鬼のミイラ / 河童の墓

投稿日:

1150130-2018-01-17-08-01.jpg

大分県四日市の「十宝山大乗院」に、「鬼のミイラ」があるというので行ってみました。
最初に断っておきますが、ミイラの写真はありません。
撮影は禁止とありましたので、場所の紹介だけです。

1150131-2018-01-17-08-01.jpg

108段の階段を上ると、十宝山大乗院が見えます。

1150132-2018-01-17-08-01.jpg

寺、というよりは、普通の民家のようです。
中には自由に入ることができ、右端に鬼のミイラが安置されて居ました。

1150133-2018-01-17-08-01.jpg

九州大学が60年前に学術的な調査を行ったところ、ミイラの骨は人骨、しかも女性だったと云うことです。
指は三本しかなく、その骨も作り物でなく骨自体が三本に分かれているとのこと。
さらに2002年にテレビ番組で、麻布大学がX線撮影調査を行いましたが、歯は馬の歯、角は頭骨から生えているものではなく埋め込まれているものと判明したそうです。

1150134-2018-01-17-08-01.jpg

おそらく作り物でしょうが、とはいえ、立てば身長2mはあろうかというミイラ、目の前にすると背筋がゾっとします。
撮影禁止と書かれていなくても、カメラを向けるのはためらわれます。
以前は代々ある名家の家宝とされていたそうですが、手放され、大正14年に大乗院の檀家が5,500円(現在の価格で5000万円以上)で購入したところ、家の主人が突然原因不明の病で倒れてしまったと云うことです。
鬼のたたりと怖れて大乗院で供養を頼んだところ、後に病は癒え、現在は仏様として信仰されているそうです。

1150135-2018-01-17-08-01.jpg

宇佐市のホームページに写真がありますので、興味ある方はこちらをご覧ください。

http://www.city.usa.oita.jp/site/kanko-guide/104.html

1150136-2018-01-17-08-01.jpg

御清めの塩を軽く振って、場を後にしました。

c1d-2018-01-17-08-01.jpg

1150138-2018-01-17-08-01.jpg

大分県中津市寺町にある「円応寺」。
天正15年(1587年)黒田如水の開基、真誉見道上人の開山で黒田、細川、小笠原と各藩主に大切にされた寺だそうです。
ここは「江戸中期当時の寂玄上人が河童共を佛の道に入らせ修行の末、河童の頭目三匹に戒名を授けた」という伝説があるお寺です。

1150139-2018-01-17-08-01.jpg

河童たちは上人への御恩返しに寺を火災から守り、「水」の印が描かれた瓦は、水乞いの祈りが捧げられたそうです。

1150141-2018-01-17-08-01.jpg

ふつうに人の墓の中に、ぽつんと「河童の墓」がありました。
今から300年ほど昔、九州一帯に日照りが続き、深刻な水不足になったそうです。
そんなある日、水辺で相撲を取って遊ぶ数十匹の河童を見かけた円応寺の「静誉寂玄」上人は
「百姓が苦しんでいることも知らずに、遊び暮らしている哀れな河童どもよ」
とつぶやきました。
これを聞いた河童は
「わしらは、千年もの年月を生きて来た河童だ。そのわしらに、この世の苦しみを知らない哀れな河童どもとはなんだ。」
とくってかかりました。

1150142-2018-01-17-08-01.jpg

しかし「この世は楽しいことばかりではない。」と優しく諭した上人に、世の儚さを悟った河童たちは、上人の元で30日余りの修業を成し遂げました。
そして3匹の河童たちは戒名を授けたのです。
これに河童たちはたいそう喜んで、
「何のお礼も出来ないが、これからは毎日一族の中から三匹の仲間を出して、寺を火の災いからお守りしたい」
と申し出たそうです。

1150143-2018-01-17-08-01.jpg

「ついては境内の辰巳(南東)の方角に、頭の上の皿が乾かぬように小池を掘っていただけないか」
と願い出た河童の申し出に、上人が池を掘ってあげたそうです。

1150144-2018-01-17-08-01.jpg

それからは約束通り、お寺を火災から守ったと云うことです。
って、池の水は干からびていました。。
ところで日照りってどうなったのでしょうか??

1150145-2018-01-17-08-01.jpg

c1d-2018-01-17-08-01.jpg

1150146-2018-01-17-08-01.jpg

円応寺のすぐそばに「閻魔さんのお寺」ってのがあったので、ついでに入ってみました。

1150147-2018-01-17-08-01.jpg

「園龍寺」さんです。

1150148-2018-01-17-08-01.jpg

いらっしゃいました、閻魔様。
それより奪衣婆のほうがめっちゃ怖いです。

1150150-2018-01-17-08-01.jpg

境内には「織部燈籠」もありました。
台座近くに仏様が彫ってあるのが彼らしい斬新さと、時の大名たちに持てはやされました。

1150151-2018-01-17-08-01.jpg

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中