室生龍穴神社

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宇陀市の「室生寺」の山奥の地には、巨大な岩山の洞穴に龍神が棲むと云う「吉祥龍穴」がありました。

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宇陀市室生に鎮座する「室生寺」は、「女人高野」と呼ばれています。
そのさらに山中へ1kmほど直進した場所に、水を司る龍神を祀る「室生龍穴神社」(むろうりゅうけつじんじゃ)が鎮座します。

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創建年代は不明の当社ですが、「日本紀略」に、8世紀ごろ、皇太子だった桓武天皇の病気平癒を願い、室生の龍穴で祈祷が行われたとあります。
そして、無事に病気が完治したことから、勅命によって創建されたのが室生寺です。
室生龍穴神社は、古くから雨乞いの儀式が行われてきた聖地「龍穴」を御神体とする社格の高い神社であり、室生寺はそれを守る神宮寺だったと伝わります。

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境内の入り口に立っただけで、ビリビリと神気を感じます。
まるで深海に降り立ったような感覚です。

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手水の冷たい水が気を引き締めます。

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境内にある「連理の杉」、いわゆる夫婦杉です。

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2本の杉の根本が一体化したものですが、よく見ると下に穴がありました。

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威厳に満ちた巨木が立ち並びます。

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神さびた拝殿。
徳川綱吉の母「桂昌院」の援助で、室生寺の般若堂を移築したものと云われています。

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祭神は「高靇神」(たかおかみのかみ)ですが、拝殿には「善女龍王社」と書かれています。
善女竜王(ぜんにょりゅうおう)は弘法大師が神仙苑に雨乞いを行った際に現れた龍王で、その形像は雲に乗る竜神の背に立つ唐の官人の姿に描かれ、その左手には宝珠を盛った鉢を持つと云います。
善女竜王は龍そのものではなく、龍を統べる女神と云うことです。

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昔、善女龍王が「釈慶円」(けいえん)の元に会いに来て、即身即仏の印明を承けました。
それに竜王は報恩の誓いをして、当寺の守護神となったと伝えられています。

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ちなみに現祭神の「高龗神」は、イザナギがカグツチを斬った時に生まれた水の神です。

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拝殿の裏に回ると、本殿が見えました。

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そこには、たっぷりと水の気を孕んだ、厳かな世界がありました。

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朱塗りの本殿は、1671年建立の春日造の一間社で、春日若宮社の旧社殿を移したものと伝わっています。
両脇には、「道主貴神社」「手力男神社」が鎮座します。
本殿には「天兒屋根命」「大山祇命「水波能賣命」「須佐之男命」「埴山姫命」も配祀されていると云うことです。

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高龗神を含む、こうした神々は後に祭神を変えたものと思われます。
奈良興福寺近くの「猿沢池」には、天皇からの寵愛が薄れたことを嘆き、身投げした采女の話が伝わっています。
猿沢池にはもともと龍が棲んでいたが、こうした穢れや騒ぎを嫌い、まずは春日山の山中へ、そして室生へ移ったと伝えられています。

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さて、室生龍穴神社の御神体たる「龍穴」へ向かいたいと思います。
28号線を室生寺と反対側へ500mほど進むと、龍穴に向かう山道があります。

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徒歩でも15分といった距離ですが、車で進むこともできます。
ただし車で進むなら、道はそれなりに険しいことを覚悟する必要があります。

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しばらく進むと、「天の岩戸」と書かれた場所がありました。

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白い鳥居の奥に小さな祠が見え、その手前には、

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見事な夫婦岩があります。

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岩の間の先は崖になっています。

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太古にはここで祭祀が営まれていたのかもしれません。

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ちょうど日が差してきましたので、これはと思いカメラのアングルを探します。

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一瞬のことでしたが、見事、天の岩戸にふさわしい写真が撮れました。

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奥の社に参拝して、先に進みます。

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ついにたどり着きました。
白い鳥居に「吉祥龍穴」と書かれた看板があります。

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ここから100mほど沢に下っていきます。

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すぐそばを勢い良く川の水が流れています。

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先には屋根の付いた遥拝所がありました。

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拝所にはスリッパが用意してあり、靴を脱いで上がります。

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横を見ると巨大な岩盤の上を流れ落ちる「招雨瀑」(しょううばく)が見えます。

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一帯が岩盤になっていて、そこを勢いよく水が流れていきます。

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辺り一帯は火山岩の侵食によってできた「柱状節理」(ちゅうじょうせつり)になっています。
その切り立った岩肌は、まるで目の前にいる龍の鱗のように見えます。

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そして「吉祥龍穴」と呼ばれる龍穴が姿を現しました。
しめ縄がかかった洞穴。
それは京都「貴船神社奥宮」、岡山所在不明とされる「備前龍穴」と合わせて、「三大龍穴」と呼ばれる洞穴です。

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ぽっかりと口を開けた岩窟の奥からは、そこに潜む龍神の息吹が感じられそうです。
並々ならぬ神気に、ただただ畏怖の念しか抱くことができません。
今から1400年ほど昔、この場所で、この穴へ向かって雨乞いの儀式が行われていたと伝わっています。
往古から続く、祭祀の原始の姿がそこに残っていました。

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ここから流れ出た水は、やがてはるか大阪湾へと注がれていきます。
それは、私たちの命を育む水となるのです。

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