八坂神社

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京都の祇園町に燦然と輝く朱の楼門は、「祇園さん」と京都の人たちに親しまれる「八坂神社」(やさかじんじゃ)です。

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全国にある八坂神社、及び素戔嗚尊を祭神とする関連神社約2,300社の総本社であり、7月の祇園祭は有名です。

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気付いたのですが、八坂神社の楼門を正面から見ると、門の中に鳥居があります。
これを漢字で表すと「開」となります。

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楼門入り口には阿吽の狛犬が、少々高い位置にいらっしゃいますが、このうち、

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「吽」ちゃんにそっと触れて、楼門を見ると、

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「吽」が「開」く、
「運が開く」

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「開運」じゃぁないですか☆
これは香椎宮で知ったおまじないでもあります。

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日中はすっかり観光客で取り囲まれる祇園界隈ですが、八坂神社はオールナイトでフィーバーだというのを教えていただいたので、深夜にやってきました。

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八坂神社の創建は社伝によれば、斉明天皇2年(656年)、高句麗から来日した調進副使「伊利之使主」(イリシオミ)が、朝鮮半島にある新羅国の牛頭山(ごずさん)に坐した素戔嗚尊を山城国愛宕郡八坂郷にお祀りしましたのが始まりと伝えます。

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しかしながら、この説は、現存する歴史資料をみても根拠に乏しいと云われています。
現在は久保田収氏の「祇園社の創祀について」に記されている、「祇園社は貞観18年(876年)僧・円如が寺院を建立し、ほどなく祇園神が垂迹したものと結論づけられる」という説が、歴史資料的見地からも一定の支持を得ているそうです。

八坂神社は元は「祇園社」と呼ばれ、当初は興福寺の末社であったが、10世紀末に戦争により延暦寺がその末寺としたと云います。
貞観11年(869年)年に京都一帯で疫病が流行した際、朝廷が当社に疫病退散を祈願したところ、たちどころに病気の流行が治まったそうで、この功績によって祇園社は朝廷から土地などを寄進され、一気に発展しました。
1070年には鴨川の西岸の広大な地域を「境内」として認められ、紀氏一族が執行家として世襲支配するようになります。
1384年に足利義満は、祇園社を比叡山から独立させ、祇園祭は経済的に力をつけていた京の町衆により行われるようになり、現在に至っているそうです。

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その八坂神社の御祭神とされる「牛頭天王」とは、起源不詳の習合神で、釈迦の生誕地に因む「祇園精舎」の守護神であると云います。
しかし実際にはインド・中国・朝鮮においても信仰された形跡はなく、日本独自の神のようです。
また牛頭天王は素戔嗚尊と同神とされます。

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「祇園牛頭天王御縁起」によると、彼は12の大願を発し、須弥山中腹にある「豊饒国」(日本?)の武答天王の一人息子として姿を現したとあります。
その姿は7歳にして身長7尺5寸、3尺の牛頭をもち、3尺の赤い角もあったと云います。

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太子は王位を継承して牛頭天王を名乗りますが、その姿かたちの怖ろしさのために近寄ろうとする女人はおらず、酒びたりの日々を過ごしたそうです。
そうしたある日、人間のことばを話す山鳩が、大海に住む沙掲羅龍王の娘のもとへ案内するので、これを后に求めるよう告げました。
これを聞いた牛頭天王は娘を娶るための旅に出ます。

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旅の途中、牛頭天王は、とある兄弟に出会います。
長者である弟の「古単将来」に宿所を求めましたが、慳貪な古単(古端、巨端)はこれを断りました。
それに対し、貧乏な兄の「蘇民将来」は歓待して宿を貸し、粟飯をふるまいます。
蘇民の親切に感じ入った牛頭天王は、願いごとがすべてかなう牛玉を蘇民に授け、蘇民は富貴の人となったそうです。

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蘇民将来を祀る「疫神社」が楼門から入ってすぐのところにありました。

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龍宮へ赴いた牛頭天王は、沙掲羅の三女「頗梨采女」を娶り、8年をそこで過ごし、七男一女の八王子を儲けました。
豊饒国への帰路、牛頭天王は八万四千の眷属をさしむけ、古単へ復讐を図ります。
しかしこの殺戮のなかで、牛頭天王は蘇民将来の娘である古単の妻だけに「茅の輪をつくって、赤絹の房を下げ、『蘇民将来之子孫なり』との護符を付ければ末代までも災難を逃れることができる」と除災の法を教えたので難を逃れたと云います。
これが現在、各神社で祀られる「茅の輪」となったそうです。

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疫神社の隣には猿田彦を祀る「太田神社」があります。

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猿田彦は天孫降臨に際して邇邇芸命を導いた神であると記紀は伝えていますが、その本来の姿は出雲王国の幸神(さいのかみ)の一柱「サルタ神」であり、インドの「ガネーシャ」が転じたものであると知りました。

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「祇園のえべっさん」と書かれた大きな提灯が見えます。

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オールナイト営業の八坂神社では、深夜も警備員さんが見回りをしています。
最近は防犯カメラも普及してきたようです。

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「えべっさん」とは「恵比寿神」のことで、出雲の「事代主」と同じ神であると云われています。

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祇園えびす祭りも、祇園祭に並ぶ大きなお祭りだということです。

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えべっさんの前には祇園祭の花形「山鉾」の石像がありました。

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本殿も近くなってきたところに「大国主社」があります。

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祭神は「大国主命」のほか、「事代主命」「少彦名命」となっています。
記紀の偽作により、大国主はスサノオの子であると言い伝えられるようになりましたが、スサノオと大国主に血の繋がりはありません。
また、事代主と少彦名は同一人物を指していると思われます。

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出雲の大国主は記紀の国譲り神話が転じて、すっかり縁結びの神様のイメージが定着しています。

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「備後国風土記」などにみられるように、一般的には牛頭天王はスサノオと同一であると解釈されています。
現在の八坂神社も一般説にならって、主祭神は「素戔嗚尊」であるとしていますが、「先代旧事本紀」では、ではオオナムチノミコト(大国主)の荒魂が牛頭天王であると記されています。

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「舞殿」が見えてきました。

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祇園甲部から奉納された無数の提灯には、夜通し灯がともり、見るものを圧倒させます。
神様への舞楽が奉納される場所ですが、最近では結婚式も行われるようになったそうです。

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舞殿を挟んで本殿と反対側にあるのが南楼門です。

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僕も勘違いしていましたが、八坂神社では、この南楼門が正門になるそうです。
大通りに面した楼門は西楼門で、室町時代に造られたものだそうで、今では大半の参拝客が西楼門をくぐって本殿へと進むようです。

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そして本殿です。

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御祭神は中御座に「素戔嗚尊」(スサノオノミコト)、東御座にその后の「櫛稲田姫命」 (クシイナダヒメノミコト) 、西御座にその子「八柱御子神 」(ヤハシラノミコガミ:八島篠見神・五十猛神・大屋比売神・抓津比売神・大年神・宇迦之御魂神・大屋毘古神・須勢理毘売命)を祀ります。

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これは明治時代の神仏判然令以前は、中の座に「牛頭天王」(ゴズテンノウ)、東の座に「八王子」(ハチオウジ)、西の座に「頗梨采女」(ハリサイニョ・バリウネメ)となっていたそうです。
更にその前の祭神は「祇園天神」または「天神」とだけ呼称されており、最初は牛頭天王・素戔嗚尊とは異なる天神が祀られていたが、やがて習合され今の祭神になったようです。

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そして現在の配神に、東御座に同座の神として、素戔嗚尊の妻「 神大市比売命」と「佐美良比売命」を配し、西御座に同座の神として「稲田宮主須賀之八耳神」を配しています。
「稲田宮主須賀之八耳神」(イナダノミヤヌシ・スガノヤツミミノカミ)とは、記紀ではスサノオの正妻「櫛稲田姫」の父親「アシナヅチ」のことで、彼に宮を管理する役目につけて「須賀之八耳神」と呼んでいます。
が、記紀のこの表記には、非常に問題があると言わざるを得ません。

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なぜなら古代出雲王国における初代の王の名が「菅之八耳」であり、その妻が「稲田姫」であるというのが正史であろうからです。
また、東御座には社伝に明確な記述が無い、シークレットキャラとして「蛇毒気神」(ダドクケノカミ)が祀られていると云います。
この神は「沙渇羅龍王」(サカラリュウオウ)の娘、または、ヤマタノオロチが変化したものとも考えられています。
そしてヤマタノオロチもまた、滅びた出雲王家を象徴するものだという話もあるのです。

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八坂神社の本殿は、本殿と拝殿を一つの入母屋屋根で覆った「祇園造り」という独特の形をしており、重要文化財に指定されています。
これは、八坂神社以外では見られない珍しい造りだそうです。
京都五社のひとつであると云われる八坂神社の本殿床下には、「龍穴」という池があり、清水とともに「気」が湧き出ているそうです。
平安京「京都」は、方角を司る「四神」が守護する「四神相応」という風水を元に造られました。
北には「玄武」の「上賀茂神社」、東には「青龍」の「八坂神社」、南に「朱雀」の「城南宮」、西に「白虎」の「松尾大社」、更に中央には「平安神宮」が鎮座することによって、京の都を守っていると云います。

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本殿向かって右側には、龍穴から湧き出ている「力水」という御神水が流れています。
飲み水としては利用できないようですが、触れてそのパワーを感じることができるようになっています。

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「玉光稲荷社」は、もともとは豊作のご利益がある神社でした。

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現在では、商売繁盛のご利益がある神社として信仰を集めています。

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「大神宮社」は伊勢の内宮と外宮を祀っています。

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伊勢神宮遷宮の際のお下がりの材で修繕されたそうです。

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「悪王子社」というものがあります。

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素戔嗚尊の「荒魂」を祀っているということですが、この「悪」は、現代語の意味合いとは少し違い、昔は「悪=強力」と言う意味合いもあったと云うことです。

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祇園社は平安時代中期になると政治の実権を握っていた藤原氏に信仰されるようになり、鎌倉時代から江戸時代にかけては、源頼朝や足利将軍家、豊臣秀吉、徳川家康など、様々な名だたる武将に崇敬されます。
それは、この力強い、牛頭天王・スサノオの神徳を得たいと願ったからなのでしょう。

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ちょっときになる「祓所」があり、

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「市杵島比売」(いちきしまひめ)、「多岐理比売」(たぎりひめ)、「多岐津比売」(たぎつひめ)の宗像三女神をお祀りする「美御前社」(うつくしごぜんしゃ)があり、美人になれる・芸事が上達する・財産が増えるといった御利益にあやかりたいと願う参拝者が絶えることはありません。

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他にも「刃物大明神」という鍛冶(かじ)の神様を祀る「刃物神社」があったりと、境内をくまなく散策するには、相応の時間が必要です。

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気付けば深夜から参拝した八坂神社に陽が昇り始めていました。

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今一度、「開運」を願って、後にします。

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