鴨都波神社:八雲ニ散ル花 23

投稿日:

p9041458-2017-11-26-09-33.jpg

「クシヒカタ様、多岐津彦様がおみえになりました。」

クシヒカタと呼ばれた男は、屋敷の中央に腰掛け、この一帯を描いたと思われる地図を目にしていた。
みずらに束ねた髪には、一筋白いものも混じっている。

「うむ、ここへ通しなさい。」

出雲を離れて、クシヒカタは葛城の地に都を築いた。
未開の地の開拓がひとしきり終わった頃、西出雲王家の多岐津彦が自分たちの一族も葛城に住まわせて欲しいと頼って来た。
クシヒカタには二人の妹がいたが、多岐津彦を弟のように思っていた。

「クシヒカタ様、この度は我らの住まう地をお世話いただき、誠にありがとうございました。」
「気に入ってもらえたか、あの土地も悪くなかろう。」
「はい、先日丹波より移った姉もたいそう喜んでおります。」
「大屋どのも苦労されたの。ここは同郷の者ばかり、気兼ねはいらん。作物が実るまでしばらくは食べ物に困ることもあろう、私の蔵から何か届けさせよう。」

クシヒカタは葛城の南の土地を多岐津彦に譲り渡した。
そこへ五十猛に嫁いだ西出雲神門臣家の大屋姫が、息子のタカクラジとともに移り住んで来た。
当初は夫婦仲もうまくいっていたようだが、五十猛が異母妹の穂屋姫を后に迎えると、出雲王家出身の大屋姫は海家の中で孤立し、居場所がなかったようだ。

「ところでクシヒカタ様、本日お伺いしましたのは、お礼とともにお伝えしたいことがございまして。姉が伝えるところでは、どうやら海家にも、この葛城に進出する動きがあるとのことです。」
「それは真か、彼らには丹波という立派な国があるだろうに、彼らの欲深さには呆れるな。」

そもそも、クシヒカタも多岐津彦も、彼らの父と祖父王を死に至らしめた疑いのある、渡来人との共生を嫌って故郷出雲を捨ててこの葛城にやってきたのだ。
その渡来人一族、海家も葛城にやってくるというのなら、自分たちが苦労して未開の地を開拓してきたのは何だったのだろうか。

「海家の人達は、出雲より強大な国を造ろうとしているのかもしれません。我々は今後、彼らにどう向き合うべきなのでしょうか。」

多岐津彦は不安げな面持ちをクシヒカタに向けた。
異国の技術を持った海家は、武力においても優れている。
戦となれば、勝敗の分は悪い。
クシヒカタは屋敷から外を眺め、考えを巡らせる。
彼の目の先には、日が差し込み鈍く光る、父を祀った社の姿が見えていた。

b_ornament-2017-11-26-09-33.jpg

p9041463-2017-11-26-09-33.jpg

奈良と大阪の県境に位置する「大和葛城山」(やまとかつらぎさん)の東側、御所市一帯には、大和國に由来する古い神跡が多数存在します。
その大和國創設の原点とも言える神社が「鴨都波神社」(かもつばじんじゃ)であると知りました。

p9041425-2017-11-26-09-33.jpg

鴨都波神社の由緒を見ると、「第10代崇神天皇の御代、大国主命第11世太田田根子の孫、大賀茂都美命に勅を奉りて葛城邑加茂の地に奉斎されたのが始めとされている。」とあります。
しかし本来の創建はもっと古く、古代出雲王朝時代に遡ります。

p9041428-2017-11-26-09-33.jpg

それを裏付ける証拠として、神社を中心とする一帯は「鴨都波遺跡」という弥生中期の遺跡になっており、土器や農具、高床式の住居跡が多数出土しています。
古代には鴨家と呼ばれる一族がこの地に住み着いて、農耕生活を営み栄えていたことを伺わせます。

p9041427-2017-11-26-09-33.jpg

手水には珍妙な石が置かれていました。

p9041426-2017-11-26-09-33.jpg

出雲のサルタ彦を連想させる石です。

p9041430-2017-11-26-09-33.jpg

境内に入ると、優しい気に包み込まれた杜の中に、立派な社殿が鎮座しています。
出雲王国8代副王「事代主」の息子「奇日方」(クシヒカタ)は、葛城の自らの屋敷付近に、孤島の洞穴で枯死させられた父を祀る「鴨都波神社」を建てたと云います。
弥生時代の出雲では「神」を「カモ」と発音したことから、葛城へ移住した東出雲王家「富家」は「神家」(かもけ)とも呼ばれ、後に「鴨」や「加茂」の字があてられました。

p9041435-2017-11-26-09-33.jpg

当社の古い社名は「鴨都味波八重事代主命神社」(かもつみわやえことしろぬしのみことじんじゃ)であったと言い伝えられ、祭神は「鴨の水際(みづは)の神」だったそうです。
これは「鴨の水辺で折り目ごとに祀られる田の神」という意味で説明されています。

p9041438-2017-11-26-09-33.jpg

が、実際は、事代主の本名が「八重波津身」(ヤエハツミ)でしたので、その名の一部と神を意味する「鴨」の字が組み合わせられて、「鴨都八重波都身」を祀る鴨都波神社の名前ができたというのが真相のようです。

p9041429-2017-11-26-09-33.jpg

出雲では、8代主副の両国王が同時に枯死した事件を嫌って、両王家の分家が出雲人の約半数を連れて、ヤマト(奈良地方) へ移住します。
そのとき「岐神」(サエノカミ)信仰をヤマトとその周辺に伝えたと云います。

p9041434-2017-11-26-09-33.jpg

出雲では東出雲王家「富家」の八重波津身の御子「鳥鳴海」が、第9代大名持に就任しました。
事代主が亡くなった事で、摂津国三島から嫁いだ后の「活玉依姫」は実家へ帰る事にします。
そこへ御子のクシヒカタと出雲人が大勢ついて移住したので、三島の地は出雲の富王家の領地のようになりました。

p9041433-2017-11-26-09-33.jpg

先見の明に秀でたクシヒカタは、ヤマト国は発展性がある、と考えます。
そこで出雲の人々に加えて、三島の人々も連れてヤマトの葛城地方に移住しました。
東出雲人は三島の人々の協力も得て、葛城山の東麓、今の御所市一帯をを開拓します。
そこは葛城川と柳田川の合流地点で水に恵まれ、稲作にも向いた広大な平地でした。

p9041432-2017-11-26-09-33.jpg

開拓がひと段落すると、クシヒカタは父、事代主をまつる鴨都波神社と、葛城山の麓に「一言主神社」を建てたと云います。

p9041439-2017-11-26-09-33.jpg

b_ornament-2017-11-26-09-33.jpg

p9041445-2017-11-26-09-33.jpg

境内の裏参道側はとても神秘的な杜が広がっています。

p9041447-2017-11-26-09-33.jpg

そこにいくつかの摂社が祀られています。

p9041441-2017-11-26-09-33.jpg

「神農社」では、医薬の神として事代主が役職名の「少彦名大神」の名で祀られています。

p9041444-2017-11-26-09-33.jpg

稲荷社です。

p9041446-2017-11-26-09-33.jpg

稲荷信仰は出雲の信仰ではなく、物部氏が祭祀し始めたと云います。

p9041453-2017-11-26-09-33.jpg

出雲の富家では、事代主の御子であるクシヒカタがヤマトに移住し、サイノカミを奉じたことを記念する社を建てました。
それが「出雲井神社」であり、出雲北山山地の弥山(出雲市大社町修理免)の麓に鎮座しています。
さらに一部の出雲人は伊勢国に移住し、出雲井神社からサイノカミを伊勢国の「椿大神社」(鈴鹿市山本)に移した、と云います。

p9041454-2017-11-26-09-33.jpg

出雲では、東出雲王家は「出雲臣家」と呼ばれていましたが、言葉で各地を支配する「事向ける」という意味から「向家」(むかいけ)と呼ばれるようになります。
また、各地の豪族がこぞって貢物を持ち込んだ事から「富家」(とみけ)とも呼ばれるようになりました。

p9041456-2017-11-26-09-33.jpg

「富」の言葉は古代出雲では、「トビ」と発音しましたので、ヤマトでクシヒカタは「富家」に古代の発音を重視して「登美」の漢字を使いました。
以降、ヤマトにおける出雲東王家の子孫は登美家と呼ばれていきます。

b_ornament-2017-11-26-09-33.jpg

p9041437-2017-11-26-09-33.jpg

鴨都波神社の本殿脇に、杜に入る階段があります。

p9041457-2017-11-26-09-33.jpg

そこは遥拝所になっていました。
宮司の方にお聞きすると、御所を遥拝しているそうです。

p9041460-2017-11-26-09-33.jpg

クシヒカタが築いた葛城の王国、ここから物語は、大和王國設立への始まりへと繋がっていくのです。

p9041451-2017-11-26-09-33.jpg

1415e9b4a8e983bde6b3a2e7a59ee7a4be-2017-11-26-09-33.jpg

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中