加賀の潜戸:八雲ニ散ル花 06

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出雲国風土記(733年)によると、出雲四大神の一柱として「佐太大神」(サダノオオカミ)の名があります。
この佐太大神とは「サルタ彦」の事だと云います。
また出雲国風土記は、神魂神(カミムスビ)の御子の「キサカ姫命」(幸姫命)がマスラ神(クナト大神)の子を産みたいと願い、そしてサルタ彦が産まれたとも伝えています。
佐太大神誕生の地と伝えられる場所が出雲の北岸にあるというので行ってみたのですが、そこはとても素晴らしい場所でした。

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そこは「加賀の潜戸」(かかのくけど)という、洞窟でした。
キサカ姫は子供を産むのに良い産屋はないものか、と高い所からあちらこちらと探したそうですが、「あそこに良い産屋がある」と加賀の神崎の岬にある岩穴を見つけ、ここを産屋と定めて佐太大神をお産みになったと云います。

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加賀の潜戸のほど近いところに「加賀神社」(かかじんじゃ)があります。
元は潜戸内にお祀りしてあったそうですが、大波で流されることがあり、ここに移したそうです。

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茅葺の重厚な拝殿が見えます。

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御祭神は「枳佐加比売命」(キサカヒメノミコト)、「天照大御神」、「猿田彦命」と「伊弉冊尊」(イザナミノミコト)。
そして「伊弉諾尊」(イザナギノミコト)はのちに合祀されました。

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本殿はあいにく修復中でしたが、やはり茅葺の重厚な屋根が垣間見えます。

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毎年の例祭、20年毎の遷宮の時は、御神体の神輿をかつぐそうです。
潜戸より陸地にお迎えした時の行事が、遷宮の翌日「曳舟神事」(ひきふねしんじ)として残されています。

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普段は神殿の下に格納されている舟を、色あざやかに化粧し四方に竹を立て、しめ縄を張り神様が見えないように幕を張りめぐらし、伊勢音頭を唄いながらチョーサァチョーサァと地区内を練り歩く、神様をお迎えするにふさわしい雰囲気の行事だということです。

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出雲の北岸、島根半島の海岸線は、複雑な地形のリアス式海岸となっています。
「潜戸」(くけど)とは洞窟のことで、「潜戸鼻」と呼ばれる岬の先端には、海食作用によってできたミステリアスな洞窟が2つあります。
加賀港から潜戸観光遊覧船が出ており、船長さんの名ガイドに耳を傾けながら、約50分、探検隊気分で洞窟を見学することができます。

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加賀湾をゆっくり旋回して進みます。

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すぐに大きな岬の割れ目が見えてきました。

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加賀の潜戸は新旧の2つがあり、こちらは奥行き50mほどの「旧潜戸」となります。

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一説には、こちらの潜戸は女性の御陰を表していると云います。

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新潜戸が「神の潜戸」であるのに対し、旧潜戸は「仏の潜戸」とも言われています。
旧潜戸と言う名前も、昔は古潜戸(ふうくけど)だったそうです。

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旧潜戸は上陸することができます。

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桟橋を昇ったところには、なぜか水子地蔵が。

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トンネルがあります。

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ちょっと不気味なトンネルを進みます。

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地蔵が数体ありました。

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その先に出て驚きます。

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「仏の潜戸」と呼ばれる所以たる景色がありました。

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立ち並ぶ地蔵とともに、びっしり積まれた小石。
「一重積んでは父のため、二重積んでは母のため」
死んでしまった子ども達の魂が集まる「賽の河原」です。

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幼くして死ぬことは罪と考えられ、十にもみたない幼子の魂が向かう地獄が、賽の河原だと云います。
父母恋しと泣きながら河原の石を集めて積みあげると、どこからか鬼が現われ、折角積んだ石を片っ端から崩していく地獄です。
そこへお地蔵さんが現われて鬼どもを追い払い、幼い亡者を助けて下さると云います。

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石が積まれた場所には、衣服やおもちゃ、花などがお供えされています。
ここにはいくつかの伝承も伝えられています。

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朝日の昇らない内に来てみると、夜の間に来て石を積んだといわれる子供の霊の足跡が残っているそうです。
しかも片足のみ点々と土のやわらかい所についていて、朝日が昇るといつしか消えていると云います。

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昔、ある船乗りの男が酔った勢いで、船の擢で石塔をすべて崩してしまいました。
が、夜が明けて男が旧潜戸に行ってみると、 石は全部、元のように積んであったそうです。
その後、男の乗った船は加賀の港を出るとすぐ大時化に遭い、船は壊れましたが命だけは助かりました。
男は、石の塔を崩したことを大変後悔し、お国の四国からお地蔵様を送ったそうで、そのお地蔵様は賽の河原の一番奥に安置されていると云います。

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幼子を亡くした母親が、お地蔵様のお姿を紙に刷り写し、「吾子のいます場所を教えて下さい。」と海に流しました。
翌日、旧潜戸にお参りすると、波打際に沢山のお札が打ち寄せられていたそうです。
母親は、やはり此処にきていたのかと、涙ながらにお地蔵様にご加護をお願いしたと云い、その判木は、現在も応海寺に残されているそうです。

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哀しみの降り積もるようなこの場所ですが、ここは昔、海女がお産をした場所だと云う話を聞きました。

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本来、命の誕生する聖なる場所だったのだと思います。
しかし昔は出産は大変なことであり、死産する子も多かったと云います。
そこでいつしか、この場所が「賽の河原」と呼ばれるようになったのでしょう。

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「賽の河原」の「賽」とは「塞の神・幸神」(サイノカミ)のことで、道や峠、河原の守り神だったと、出雲王家末裔の富家伝承は語ります。

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この旧潜戸は、命を見守る、「幸の河原」だったのではないでしょうか。

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再び船に乗り込むと、更に沖に向かって進みだしました。
岸壁には3層の断層がくっきりと見えます。

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岬が見えてきました。

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そこに洞窟があります。

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ゆっくり旋回します。

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これが「新潜戸」です。

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その全貌が見えてきます。

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幅10~20m、高さ20~30m、全長200mの大海中洞窟。

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が、その洞窟の入り口はとても狭いです。
この小型船の横幅ギリギリです。

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船頭さんから「船の中央に座って、バランスを崩さないよう」と指示されます。
あわやぶつかる、緊張が走る一瞬、

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っと無事すり抜けたところに、鳥居がありました。
「誕生岩」と呼ばれます。
出雲国風土記に「加賀の神埼、即ち窟あり一十丈ばかり周り五百二歩ばかりあり。東西北に通れり。いわゆる佐太大神の産生ました処なり」とあります。
加賀神社が元あった場所だそうです。

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新潜戸は、東・西・北の3方向に入口を持つ、長さ200mという広い洞窟です。
キサカ姫が佐太大神をお産みになった神域として深く信仰されていた場所、ゆえに「神潜戸」の別名にもなっています。

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岸壁には美しい断層が縞模様を描いています。

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明治時代の文豪「小泉八雲」は1891年9月、加賀の潜戸に訪れ、
「これ以上に美しい海の洞窟はそう考えられるものではない。海は、この高い岬に洞穴を次々にえぐると、まるで偉大な建築家に似た手腕で、そこに肋骨状の骨を彫り、穹稜(きゅうりょう)の股を刻み、その巨大な作品に磨きをかけた。入口の円天井は高きは水面上二十尺はあろう、また幅は十五尺はあろう。彼の舌はこの穹窿の天井や壁を何億回何兆回と舐めて、ついにこのような滑らかな岩肌を磨きあげたのだ。」
と「知られぬ日本の面影」に記したほど、感動を得たそうです。

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海面は光をおびて、「青の洞窟」さながらの景色を見せていました。

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奥にある洞窟は旧潜戸に繋がっていて、神と仏を繋いでいると云われています。

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「志賀直哉」、「島崎藤村」、「松本清張」などなど、多くの文豪を魅了した加賀の潜戸、その自然の造形美はただただ感動するばかりです。

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入口出口の天井からは水の雫が落ちていて「お乳の水」と呼ばれています。
この雫を受けると乳が出るようになると云われています。

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潜戸を抜けると、変わった形の岩が見えます。

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ここは「錦が浦」と呼ばれ、

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「烏帽子岩」(えぼしいわ)、

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「象岩」(ぞういわ)、

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「亀島」(かめしま)、

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そして「お祓い島」(的島)などがあります。

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沖にはうっすら隠岐の島がみえます。

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佐太大神がお産まれになろうとする時、キサキ姫が大切にしていた弓矢が波にさらわれて流されてしまいました。

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母神は「私の御子が 麻須羅神(まさらおしん)の御子であるならば、失せた弓矢よ出てきなさい」と祈願されました。

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すると、波のまにまに、角の弓矢が流れてきましたが、生まれたばかりの御子は、「これはわたしの弓矢ではない」と投げ捨てられました。

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母神がなお一心に祈願すると、今度は金の弓矢が流れてきました。

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キサキ姫は、まさしく「私の弓矢です」と取り上げると、「なんと闇き窟であることか」と申され金の弓に金の矢をつがえ射通されました。

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その神の奇跡がここに。

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見事、窟を突き抜けた矢はそのまま突き進み、お祓い島も突き抜けたと云います。

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金の弓矢で射通された東口から、光りが差し込んで明るく輝いたため「ああ、かかやけり」と申されたのが、ここ加加の地名のはじまりで、神亀三年、加賀と改められました。

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佐太大神は、このお祓い島を的に弓の稽古をされたので、「的島」(まとじま)とも呼ばれています。
夏至の頃の早朝に的島あたりから昇る朝日の光は、一直線に洞内に射し込み、まさに神のご威光のごとき景色だということです。

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「かか」は古代出雲では幸神の眷属「龍神」を意味していたとも云いますので、加賀の潜戸は黄金の龍神が棲む場所だったのかもしれません。

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