賀茂別雷神社(上賀茂神社)

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下鴨神社から鴨川を上流に進んでいくと、「賀茂別雷神社」(かもわけいかずちじんじゃ / 上賀茂神社)にたどり着きます。
下鴨神社と同じく賀茂氏の祖神を祀る聖地であり、その歴史は古く、創建は678年であり、1300年以上の歴史を持つ日本最古の神社の一つと伝わります。
「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産にも登録されています。

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上賀茂神社の境内に足を踏み入れると、白砂と芝生のコントラストが美しい参道があります。

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芝生の端には小川が流れ、摂社・末社のいくつかが鎮座しています。

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上賀茂・下鴨の2つの神社は、元々は「賀茂社」と言う1つの神社だったと云います。
文武天皇の時代、神社や氏子の持つ力が大きくなり過ぎた当社は南北2つの神社に分割さたそうです。

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南北に別れた賀茂社は、北に「上賀茂神社」、南に「下鴨神社」と呼ばれるようになりますが、どちらかが格式が高いといった序列はなく、対等に存在しています。
御祭神は、上賀茂神社は「賀茂別雷神」(かもわけいかづちのかみ)が祀られ、下鴨神社はその祖父の「賀茂建角身命」(かもたけつぬみのみこと)と母親の「玉依媛命」(たまよりひめのみこと)が祀られます。

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上賀茂神社と下鴨神社、「かも」の漢字が違っています。
元々はどちらの神社も「鴨」の文字を使っていましたが、西暦726年頃、北の神社の方に縁起の良い言葉である「賀茂」という文字をあてて、2つの神社を区別したと云います。
ちなみに、京都の中心を流れる「鴨川」も、上賀茂神社の前になると「賀茂川」と表記が変わります。

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境内を散策していると、社や建物の隣に囲われた、四角い空間があるのに気がつきます。
遷宮の時などに使われる場所なのでしょうか。

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外幣殿をを過ぎると、

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いよいよ本殿がある聖域へと入っていきます。

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中央に拝殿となる「細殿」が見えてきました。

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1628年に建てられた国の重要文化財で重厚な拝殿です。

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上賀茂神社で印象的なのが、拝殿の前にあるこの「立砂」です。

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円錐形の砂の山は、神様が光臨される場所と云われ、本殿の北北西にある「神山」(こうやま)を模しているそうです。

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立砂の先端をよくみると松の葉が刺してあります。
これは賀茂別雷神が神山に降臨する時に使った葵の蔓を表しているそうです。

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また、この松の葉は左右3本と2本にになっていて、陰陽道に基づく陽の数と陰の数を示しています。

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賀茂別雷大神 の「別雷」は「若雷」の意味で、若々しい力に満ちた雷(神鳴り)という意味だそうです。
また御子が雷とともに天に昇っていったことからそのように呼ばれています。

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さて、手水舎で身を清めたら、いよいよ本殿です。

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しかし、やはり本殿は撮影禁止です。
しかもこの日は遷宮の工事中で、楼門には覆いがかぶさっています。

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本殿は通常でも有料で見せていただくことができます。
この日は特別参拝とのことで、修復中の楼門まで、取り付けた足場を登って見せていただきました。

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本殿を撮影することはできませんが、その造りの精巧な模型が、「古代出雲歴史博物館」にあります。

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美しい流造の社殿ですが、その特徴的なのが

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正面の屋根「向拝」が伸びた、その姿です。

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本殿の横にはほぼ同じ造りの「権殿」(ごんでん)が並び建っていますが、それは本殿に災難が会った時、または遷宮の時に御神体を移すための建物となっています。

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かつては遷宮の時、伊勢と同じように21年ごとに建物を一から造り直していたそうですが、社殿が国宝に指定されてからは取り壊すことができなくなり、屋根の檜皮葺を葺き替えるのみとなったそうです。

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上賀茂神社も境内に多数の摂社・末社がありました。

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境内の奥にあるこの雰囲気のある門の中には、身体を守る神様である「神宮神社」と建築の神様である「山尾神社」があります。

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太古の昔、山背国に移り住んだ賀茂一族の姫「玉依媛」が瀬見の小川で身を清めていると、川上から丹塗りの矢が流れてきました。
姫は矢を持ち帰り、床の間に祀り休んだところ、矢の力によって御子を授かります。

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御子が元服した時、祖父の賀茂建角身命は八尋殿という広い建物を造り、神々を招いて七日七夜の祝宴を開きます。

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祝宴の席で賀茂建角身命は御子を呼び、「汝の父と思う神に盃を捧げよ」と申したところ、御子は「我が父は天津神なり」と答えてそのまま雷鳴とともに天に昇ったと云います。

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残された賀茂建角身命と玉依媛は再び御子に逢いたいと請い願っていたある夜、夢枕に御子が立ち、次のように告げました。
「私に会いたいと願うのならば、葵の葉で鬘を編み、祭をして待ちなさい」

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祖父と姫は御神託に従って祭りを執り行うと、賀茂別雷命は天より神となって、神山に降臨したと伝わります。

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境内には御手洗川が流れ、休日には子供達が水遊びする姿が見られるそうです。

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さて、境内の奥に「二葉姫稲荷神社」というものがありました。
入り口は日も差し込み、良い雰囲気なのですが、

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参道を登り詰めると、ちょっと異様な雰囲気に。

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この場所はかつて、神宮寺というお寺だったそうですが、明治の神仏分離令や廃仏毀釈の影響で移すことになり、跡地が神社になったそうです。

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さらには昔、ここに晴池という大きな池があったそうですが、神宮寺が移転しちゃったときに埋めてしまったと云います。

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すると近隣の数名の人達の枕元に竜神が出てきて訴えます。

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それで池があった場所に社を建てて祀ったということです。

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この古ぼけた造りからでしょうか、ここで怖い思いをしたという話がちょいちょいあるそうです。

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現在も上賀茂神社の神職が祀りを執り行うそうですが、その神職さんも、あまり近づかないほうがいいと言っているのだとかどうだとか。

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再び杜に降りてきました。

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「ならの小川」と呼ばれる小川のそばに、「睦の木」という御神木があります。

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風そよぐ ならの小川の 夕ぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける(藤原家隆)

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摂社の中でも一際威容ある「賀茂山口神社」は商売繁盛と子供の成長を見守ってくれる神様です。

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上賀茂神社本殿と同じ向拝が伸びた屋根が美しいです。

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京都3大祭のひとつである「賀茂祭」は、上賀茂神社と下鴨神社の御祭神が再開を果たすことができた葵の葉を祭りの飾りにしています。
その様子から、一般的には「葵祭」と呼ばれるようになりました。

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葵祭は今から約1,500年前から続く、京都でも歴史のある祭です。
平安貴族の衣装を身にまとったきらびやかな大行列が、京都御所から下鴨神社へ、そして上賀茂神社へと向かいます。
この祭では、約7,500本もの葵の葉が衣装や牛車に飾られています。

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上賀茂神社も下鴨神社も、形は若干違いますが、両者とも御神紋は「二葉葵」となっています。
葵は古くは「あふ・ひ」と呼ばれ、「ひ」は「神霊」を意味することから、「神に逢う」と、神と人を結ぶ草として、古来から大切に守られてきたそうです。

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「願い石」という石がありました。

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この石に両手で触ると、願いが叶うと言い伝えられています。

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