賣沼神社:八雲ニ散ル花 八上恋歌篇 03

投稿日:

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騒々しいのは嫌いだわ。
夏を惜しむ蝉の高鳴りも、姫さま、姫さまと騒ぐ家の人たちも。
小川のせせらぎに足を漬けて、私はのどかな曳田の空を眺めていた。
「姫さまー」
また呼んでる。分かっているわよ、あの人が来ているんでしょ。
朝一番に出雲へ続く道まで出かけて、やってくるあの人の影を見たもの。
あんな大きな袋を担いでくる男を、見間違えるはずもないわ。
そう、私は今日、あの人の元へ嫁ぐ。
別にそれは悪くないわ。あの人はこれまでに会ったどの男性よりも私に優しくしてくたもの。
でもね、許せないのは…
「おや、ここにいたんだね」
驚いた、この男は私を見つける天才かしら。
「どうして私がここにいると分かったの?」
私は振り返り、後ろに立つ長身の男を見上げた。
「どうしてかな?なんとなく君の呟きが聴こえたような気がしたんだ。あれは鳥の鳴き声だったのかな」
私に向かって最上の微笑みを見せる、それがことさらムカつくわ。
「へえーこんな場所が屋敷の近くにあったんだね。ここは君のお気に入りかい」
「そうよ」
私は顔をプイッと背け、吐き捨てるように言ってやった。
「ふむ、どうやら私の妻はご機嫌ななめのようだ。これはあれかな、先に迎えた多岐津姫のことが理由かな」
そうよ、なにをこの男は抜け抜けと言ってくるのだろうか、無神経な人。
「ずいぶん綺麗なお姫様みたいじゃない、良かったわね」
この人は西出雲王家・郷戸家の王さま、出雲族の子孫を残すために奥さんを複数持つのは当たり前のこと。
「そうだね、多岐津姫はきれいな姫だし、おしとやかでね。私は幸せ者だ」
多岐津姫は出雲王家の親戚・宗像家の姫だし、家柄でも私は劣っている。
「じゃあもう私はいらないわね、末長くお幸せに」
「困ったな、君は因幡の海岸で初めて出会った時と変わらない」
「お転婆なままで悪かったわね」
「いや違うよ、あの時と変わらず拗ねたところも愛らしくて、君を手放しがたくて困っているんだ。もちろん多岐津姫を迎えて私は幸せ者だが、欲深くも君を私のそばに置いておきたいと願っている」
川の水に浸かった足を、私はぱたぱたさせた。
「これを受け取ってはくれないかい」
彼の大きな手の中には美しい、碧く光る翡翠の玉があった。
「私が見つけた中で最上の翡翠を磨かせた。私の美しく愛らしい妻にこそ相応しいだろう。これを受け取ってくれないかい八上姫、死が二人を別つまで、私は君を何よりも大切にしよう」
そう言うと彼は、翡翠の玉が結ばれた紐を私の首にかけた。
「さあ、皆に可愛い吾が妻を紹介させてくれ」
彼は手を差し出した。本当にこういうところが憎らしい男。
「死が二人を別つまで、私を不幸にしたら許さないわよ。その時はワニのように噛み付いて皮を剥いでやるんだから」
私が手を掴むと、彼は力強く引き寄せて、あたたかく抱きしめたのだった。

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八上姫ラブストーリーの聖地「賣沼神社」(めぬまじんじゃ)に来ました。

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賣沼神社は鳥取市河原町曳田に鎮座しています。

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祭神は「八上姫命」(やかみひめのみこと)。
由緒では「外地の舟人たちが千代川をさかのぼって、まずこの曳田郷をひらい たことに間違はありません」と綴っています。

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現在の社名は、賣沼となっていますが、古くは「比賣沼」(ひめぬま)だったと伝えられています。

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元々は当社の前を流れる曳田川(ひけたがわ)の対岸にある山の中腹に鎮座していたそうです。

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八上姫はこの曳田邑の出身でした。

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参道を進むと、突き当たって右に折れます。

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そこに決して広くはないですが、どこか懐かしい、落ち着いた境内がありました。

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『古事記』によると因幡の白兎のご縁で結ばれた大国主と八上姫。
しかしいざ八上姫が輿入れしてみると、大国主は一目惚れして恋に落ちたスセリ姫と結ばれており、スセリの激しい嫉妬を受けて出雲を追われてしまいます。
そして途中で娘を木の股に挟んで帰省してしまったのです。

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もちろんこれは創作であり、どうやらスセリ姫は実在しないようです。

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当時は妻問婚なので、通常は妻の家に夫が通うのが慣わしでしたが、出雲と曳田は140kmほど離れています。
彼女を迎え入れるために西出雲王家・郷戸家(ごうどけ)の大国主・八千矛(やちほこ)は斐伊川に近い御井神社の地に、彼女の屋敷を建てさせたのでしょう。

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古びつつも立派な社殿。

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その前には少しユニークな狛犬が鎮座していました。

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風雨に耐え、丸みを帯びた狛犬。

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社殿の下にはもはや溶けたような狛犬の姿もありました。

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扁額には「稲羽八上比売命」(いなばやかみひめのみこと)の文字。

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伝承とその名から、そうとうな美姫であったことが窺えます。

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8代目大名持の八千矛には、八上姫の他にもう一人妃がいました。
北部九州の海人族「宗像氏」の三女神の次女「多岐津姫」(たぎつひめ)です。

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多岐津姫の父にして宗像族の祖・吾田片隅(あたかたす)は、八千矛の父の兄弟、つまり叔父に当たり、八千矛と多岐津姫はいとこ同士に当たります。
宗像家は出雲族の由緒ある分家であり、二人の結婚は早くから約束されていたことでしょう。

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多岐津姫が産んだ娘が「高照姫」であり、八上姫が産んだ木俣姫が「下照姫」ですので、八千矛と先に婚姻を結んだのは多岐津姫であると思われます。

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賣沼神社 の社殿が立っているあたりはよく見ると岩場になっており、

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左手に稲荷社、

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右手に熊野社が鎮座しています。

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稲荷社は稲魂あたりを祀っているのでしょうが、

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熊野社の祭神は明らかにされていません。
一時期、社は壊れていたようで、ぽつんと置かれた今の社も応急的なものかもしれません。

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賣沼神社は対岸から移されたようですので、当地に元から祀られていたのが、熊野社だったのでは。
その神は古代出雲に倣うなら、クナト大神か、もしくは事代主だったのでしょう。

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それにしても境内を包むやさしくあたたかな空気。
ノスタルジーを感じさせる当地は、八上姫の実家があった場所なのかもしれません。

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賣沼神社のすぐ横に「八上姫公園」があります。

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そこには八上姫の小径なるものがあり、

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石板に彫られた大国主と八上姫のラブストーリーを見ることができます。

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かなり現代風の美男美女。

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また向かい合う、二人の石像もあります。

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石像の対岸には、梁瀬山(やなせやま)があり、山の尾根には嶽古墳(だけこふん)という前方後円墳があるそうです。

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地元の人は八上姫の御陵だとして、大事に守っておられるそうですが、前方後円墳なら時代が合いません。
後の豪族の古墳だと思われますが、それは野暮な話。
しかし旧社地は、古墳の近くにあったということなので、曳田家のゆかりの墓であることは間違い無いでしょう。
 
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やがて愛する夫を失った八上姫は曳田の邑に里帰りし、ここで懐かしい、愛しい人との出逢いの日々を思い過ごしていたのかもしれません。

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8件のコメント 追加

  1. mame58 より:

    出だしがすごく素敵でした。
    翡翠の玉、わたしも小さなブレスレットを持っています。黒龍神社というところのものです。ダーリンからじゃあなくて、自分で買いました 笑

    いいね

    1. CHIRICO より:

      mame58さん、コメントありがとうございます♪
      冒頭のストーリーは僕の勝手な妄想ですが、史実を元にしています。
      古代出雲の王家の末裔で、歴史の伝承者である富氏は、大国主には多岐津姫と八上姫のお二人のお妃様がいらっしゃったと伝えています。
      当時の出雲王国の主王が大国主・八千矛であり、副王が事代主・八重波津身でした。
      大国主と事代主はともに、当時の渡来人集団に拉致され、絶海の孤島に幽閉され枯死させられてしまいました。
      事代主にも三人のお妃がいらっしゃいましたが、皆を含め、出雲中が悲しみに包まれたと言うことです。

      古代出雲族では翡翠や瑪瑙の玉を身につけることが、王族の身だしなみでした。特に新潟糸魚川の翡翠は重宝されたといいます。
      糸魚川の翡翠と謳われた沼川姫は事代主のお妃様です。

      黒龍神社とは、福井の毛谷黒龍神社でしょうか?
      そこはおそらく出雲系の神社であろうと思われます。
      福井を統治し、大和の26代継体天皇になられたオホドは出雲王家の者です。
      彼は越国の蘇我振姫の元に婿入りしたと聞いています。そのような場所ですから、その翡翠の玉も希少なものでしょう。石は人を選ぶといいますから、mame58さんが自ら選んだということは、石にも選ばれたのでしょうね、大切にしてください♪

      いいね: 1人

      1. mame58 より:

        CH IRICO様
        こんなに難しいことが、すらすらと出てくるなんて、なんて素晴らしい方なんだろうと思いました。
        わたしの翡翠のブレスレットは、岐阜の伊奈波神社というところの一角にある、小さな神社⛩なんです。でも、なんでも願い事を叶えてくれると地元ではそこそこ有名で、いつ行っても、人がいます。
        大切にします。

        いいね: 1人

        1. CHIRICO より:

          そうでしたか、岐阜の伊奈波神社へは今年の夏に参拝予定でしたが、大雨で中止にしたところでした。
          いつか必ず参拝したいと思います、もちろん黒龍神社にもね😁

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          1. mame58 より:

            そうなのですね、なんだか嬉しいです😊
            伊奈波神社の入口の脇に松尾神社という神社がありまして、鈴も壊れているし、とっても小さいのですが、そこにまつわるお話が好きでした。確か、松尾芭蕉を待っていて、一人寂しくなくなったというお姫様の話だったと思います。今、ググったのですが、出てきませんでした。CH I RI COさんのように素敵に語れませんね 😓

            いいね: 1人

          2. CHIRICO より:

            それは良い情報、ありがとうございます♪
            伊奈波神社を訪ねるのが、ますます楽しみになりました!
            東北を周っていると、松尾芭蕉の句碑をよく見かけましたが、なるほど彼もなかなか隅に置けませんね😎
            ちなみにうちで飼っているうさぎは娘が「そら」くんと名付けましたが、空ではなく芭蕉の弟子の「曽良」くんです😁

            いいね: 1人

  2. Change Therapy より:

    Wonderful photos. Visiting your website has opened up a new world for me.
    Cheers
    Steve

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      Thank you for visiting.
      Articles about nature, shrines and their history in various parts of Japan.
      Japan is a small country, but there are many beautiful things!

      いいね

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