やはり古事記・日本書紀では満足できないあなたへ 〜星祭祀と神門王家考察への誘い

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おおよその旅を終えたと感じる僕は、心に少々空白を抱いています。
かつてのような情熱は、確かに薄らいできたと。
古代出雲王家・富家の存在を知り、その伝承地を訪ねることから始めた旅は、気がつけば9年ほどになっていました。
やがてその影に見え隠れする、母系の一族が気になり、新たな旅のステージが開くこととなりました。
『偲フ花』の「八雲ニ散ル花」シリーズは、大元出版に由来する富家伝承を追った旅を中心にまとめたものです。
伝承に由来する場所を訪ね、その検証を行ってきました。
常世ニ降ル花」シリーズは、富家の口伝を軸としながらも、もっと自由に、少し外れたところまで踏み込んだ考察の旅をまとめました。
月神信仰と常世信仰に通じる、母系を探る旅が中心となります。
今、それを大体やり終えた、と感じています。

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時に最近では、YouTubeやSNSの影響で、富家伝承を指して「出雲口伝」と多くの人が称するようになってきました。
実のところ僕は、この傾向を少し危うい、と感じています。
「出雲口伝」という響きはなるほど、スマートで良いと思いますが、それは富家伝承を正しく表してはいない。
出雲という、かつての王国は、二王政を敷いていた事実があります。
出雲王国の東に、東王家の「富家」(向家)があり、西に西王家の「神門家」(郷戸家)があった、と。
この両者の口伝を総称してこそ「出雲口伝」と表現できるのですが、神門家の口伝は今の所、目にしたことも聞いたこともありません。
富家伝承だけでは出雲口伝と称するには不正確であり、富先生(斎木雲州氏)もその呼称を一切使用しておらず、おそらく嫌ったであろうと思われます。
理由としては、師は、歴史における不正確性、欺瞞性を強く嫌うからです。
なので僕は、出雲口伝という表現を、今は基本的に行わないことにしています。
歴史的正確性を損なわないように、富家伝承は「富家伝承」あるいは「富王家伝承」「向家伝承」「富家口伝」とするべきである、と考えています。

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さて、これだけの旅を経て改めて思うのは、「富家伝承」の確度の高さです。
これは、我が国・日本の失われてきた歴史の、唯一無二の光であり、開かずの扉を啓く唯一の鍵である、と言えます。
鍵を歪めてしまえば、扉は開かぬか、間違った扉を開くことになりかねない。
考察は自由ですが、伝承は歪めてはならないのです。僕が「富家伝承」の呼び名にこだわるのも、ここにあります。
故に「八雲ニ散ル花」と「常世ニ降ル花」のシリーズは分けることにしたのです。

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と、ここに至って、やはり気になるのは、比翼の片鳥・古代西出雲王家・神門家のことです。
彼らの痕跡は、各地にどのくらい残っているのか。
また同時に浮上してきた星信仰の話。
星を崇める必要があったのは、航海を生業とする一族だったはずですが、ならば、渡航術に長けていた西王家・神門家には星信仰があったのではないか。
そこで「常世ニ降ル花」シリーズからさらに分岐して、「満天ニ鳴ル花」シリーズとして、これを紡ぎたいと思いました。
終わりかけた歩みから一歩踏みだす果てしない深淵への旅へ、『偲フ花』ファンの皆様、どうぞ今少しお付き合いくださいませ。

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満天ニ鳴ル花 神門天狼篇

001 神蹟 隠ヶ丘/月讀神社
002 日御碕神社”小野氏・和邇氏考”
002.5 高田神社(美田)”小野氏・和邇氏 追考”
003 姫路神社
004 石上神宮奥宮 八つ岩 “ちょっとだけ物部氏考”
005 長滝九頭神社
006 畝傍山
006.5 東大谷日女命神社
007 池神社(本主神社)
008 阿麻氐留神社と小船越
009 伊奈久比神社
010 鹿々本神社
011 海南刀切神社/船越鉈切神社
012 高家神社
013.1 玉前神社
013.2 神洗神社
013 玉﨑神社
014 國吉神社
015 国造神社(多氏王朝説考)
016 草部吉見神社(漆間氏考)
017 乙姫神社
018 赤水神社(吉松宮)
019 高森阿蘇神社
020 一関八坂神社
021 比々多神社
022 富塚八幡宮
023 山直神社
023.5 久米田寺(久米氏考)
024 伊甚神社
025 大土御祖神社

番外”小野尊俊傳”

推恵神社(松江市)
推恵神社(日御碕)
推恵神社(海士町)
白蛇権現

999 香山

満天ニ鳴ル花 天之高原篇

-01 A氏とT氏と五条な桐彦旅
000 桑野内
001 古戸野神社
002 二神神社
003 橋本
004 宮水神社
005 一水神社
006 うのこの滝
007 馬見原
008 鞍岡・祇園神社
009 鞍岡・妙見神社
010 古我牟礼神社
011 二上山(二上神社・三ヶ所神社・奥宮)
012 椎葉厳島神社
012.5 椎葉村
013 十根川神社
014 嶽之枝尾神社
015 仲塔・尾前
016 日当
017 向山神社
018 白鳥山
019 御池
020 椎葉・天之高原

Special presents「宮﨑茶房」と水神様

5件のコメント 追加

  1. izume-world のアバター izume-world より:

    とても楽しみにしております。今からワクワクします。

    オミツヌ(お水の神、ですねえ名前からして)が国引をした隠岐島からの〜闇見国や狭田国、あたりは父方ルーツの濵がありまして、毎週のようにユラユラ波間を見つめていても飽きません。

    この濵から能登半島へソリコ舟で対馬海流に乗って。。それから隠岐島へ行って。。佐渡島へ。。きっと星の誘いがあったのでしょうねえ。(珍しくロマン♬に浸る)三つの亀星が重要だったんでしょうか。ミカツ星とはオリオン座の三ツ星のよえな気がしてなりませんねえ。大亀星です形も

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  2. izume-world のアバター izume-world より:

    多具って。。。カエルも関係あるのやも(^_^;)

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  3. izume-world のアバター izume-world より:

    大和朝廷に統合され支配下におかれることに最後まで抗ったのが神門家なのかなあ。。と思ったりもします。大神山神社の相見宮司や花田氏等の姓をもつ方々が八千矛の末裔なのかなあとか思いました。

    アヂスキタカヒコも迫害を逃れて土佐へ行ったのかなあ。。とか。葛城の一言主神社にある伝承にも土佐に流されただのなんかありましたよね。

    星神信仰の土着の産土神になった天津甕星命(=天香香背男)ファミリーと代々婚姻関係を結び、それ故迫害されていった部分もあるのかなと。ミカヅとか梶、舵、鍛冶、なんか全部カジがつけば昴、流星、星、三ツ星、オリオン座の三ツ星を想像します。

    アヂスキタカヒコもミカジスキタカヒコ? 舵取りには星詠み必須。あと、なぜに多具国と呼ばれたのか、尾張風土記も気になるところです

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  4. izume-world のアバター izume-world より:

    ならば。。島根半島の2つの多久神社、是非ともオススメいたしまする。なんにもわかりゃしませんでしたが、とにかく心にひっかかるお社。自分はとても両方心地よかったです。隠岐島の焼火神社は行かれてますもんね。多具国は星神信仰の聖地なのかもです。

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  5. Tomi Kaneko のアバター Tomi Kaneko より:

    各分野別にインデックスのような配置になり、非常に読みやすい(探しやすい)です。神門、今後の大きなテーマであることは間違いありませんね。自分も含め(;^_^

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