伊勢神宮・外宮:斎王 04

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11代垂仁天皇の御世に漂泊の後、度會(わたらい)の宇治の五十鈴の河上に鎮座した天照大神は、ある夜、21代目の天皇、雄略の夢に現れて神託を告げた。
「我のみここに座するは孤独で耐え難くつらいもの。食事をするのも儘なりません。丹波の比治の真奈井におる御饌都神、等由氣大神を我が許に呼びなさい。
雄略天皇は驚いて、すぐに丹波国から等由氣大神をお呼びし、度會の山田原に宮を建てた。
このようにして、御饌殿を造り、天照大神の朝夕の日ごとの大御饌を作り、供え奉った。

ー 『止由氣儀式帳』 ー

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お伊勢参りは「外宮」から「内宮」へ。
いつの頃からか、そういったしきたりが定着しました。

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「表参道火除橋」を渡ると天然石の手水舎が見えるので、手と口を清めます。

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朝の日差しが、清らかな水に溶け込んでいます。

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伊勢神宮「外宮」は、正式には「豊受大神宮」(とようけだいじんぐう)と呼ばれます。
祭神は「豊受大御神」。
延暦23年(804年)禰宜(ねぎ)の五月麻呂らが神祇官に提出した豊受大神宮に関する祭儀・由来や職員の分掌などについて記した書『止由氣儀式帳』(とゆけぐうぎしきちょう)によると、雄略天皇の夢に天照大神の神託が降り、それにとって当地に鎮座したと云います。

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シンプルな伊勢鳥居。
そのシンプルさが聖域の清浄さを表しているかのようです。

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外宮では左側を歩きます。
内宮では逆に右側通行になります。

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参道を歩いていくと「神楽殿」というお守りなどを置いてある建物が見えてきますが、そこにある手水鉢もなかなか風格があります。

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さて、いよいよ本殿「御正宮」に着きました。
社殿もシンプルな造りで華美ではないものの、日本人の美意識の結晶が形を為しているかのようです。

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こちらの写真は遷宮直前の「御正宮」。
伊勢神宮は20年おきに遷宮するというのは有名ですが、古びた社殿も苔むして、侘びた雰囲気です。

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取り壊し前の旧御正宮。
ちなみに鳥居前の大杉はパワスポらしいです。

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「豊受大神」は「天照大神」の食事を司どる神様で、「衣食住」すべてに関わる産業の守り神と云われています。

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「豊受大神」は四重の垣根の奥に鎮座されています。
通常は垣根を一つ越えて3つ目の垣根の外からお参りします。

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ぜひ一度オススメしたいのが、「御垣内参拝」(みかきうちさんぱい)です。

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御垣内参拝というのは3つ目の垣根を越えて、2つ目の垣根の外から参拝させていただけると言うものです。

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たかが垣根一つ分と侮ってはなりません。
そこはまさに神域、別世界です。
入り口でお祓いを受け、ご神職に続いて神前まで歩いていきます。
白い玉砂利を踏む音が、頭と心に清らかに響きます。
天高い空と白い玉砂利の間に僕があり、下界の喧騒はなく、神と自分だけの世界がそこにあります。
二礼二拍手一礼、とても私欲を願う気などになれず、ただ神の御前に頭を垂れるのみ。

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たとえ天皇であっても本殿に上がることはされず、下の玉砂利の地に立って参拝されるそうです。
きっとここでは、ひたすらに神との距離感が大切なのだと思います。

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御垣内参拝の一番簡単な申し込み方法は「神楽殿」(社務所)で式年遷宮の寄付を行うことです。
金額は特に明示されていませんが、2000円ほどから受け付けていただけるようです。
巨額の寄付を行えば更に内側へ入れるようですが、わずかの志でもできる御垣内参拝は是非体験するべきです。
これ同じように、「内宮」でもさせていただけます。

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御垣内参拝は大切なもう一つ決まりがあり、服装から靴に至るまで正装でなくてはいけません。
男性はスーツでいいようですが、女性は基準がやや難しそうです。
ただ神前に近づくわけですから、心身正すというのは当たり前のことだと思います。

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また伊勢神宮の御正宮には、内宮外宮共に賽銭箱や鈴、おみくじ、しめ縄、狛犬といったものもありません。
賽銭箱がないのは伊勢神宮は昔、天皇以外は参拝できないしきたりでした。
「私幣禁断」と言って、今でも天皇以外、奉幣(神様に貢ぎ物を渡す)が禁じられているからです。
白い布が敷いてあるのはお賽銭を投げ入れていいようにあるのではなく、ダメだと言っても投げ入れる人が絶えないので神域を汚さないようにやむなく敷いているのです。
賽銭箱以外は伊勢神宮の形式が出来上がって後に日本に持ち込まれたものなので、敢えて置いていないそうです。
また、御正宮では個人的なお願いなどは控えるようにします。
神様に感謝とご挨拶に伺う、ということのようです。

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さて、御正宮参拝の後は、広い境内の散策です。

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御正宮前にあるこの石は「三ツ石」と呼ばれます。

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式年遷宮の際、お祓いをする場所で、石に手をかざすと温もりを感じるという人が多いようです。

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御正宮の正面には鏡のような池がありますが、

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その池を渡る際にあるのが「亀石」です。

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亀石を過ぎ、道なりに奥へ行くと石の階段を登ります。

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その先には「多賀宮」(たがのみや)があるのですが、その手前に注目です。
「地蔵石」と呼ばれる石があります。

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踏まないように注意をしてそっと触れてみます。

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「多賀宮」は「豊受大御神」の「荒御魂」(あらみたま)を祀る別宮で、境内で一際高いところに鎮座します。
神には二面性があり、それを「荒御魂」「和御魂」(にぎみたま)と言います。
「荒御魂」は荒々しい動としての御魂で、「和御魂」は穏やかな静の御魂です。
「和御魂」は更に運によって人に幸せを与える「幸魂」(さきみたま)と奇跡によって人に幸せを与える「奇魂」(くしみたま)に分けられます。
「多賀宮」はとても強いエネルギーを持つ場所なので、個人的な願いはこちらで行うと良いと云われています。

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ところで「豊受大神」とは、宇佐の「豊姫」であると出雲王家の直系の子孫である富家では伝えています。
「外宮」では当初、「月読みの神」を祀っていたそうですが、後になって「豊姫」を祀るようになり、月神は別宮に遷宮されたとも伝えていました。

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往古に外宮で豊受大神を祭祀したのは「度会氏」(わらたいうじ)だと云います。
度会氏は、始祖「天牟羅雲命」とも、「天日別命」とも云われていますが、天牟羅雲は大和初代大王の「天村雲」(アメノムラクモ)のことであろうと思われ、丹波の真名井社にいた豊姫と共に、伊勢国に移住した一族の末裔ではないかと思われます。

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つまり伊勢方面では、豊姫が逃れた先の「宇佐土公家」が「アメノウズメ」として、真名井社から付き添った「度会家」が「豊受大神」として、それぞれ姫を祀ってきたということではないでしょうか。
ただ、宇佐土公家はあくまで主神を「サルタ彦」と定め、配神という形で豊姫を祀りました。
それに対し度会家は豊姫を主神とし、さらには「アマテラス」に勝るとも劣らない最高神という位置付けで世に広めようとしていたようです。

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渡会氏は、鎌倉時代、『神道五部書』(しんとうごうぶしょ)といわれる書を作成します。
神道五部書とは、伊勢神道(度会神道)の5つの根本経典で、その中に、『倭姫命世記』も含まれます。
いずれも奥付には奈良時代以前の成立となっていますが、実際には鎌倉時代に度会行忠ら外宮祀官が、伊勢神宮に伝わる古伝を加味しつつ執筆したものとみられ、偽書とみなされています。

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なぜ伊勢神宮外宮の神職であった度会氏が、このような偽書を作成するに至ったか。
それは氏が、外宮を内宮と同等以上の存在として格上げすることを目的に、外宮の祭神である「豊受大神」を、天地開闢に先立って出現した「天之御中主神」および「国之常立神」と同一神とすることで、天照大神をしのぐ普遍的神格、いわゆる絶対神であることを主張するために執筆されたと推定されています。

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往古には豊受大神宮は、独立した度会氏の聖地として隆盛を極めていたことでしょうが、やがて皇大神宮の外宮という低い位置を与えられ、祭神の豊受大神は内宮の天照大神に奉仕する御饌津神とされ、収入も減り、渡会氏としては、内宮を見返したかった思いがあったのでしょう。
しかしそうした伊勢神道は時の運もあり、折しも元寇により、日本を「神国」であると再認識させ、それまで優勢だった崇仏派に対し、排仏派勢力のよりどころとされて、発展しました。

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「多賀宮」を下るとすぐに「土宮」「風宮」がありますが、多賀宮と土宮の間に、通り過ぎてしまうような奥まった場所があります。

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そこにあるのは「下御井神社」、水を祀る井戸の神様です。

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奥の境内に「上御井神社」もあるらしいのですが、立ち入りできない場所にあるということです。

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外宮の隠れたスポットは他にもあり、御正殿の真裏に位置する見えない場所に「御饌殿」(みけでん)があり、その手前には神様の台所、神饌を整える御殿の「忌火屋殿」(いみびやでん)が垣間見えます。

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更に神馬の宿「御厩」(みうまや)と「北御門」の間に小道があり、その奥に進むと「度会国御神社」(わたらいくにみじんじゃ)がひっそりと佇んでいました。

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度会氏が興した伊勢神道は、いわば中央朝廷に対する宗教的な反乱ともいえるでしょう。
しかしやがて「伊勢の神宮」として内宮・外宮は統合され、外宮の優越性を訴える伊勢神道も排除されていったのです。

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度会国御神社からさらに奥に進むと「大津神社」がありました。

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この辺りで行き止まりとなっていますが、大津神社のまわりは巨木の杜になっており、不思議な空間になっています。

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その一帯には、外宮の原始の姿が、かすかに残されているように感じました。

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さて、再び御正宮前に戻ってきました。
屋根にカラスがいましたが、足は3本あるように見えなくもなくもない...感じです。

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なぜここに戻ってきたかというと、毎月1日、11日、21日の8時ごろに、内宮・外宮共に、あるイベントが行われているからです。

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「御神馬」さんの登場です♪

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「神馬見参」と言って、凛々しく着飾った神馬さんが「御正宮」に参拝します。

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「御正宮」に回って

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キリッ

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ペコリッ

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警備員さんにも

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ご苦労様。

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そして颯爽退場!

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とても賢く美しい神馬さんです。

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神官さんとも仲良し、とても愛らしいお馬さんでした。

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