花の窟神社 巨石崩落

は、花の窟神社で巨石が崩落。。。な、なんですとー!! 『三重県熊野市有馬町の世界文化遺産「花の窟神社」で8日、ご神体の巨岩(高さ約45メートル)の一部が崩れ落ち、石を敷き詰めた拝殿に落下しているのが見つかった。崩れたのは…

都美恵神社:斎王〜倭姫命世記を追う 10

活目入彦五十狭茅天皇の癸巳に、伊賀国敢都美恵宮に遷り、二年間奉斎した。 伊賀市柘植町に鎮座する「都美恵神社」(つみえじんじゃ)は、元伊勢「敢都美恵宮」(あえとみえのみや)に比定される神社の一つです。 長閑な集落の中に、伸…

敢國神社:八雲ニ散ル花 愛瀰詩ノ王篇 04

「これはマズいな」 紀ノ川河口から離れていく物部の船群を眺め、大彦は思案した。 紀元180年の頃、大和の実質的な指導者だったのは彼、大彦だった。 ウマシマジら物部の一党が紀ノ川に上陸した時、大彦は対岸におびただしい数の大…

神内神社:八雲ニ散ル花 木ノ国篇 08.5

三重県紀宝町神内に、社殿のない、横穴のある巨岩を神体とする神社があります。 「神内神社」(こうのうちじんじゃ)、そこへ古代出雲人の祭祀の痕跡を探るため訪ねてみました。 神内神社は、のどかな田園地帯の奥にありました。 すぐ…

大森神社

丹倉神社から再び細い山道を市内に向けて車を走らせます。 奇怪に露出した岩肌が印象的です。 ふと、「大森神社」という案内板を見つけ、気になったので立ち寄ってみました。 参道に足を踏み入れてみると、 なんという清々しさ。 苔…

丹倉神社:八雲ニ散ル花 木ノ国篇 04

自然を愛し、感謝し、そして畏怖した古代の日本人。 「熊野」の奥深い山中には、今なお連綿と続く人々の祈りが残されていました。 三重県熊野市の赤倉にある 「丹倉神社」(あかぐらじんじゃ)を目指して、森深い熊野の山中に車を走ら…

産田神社:八雲ニ散ル花 木ノ国篇 03.5

花の窟神社の西方約1.5km、田園広がるのどかな場所に「産田神社」(うぶたじんじゃ)が鎮座します。 当地は、イザナミがカグツチを産んで亡くなった場所であると伝えられます。 入り口に「さんま寿司発祥の地」とあります。 産田…

花の窟神社:八雲ニ散ル花 木ノ国篇 03

「 一書に曰く、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、火神を生み給う時に灼かれて神退去(かむさ)りましぬ。 故、紀伊國熊野の有馬村に葬(かく)しまつる。 土俗(くにびと)、此の神の魂(みたま)を祭るには、花の時には花を以って祭る…

神戸神社:斎王〜倭姫命世記を追う 08

崇神天皇66年、ヤマトヒメは隠市守宮から穴穂宮へ遷り、そこで4年間奉斎した。 ヒメがその地に至った時、伊賀国造が、箆山葛山戸(みふぢくろかづらやまのへ)と、地口・御田を進呈した。 また鮎取る淵・梁作る瀬など、朝御饌・夕御…

美波多神社:斎王〜倭姫命世記を追う 07

田園の中に建つ、名張市新田の「美波多神社」(みはたじんじゃ)を訪ねてみました。 当社は、「隠市守宮」の候補地の一つとされた、「田村大明神」(たむらだいみょうじん)を合祀していると云われています。 元の田村大明神は、名張市…

名居神社:斎王〜倭姫命世記を追う 06

三重県名張市下比奈知にある「名居神社」(ないじんじゃ)も、「隠市守宮」の候補地とされる神社の一つです。 参道の先にある杜へ足を進めます。 天に突き抜けるような大樹が立ち並びます。 社名の「ナイ」は、地震の古語であると云わ…

宇流富志禰神社:斎王〜倭姫命世記を追う 05

崇神天皇六十四年、ヤマトヒメは伊賀国隠市守宮に遷幸した。 彼の地で二年間奉斎したと云う。 倭姫命世記に記された比定地を巡って、三重県名張市にやってきました。 「宇流冨志禰神社」(うるふしねじんじゃ)です。 境内の入り口に…