付を持っていたといいます。

根付の中でも、石見地方をはじめ江津市などで作られたものは「石見根付」(いわみねつけ)として注目されました。
1番の特徴は、古くから行われていた猪の猟で得られた牙を用いることであり、希少性も高まり人気を博しました。
その石見根付も、着物文化の衰退と共に一度途絶えてしまいましたが、それを復活させたのが「田中俊睎」(たなかとしき)さんです。

石見根付は入手困難な象牙の代わりに、山ほど獲れた猪の牙を用いたわけですが、猪の牙は中が空洞で、彫刻できる範囲も狭く、非常に高度な技術が必要とされます。

小さな素材に、和歌のように情緒深い世界を彫り込む石見根付の、なんと素晴らしいことでしょうか。

田中俊睎さんに僕はが初めてお会いしたのは2021年春のことで、『人麿古事記と安万侶書紀』を書くための取材の旅をしていた時のことでした。
その後、本を書き上げた僕は、翌年に再び俊睎さんのお宅を訪ね、本とともにお礼をお伝えしました。

そして今年、俊睎さんから1本の電話をいただき、5年前にお会いした時とお変わりのない声がとても嬉しく、懐かしくなり、先日3度目のご訪問をさせていただいたのです。

Japan traditional crafts 『SHOKUNIN』
俊睎さんは根付だけでなく、様々な彫刻も彫られております。

江津市内では田中俊睎さんの彫刻をたくさん目にすることができますが、中でも柿本人麻呂の妻「依羅姫」(恵良媛)4体の像は必見です。
それぞれに解釈の違った俊睎さんの描く依羅姫を見ることができます。

また田中さんの1番のモチーフとなるのが「かえる」ですが、その集大成とも言えるかえるの像が、出雲大社境内に置かれています。

江津市内は金のかえる。

久しぶりにお会いした田中俊睎さんは「石見根付をもっと多くの人に知ってほしい」と、勢い衰えることなく話してくださいました。

俊睎さんは僕に、奥様と付き合い始めた若かりし頃のアルバムを特別に見せてくださり、「こんなふうに笑って生きていけたら良い」と話してくださいました。
そこには少し色褪せた、微笑むお二人の写真がたくさん散りばめられており、今年で御歳84になられるという俊睎さんと奥様の、いつまでも幸せな日々が末長く続かれることを心から願いながら、僕は一枚一枚眺めていました。

出雲大社のかえるの像にはそんな田中俊睎さんのお茶目な思いが、こっそり仕掛けられているのです。

■高角山:語家~katariga~ 19
■出会い
■邇幣姫神社と御礼旅:語家~katariga~ 番外
■第四の依羅姫:語家~katariga~ 番外
■石見根付創始者・清水巌氏と田中俊睎さんのお話
先月なんでも鑑定団でも観ましたが、繊細すぎるほどのその素材感や色合いが、すごく儚げに感じて
より一層引き込まれてしまう感じです。
ほんとに繊細なんですよね、素敵です♪