筑前一之宮 住吉神社〜神功皇后紀 29.5外伝

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博多と春吉の間にある筑前一之宮「住吉神社」。
住吉神社は全国に2129社あり、大阪の住吉大社がその総本社とされていますが、
この福岡の住吉神社は1800年以上前に建てられ、日本最初の住吉神社であるということです。

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御祭神は「底筒男命」(そこつつのおのみこと)「中筒男命」(なかつつのおのみこと)「表筒男命」(うわつつのおのみこと)
つまり「住吉三神」と総称される「住吉大神」です。

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一の鳥居を抜けると、背の高い杜が囲う参道が続きます。

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住吉三神は「古事記」「日本書紀」において、黄泉国から帰ったイザナギが「筑紫日向の橘の小門の阿波岐原(あはきはら)」で禊をする時に、綿津見三神とともに誕生します。

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それから記紀ではしばらく登場することのない住吉三神ですが、仲哀天皇が崩御される時、その姿を露わにします。
その登場シーンは天皇を祟り殺す、恐ろしいものです。
しかしその後、神功皇后が真摯に祀ることでこの神は守り神に転じます。

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以降、神功皇后は住吉神の荒魂を「穴門山田邑/下関」に、和魂を「大津渟中倉長峡/大阪」に祀ります。
その下関の住吉神社、大阪の住吉大社と博多の住吉神社をあわせて「三大住吉」と称されています。

しかし残念なことに、この博多の住吉神社は、神功皇后の伝承でほとんど触れられていません。
住吉神の原初の宮として出てくる那珂川の「現人神社」(あらひとじんじゃ)のために神田まで開墾した皇后ですが、
この住吉神社に関する伝承は、当社縁起で「日本書紀」に記載される「神功皇后が依網吾彦男垂見(よさみのあびこ おたるみ)に対して住吉神の神主を命じた」とする記事を当社の創建記事とすると記すに限られます。

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しかし訪れてみて分かりますが、博多という都会にあって、これほどの聖域を今に維持しているのは、やはりここが並々ならない場所だということです。
太古にはここは那珂川の河口であり、海に面していました。

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那珂川の奥に元宮たる「現人神社」がありますので、この住吉神社は海の神にふさわしく下宮として鎮座されたのではないでしょうか。
故に黒田長政公も、このような立派な本殿を建てられたのでしょう。

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住吉三神とは何を表しているのでしょうか。
底筒男命・中筒男命・表筒男命の「ツツノヲ」を「津の男」とする説、「ツツ」を船の呪杖に見る説、船霊を納める筒に見る説、対馬の豆酘(つつ)に関連づけて「豆酘の男」とする説などあります。
しかし同時に生まれた綿津見三神が島や海流のような海そのものを神格化したのに対し、「ツツ」は星を表し、特に安全に航海する上で大切な目印となった星を表していたというのが、最もしっくりきます。
綿津見三神は徐福とともに渡来した童男童女ら、海童の霊だと富家伝承は語ります。
その綿津見大神とともに生まれた住吉大神は、徐福が信奉した道教の星神であると思われます。
つまり安曇族や住吉族の祖を辿れば、徐福・物部氏へと行き着くのではないかと考えられます。

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本殿の横には相撲発祥の地として「古代力士像」があります。

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右手のシワの形が力という漢字に見える事から、その手に触れると力をもらえると云われています。

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「鬼縛り石」とは「追儺祭」の時に鬼が縛られる石で、綱をかけるところがくぼんでます。
鬼をここに縛り付けた後に神楽殿で豆まきが行われます。

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境内には稲荷社がありますが、その横に「一夜の松」という御神木があります。

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永享の時代、社殿にさしかかった松が造営の邪魔になるので切ろうとしたところ、一夜のうちにまっすぐになったという伝説が残っています。

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稲荷社のそばにある大岩が気になります。

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岩の下に小さな稲荷が祀られていますが、

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裏に回ると、まるで古墳のような穴が開けられていました。

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太宰府天満宮の「天開稲荷」を彷彿とさせます。

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境内の南側に「三日恵比須神社」がありますが、

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そこの「えびす様」が今人気だそうです。

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このえびす様は触れる場所でご利益を得られるそうです。
お顔は家内安全、お腹は病気退散、鯛は招運・商売繁盛、腕は交通安全・技能向上です。
欲張りな僕は一通り触らせていただきましたが、美容師なので、腕は念入りに触っておきました。

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しかしまあ、見ているだけで幸せな気分にさせてくれるえびす様です。

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さらなる聖地が境内の外にありました。
イザナギが禊をしたと伝わる「天竜池」です。

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イザナギが禊をした場所と言い伝えられているところは何カ所かありますが、ここもそのひとつ。

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中の小島に祀られる小さな祠は「天津神社」です。

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そこにはイザナギ大神が祀られ、そっと博多の町を見守っていました。

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