英彦山 高木神考:高住神社 :秦ノ千々姫 03

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英彦山の伝承に次のようなものがあります。

継体天皇25年(531年)、魏の国の僧善正が山中で修行中、猟師「藤原恒雄」と会い、殺生の罪を説き聞かせました。
しかし恒雄は、その戒めを聞かず猟を続け、一頭の白鹿を射殺します。
その時、どこからともなく三羽の鷹が飛んで来て、
一羽がくちばしで矢をくわえて引き抜き、
一羽が羽をひろげて傷口をなでて血をぬぐい、
残りの一羽は檜の葉に水にひたして白鹿に含ませました。

すると、白鹿は生き返り、たちまち姿を消し去りました。

その光景を見た恒雄は、白鹿と鷹は神の化身であったと悟り、
弓矢を捨て善正の弟子となり、家財をなげうって上宮三社を建立したと云います。

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英彦山に伝わる牛王宝印は、この三鷹と「彦山御宝」の文字を図様化したものと云います。

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そして英彦山の神紋は「鷹の丸に二引」と、鷹の羽をあしらったものとなっています。
これらの伝承、神紋の由来となった者が英彦山にはいました。
英彦山の元神、「高木神」(タカギノカミ/高皇産霊神,タカミムスビノカミ)です。

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高木神は英彦山を義理の息子「天忍穂耳命」(アメノホシホミミノミコト)に譲りましたが、英彦山の麓、田川、嘉麻、久留米、宮若、京都郡、築上郡、筑紫野、朝倉などには、数多の「高木神社」が鎮座します。
主祭神は当然、高木神であり、これらは「英彦山神領四十八大行事社」「高木神社群」と呼ばれています。
この四十八社全てを調べ、巡ることは困難なので、とりあえず二社参拝してみました。

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英彦山の麓、添田町宮元にある高木神社は、のどかな田園と小川のせせらぐ一角にありました。

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とても侘びた風情です。

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立ち上がった狛犬は、筑豊地方で時折見かけます。

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珍しいうさぎの狛犬がありました。

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朝倉の杷木神社に似たものがあります。

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英彦山の本来の祭神が高木神であり、英彦山の神が「鷹」の姿で現れたということは、「鷹」の神祇が、高木神に由来するということを示しています。
小郡にある「隼鷹神社」の由来でも、高木神は「鷹」の姿で神功皇后の元へ現れたと伝わります。

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高木神の神名は、天に届く高い樹を示すとともに猛禽類の「鷹」を意味していました。

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そして英彦山周辺から朝倉・久留米に至る邪馬台国想定域の間に「高木神社群」が存在し、「鷹」に由来する地名もまた数多く残っています。

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英彦山東麓の豊日別神降臨の地と伝えられる霊峰を「鷹巣山」といい、その第一の末社を「鷹栖宮」(高住神社)と呼んでいました。
また、英彦山がある田川も古くは「鷹羽郡」であったと云います。

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英彦山付近に源流がある遠賀川の流域、直方の神奈備は「鷹取山」といい、田川の後藤寺に鎮座する春日神社の祭神は、弓削太神「豊櫛弓削遠祖高魂産霊命」(トヨクシユゲノトウソタカミムスビノミコト)と、最も長い名で高木神を祀っています。
当社は高木神の末裔とされる「弓削氏」が祀ってきました。

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さらに遠賀川が行き着く先、洞海湾の八幡域にも、鷹羽の神紋を掲げる「鷹見・高見神社」群の存在があります。
これら神社群の本宮とされる穴生の社地のあたりを「鷹ノ巣」と呼び、「高見山」などの名も見えてきます。

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そして、英彦山南麓に位置する日田の名も「鷹」に関わっていました。
「豊西記」という書物に、「湖であった日田盆地に大鷹が東から飛んできて湖水に羽を浸し、羽ばたき、旭日の中を北へ去ると、湖水は轟々と抜けて干潟となった。そして日隈、月隈、星隈の三丘が現れた。」と記されています。
このことから「日鷹」(ひだか)と呼ばれるようになり、のちに「日田」となったそうです。

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嘉麻市小野谷にも「高木神社」があります。

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田園の中にある、この神社は神武天皇が東遷時ここにやってきて高皇産霊神を祀ったと伝わります。

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福岡県神社誌によると、ここが英彦山四十八大行事社の首班であると云います。

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小高い丘の上にあり、

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清い参道が続いています。

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高木神の伝承地には、まだいくつか重要な場所があります。

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田川の香春神社も神紋を「鷹羽」としています。
ここにある香春岳(かわらだけ)は今は石灰石の採掘が行われていますが、太古には銅も産出していたそうです。
香春神社の元宮とされる古宮八幡宮の区域はかつて「鷹巣」と呼ばれる森であり、またこの神社の神は宇佐八幡神の正躰として奉納される銅鏡の化身と云います。
宇佐においても、八幡祖神は「鷹」の姿で現れ、それを祀ったのが宇佐八幡宮の創始に繋がっているという話もあります。

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久留米の「高良大社」(こうらたいしゃ)は、高良玉垂命が御祭神となっていますが、かつては高木神が祀られた山だったと云います。
高良山は古名を「鷹群山・高牟礼山」(たかむれやま)といいました。
伝承では高良山に住む高木神に、高良玉垂命が一夜の宿として山を借りたいと申し出ましたので、高木神はこれを譲りました。
しかしこれを良いことに、玉垂命は結界を張って鎮座し、高木神は山頂に戻れず、仕方なく麓の「高樹神社」に鎮座したと云います。

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この高良玉垂命は誰なのか、と諸説ありますが、僕は「饒速日尊」(ニギハヤヒノミコト)であろうと思っています。
とするなら、伝承は饒速日が高木神から聖地を奪ったことになりますが、英彦山と同様に、高木神は饒速日に、この聖地を快く譲ったのではないかと考えます。
饒速日は「先代旧事本紀」によると「天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊」(アマテルクニテルヒコ アマノホアカリ クシタマ ニギハヤヒノミコト)といい、
記紀によると、天照大神(とスサノオ)の子で英彦山の現祭神である「天忍穂耳命」(アメノオシホミミノミコト)と、高木神の娘「栲幡千千姫」(タクハタチdジヒメ)との間に生まれた神と云います。
また「邇邇芸命」の兄にあたり、「上記」(ウエツフミ)は天孫の斎(いつき)として、九州・臼杵の河内山に降臨したと云い、「日本書紀」によれば、神武東征に先立ち、天照大神から「十種の神宝」を授かって、天磐船に乗って河内国(大阪府)の河上の地に天降り、その後大和国(奈良県)に移ったと云われています。

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さて、正体不明の神で、謎の多い造化三神、その正体が今判りかけてきています。
まず「高木神」の正体、それを思わぬところに見つけてしまいました。

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英彦山の北岳の麓に鎮座する「高住神社」(たかすみじんじゃ)です。

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やや奥まったところにあるので、忘れられやすいのですが、英彦山参拝時にはこちらも参りたいところです。
すぐ近くの駐車場まで車で来れます。

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高住神社は元は「鷹栖宮」と呼ばれていて、御祭神の「豊日別命」(トヨヒワケノミコト)は豊の守護神として鷹巣山に祀られていた神と云います。
豊日別命とはイザナギ・イザナミが産んだ筑紫島(九州)を一つの神と見たとき、体は一つで顔が四つある神(国魂)であるとし、そのうちの2番目の顔の名前が豊日別であると記されています。

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実際はやはり、高木神のことだっただろうと思われます。

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参道を登ると、「天狗杉」という御神木があります。
高住神社には、日本八大天狗の一人であり、九州の天狗の頭目とされる「豊前坊天狗」の伝承も伝わり、この神社の祭神の一柱として祀られています。

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豊前坊は配下の天狗を使って、欲深い者に対しては子供を攫ったり家に火を付けたりして罰を与え、心正しき者には願い事を聞き届けたり身辺を守護したりすると伝えています。
ちなみに日本八大天狗は「愛宕山太郎坊」、「比良山次郎坊」、「鞍馬山僧正坊」、「飯綱三郎」、「大峰山前鬼坊」、「大山伯耆坊」、「白峰相模坊」、そして「英彦山豊前坊」とされています。

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拝殿が見えてきました。

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拝殿は断崖の大岩に飲み込まれるように建っています。

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境内では牛の像が目立ちます。

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高住神社では農作と関わる農耕牛馬の守り神として「豊前坊さま」信仰が生まれたと云います。

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出雲王の直系の子孫の伝承を記した大元出版社の「出雲と大和のあけぼの」を眺めていると、巻末資料の系図の中に、高木神の名をみつけました。
元伊勢「籠神社」の祭祀家で有名な海部氏の系図と、出雲国王の系図に「高木栲幡千千姫命」の名が記されています。
海部氏の系図では「彦火明」の母親として、出雲国王の系図では「饒速日」の母親として、同じ「高木栲幡千千姫命」の名を見ることができます。
それもそのはず、彦火明と饒速日は同一人物です。
この秦国からの渡来人は2度日本へやってきますが、最初は島根の岩見へ上陸し火明と名乗り、2度目の来訪は佐賀へ上陸し饒速日と名乗ります。
そして2度目の来訪では母、高木栲幡千千姫も一緒に渡来したようです。

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記紀の中の高木神を見てみると、「思兼命」「栲幡千千姫命」「天忍日命」「三穂津姫」「天太玉命」「天活玉命」の6人の子を産んだと記されています。
記紀はごまかした内容の辻褄を合わせるため、複数の人物を一つの神にまとめてしまったり、逆に一人の人物を複数の神として表記しています。
なので何も知らずこれを信じてしまうと、史実を理解することが困難になってしまいます。

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高木神は記紀の中でその子と書かれている栲幡千千姫のことであり、その夫である天忍穂耳命は饒速日の父親ということになります。
筑前筑後に広がる「鷹」をシンボルとした一帯を支配したのが、この両親神ということではなく、実際の支配者は息子の饒速日であって、聖地英彦山に彼が祖を祀ったということでしょう。
秦の始皇帝から命を受け、蓬莱山を求めて二度目の来日を果たした饒速日は、3000人の童男童女を率いて筑前筑後に支配域を広げます。
製鉄の技術を持った彼らは、そこにある鉱山から銅などを錬成し、様々な武具を作り出します。
そうして出来上がった武装集団と道教を元にした独特の宗教観を有した一族は、やがて物部族と呼ばれ、日本の歴史の中で重要な役割を担っていきます。
彼らの姿は、知的な猛禽類である「鷹」のように感じられたことでしょう。

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英彦山の名の由来である「日子」についてですが、饒速日が信奉した道教は星を神聖視していました。
しかし星の神は当時の日本ではさほど人気がでなかったようです。
古代日本において熱狂的に支持されたのは出雲王家が祭祀した「太陽の女神」でした。
その太陽の女神に対抗するかのように、饒速日を神格化する人たちは、彼を次のように呼びました。
「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」(アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤヒノミコト / 先代旧事本紀)と。
これを踏まえて、日の子の名が、当山につけられたのではないでしょうか。

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境内の奥に「大天狗の霊水」と書かれた御神水があります。

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栲幡千千姫と饒速日は筑紫で亡くなったと云います。
高天原英彦山には、彼らの御霊が眠っているのかもしれません。

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