大野城跡:八雲ニ散ル花 番外・天智伝02

投稿日:

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オオノジョー!

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おおのじょー!!

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大野ジョー!!!

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日本最古の古代山城、国指定特別史跡「大野城跡」へ行って来ました。

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大野城跡は、福岡県の宇美町・太宰府市・大野城市にまたがる「四王寺山」に造られた、全長約8kmに及ぶ広大な古代山城跡です。
宇美町方面から太宰府方面と大野城方面に抜ける車道が走っていますが、昨今の大雨のため、今は両方とも通行止めとなっています。

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宇美町方面から四王寺山に入っていき、「焼米ヶ原」駐車場まで車で進めるので、そこを目指します。
途中「小石垣」と呼ばれる石垣があるそうなので、そこへ立ち寄ってみました。

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道の広くなった路肩に車を停め、徒歩で小道を進みます。

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すると右手に何やら石柱が立っています。

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道とは言えない、荒れた道を歩いて行くと、

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滝がありました。

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「鮎返りの滝」だそうです。

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でも周りは鬱蒼とし、祠や石像が取り囲んでいて、ちょっと怖いです。

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すっかり心身ともにヒンヤリした僕は、再び元の道に戻って歩き始めます。

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15分ほど歩いたでしょうか、

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丸太の橋を渡ったところに、

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ありました。

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「小石垣」です。

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小石垣とは言え、復元図を見るとかなりの大きさだったことが伺えます。

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現存しているのは、そのほんの一部。
しかしながら、往年の風格を十分に漂わせていました。

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横を見ると、小石垣の上に登れるようです。

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恐る恐る足を運び、

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立ってみました。

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意外に高い。

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車まで戻り、車道を走っていると、右手に「百間石垣」という標識がありました。

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車を停めて降りてみると、

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すごい、大きな石垣が残っていました。

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全長約180mにも及ぶことから名付けられた石垣。
大野城の尾根は土塁で防御されていますが、谷部など大雨で土塁が崩壊する可能性がある箇所は、石垣で守られています。

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石垣の中ほどには洞窟のようになった場所があり、石仏が祀られているようです。

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さて、焼米ヶ原に着きました。
そこからは九州国立博物館が見えています。
焼米ヶ原とは、炭化した当時のお米をここで拾うことができることから呼ばれていて、かつては食糧保管庫であったと考えられています。

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土塁にそって歩くこともできます。
質の違う土を数cmごとに積んでは叩きしめるという工法で造られています。
そう、水城と同じ「版築」(はんちく)と呼ばれる工法です。
大野城の土塁は、場所によっては二重に設けられているところもあり、これら土塁と石垣の総延長は、約8kmにも及ぶといいます。

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焼米ヶ原から少し下ると、「太宰府口城門跡」があります。

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ここに、大野城へ入るための城門の一つがありました。

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大野城跡は、日本の古代史において重要な史跡であることから、国の特別史跡に指定されています。
つまり国宝レベルの史跡であるということです。

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663年、「白村江の戦い」で大敗した日本軍は、百済人難民もろとも日本へ帰国しました。

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その後、強大な「唐」の報復を恐れた時の天皇「天智」(中大兄)は、九州を守る拠点として、急いで「水城」を築かせ、その両端に大野城と基肄城を築いたのです。

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大野城は城といっても、僕らがイメージするような、天守閣のある武家城ではありませんでした。
天智天皇が百済から連れて来た工人に造らせた、土塁と石垣で囲まれた城です。

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城の敷地内には、役所や食糧庫、武器庫、城門、水場(井戸・池)、水門などが造られていたといいます。

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太宰府口城門跡と車道を挟んで反対側には、「増長天礎石群」という建物跡がありました。

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城の敷地内には、70棟以上の建造物があったそうです。

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その礎石跡などが見つかっています。

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更に進むと、「鏡ヶ池」という小さな池がありました。

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さしたる水源もなさそうなのに、干ばつの時でも水が枯れないと云われています。

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白村江の戦いから一年のうちに水城が完成し、二年のうちに大野城や基肄城は完成しました。

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他にも大和に至る瀬戸内の随所にも、このような百済式の山城を建てています。

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天智は唐の進撃を、相当恐れていたと思われます。
およそ働ける男はすべて、この土木工事に駆り出されていたと云います。

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しかし結果的に、唐は攻めてきませんでした。
そして、その後、新羅が日本を呪って祈祷しているという噂がどこからともなく広まってきました。
そこで774年、これに対抗するため、この大野城に「四天王寺」(四王寺)を建てました。
これが四王寺山の名の由来となっています。

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四王寺山には、四天王である「毘沙門天」「広目天」「持国天」「増長天」と呼ばれる地名が残っています。
ただしかし、寺の建物跡などは発見されておらず、その実態は謎に包まれたままだと云われています。

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さて、随分山を降ってきました。

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そこは突き当たりになっていて、

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横に細い降りる道があります。

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少し降って振り返ると、

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雑木に埋もれつつある「大石垣」がありました。

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結局、水城と同じく本来の目的を果たすことはなかった山城。

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しかしそれは、日本が日本のままでいられた、幸運の奇跡でした。

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さて、大野城といえば、我らがゆるキャラ「大野ジョー」くん。
大野城心のふるさと館」では、ジョーくんグッズもたくさん販売しています。

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また、期間限定で、簡単なアンケートに答えると、ジョーくんのマンホールカードを無料でゲットできます。

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中二階フロアでは、418枚の全国マンホールカードが展示され、

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メーテルのマンホールの実物を見ることができました。

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