太歳神社

投稿日:

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寛延2年(1749年)、備後の国・三次。
生ぬるい風が吹く、真夏の夜。
馬洗川には、かがり火を灯す鵜飼の舟がゆらゆらと浮かんでいた。
町内の屋敷に住む一人の青年、稲生平太郎の前には、歳の頃40ほどの裃を着た武士がいた。
すると部屋の炉の灰は膨れ上がり、大きな坊主頭になって中からはミミズがうねりながら飛び出してきた。
壁中にはぎょろりと無数の目玉が現れる。

「今夜はいかなる怪異であろうか。ずいぶんと物々しい出で立ちであるが、毎夜のことならば私も早々には驚きませぬぞ」

5月のことであったが、平太郎は燐家に住む相撲取りの権八と肝試しを競うことになった。
その時、比熊山の山頂にある「たたり岩」まで行って岩を触ってくることになった。
その岩は触れただけで即死し、指差しただけでも吐血すると町では噂されていた。
権八は最初こそ意気揚々と山を登っていたが、闇夜に揺れる草木や得体の知れない鳴き声に恐れをなし、途中で逃げ帰ってきた。

「お前だって逃げ降りるさ、この山には何か恐ろしいものが棲んでいるぞ」

ところが平太郎は肝の据わった男であった。
暗闇の山道も、草木の擦れる音も、動物の鳴き声も物ともせず、あっという間に比熊山の山頂まで登ってしまった。
そこには一つの岩があったが、それがたたり岩だった。
平太郎は少しためらったが、その岩に手を当ててみた。

それからというもの、しばらくは平穏な日々が続いたが、7月1日の深夜にそれはやってきた。
平太郎が屋敷で床につこうとしていると、唐突に髭手の大男が現れて彼をわしづかみにした。
大男の目からは、眩しい太陽のような光が差してくる。
平太郎はこれを刀で応じ斬り伏せると、大男は姿を消した。
この時、権八の家にも一つ目の童子が現れていたという。

2日の夜は、行灯の火が突然燃え上がった。
平太郎は驚くこともなく、そのまま眠ることにした。
彼が床にはいると、居間で水がざぶざぶとわき出したが、しばらくすると水はひいてしまった。
次の日、平太郎が起きてみると、焼け跡すら見あたらない。

こうして毎夜毎夜、妖が平太郎の前に現れたり、怪異が起こり続けた。
そして30日目の今夜は、それまでの妖とは雰囲気の違う大物が現れたと平太郎は感じた。

「拙者は山ン本五郎左衛門と申す魔物の主である。長年多くの者を見てきたが、そなたのような勇気のある者は知らぬ。
まこと感服申した。よって拙者をいつでも呼び出せる小槌をそなたに与えよう」

山ン本五郎左衛門と名乗った武士の魔物は、木槌を平太郎に手渡した。
そして多くの妖怪が担ぐかごに乗り、雲のかなたに消えていったのだった。

– 『稲生物怪録』 –

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20数年前、僕が初めて三次にやってきたときはコンビニも無く、果たしてこんな田舎で生きていけるのだろうかと心配になりました。
しかし住めば都、美しい三次に、完全に魅了されてしまったのです。

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三次は広島県北、島根との県境にある盆地の街です。
春は桜が咲き乱れ、夏は暑く、馬洗川では鵜飼の風物詩を見ることができます。
秋の雲海はことさら美しく、冬はしっとりとした雪に覆われる。
それまでインドア派の僕が、日本の自然美に目覚め、お隣の出雲の影響もあってますます神話の世界にのめり込んだきっかけとなったのが、この三次でした。
故に僕の心の古里、それが三次なのです。

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三次は比婆牛の焼肉をお手頃に食べることができます。
口の中で肉が溶ける、というのを僕が生まれて初めて体験したのがこの肉です。
三次は高級フルーツのピオーネの産地ですが、農協で房落ちを求めれば、袋一杯のピオーネをワンコインで購入できました。
魚は少ないですが、サメの煮凝りが名産です。(ただしあまり美味しいものでは無い)

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三次の周りには神話の伝承地「比婆山御陵」があり、UFOもたびたび目撃されるという日本ピラミッド「葦嶽山」があり、ツチノコがでるという上下町、座敷わらしが棲まう「そば処 わらべ」さんがあります。

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そしてこの三次は、岩手・遠野にも負けずとも劣らない、知る人ぞ知る「あやかしの町」でもあるのです。

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宇河弘樹氏の少々マニアックな漫画『朝霧の巫女』(あさぎりのみこ)は、この三次が舞台。
三次に伝わる『稲生物怪録』(いのうもののけろく/いのうぶっかいろく)がベースとなっています。

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「朝霧の巫女」のヒロイン稗田 柚子(ひえだ ゆず)ら三姉妹の実家である神社のモデルがこの「太歳神社」(ださいじんじゃ)。
三次市内にこんもりと盛り上がった比熊山の裾野に鎮座する神社です。

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当社は木花佐久夜毘売命を主祭神とし、天津彦々火瓊々杵尊、大山祇神を配祀しています。

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少し急な階段を上ると

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風格のある社殿が姿を現します。

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大同3年(808年)に出雲国神門郡青柳郷吹上島より勧請したことに創まると伝える当社。
地名から西出雲王家・郷戸家に所縁があるのでしょうか。

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中には物々しい天狗の面や

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龍の彫り物が奉納されています。

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永く地元領主だった三吉氏の尊崇を受けたが、関ヶ原の戦いの際に毛利家臣として西軍に与したことから戦後に改易。
その後は安芸国の領主となった福島正則や三次の領主となった浅野長治によって尊崇されたと云います。

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現在の社殿は万治元年(1658年)に消失した後に再建されたものと伝えられていました。

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さて、この太歳神社の裏にある比熊山山頂付近にあるという「たたり岩」、正式には「神籠石」と呼ばれるものですが、この岩に触れると数日後に不幸が訪れると古くから言い伝えられています。

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三次に住んでいた当時もいつかは登ってみようと思っていた比熊山、比婆山御陵もそうでしたが、近いと意外と行かないもので、20数年後になってようやく思いを果たすことにしました。

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神籠石までは30分、ひたすら登っていきます。

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この比熊山には山岳信仰の痕跡が残っており、道脇には八十八ヶ所の石仏が鎮座しています。

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八十八ヶ所巡りをしながら神籠石も楽しめるとは一石二鳥。

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などと余裕をぶっこく隙はなく、ほうほうの体で登っていきます。

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空に突き出た神社を発見。

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神社ではなく大師堂でした。

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ああ麗しき三次の町並み。
この素朴さがたまりません。

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ここから

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右に折れたり、

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左に折れたりしながら、山道を登り進めます。

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『稲生物怪録』は、江戸時代中期の寛延2年(1749年)に、備後三次に実在した稲生正令、通称・稲生武太夫(幼名・平太郎)が16歳の年に体験したという、妖怪にまつわる怪異をとりまとめた物語です。
肝試しでたたり岩に触れた平太郎は、2ヶ月後の7月1日から30日にわたって、怪異に悩まされます。

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毎日毎日、女の逆さ生首が平太郎をなめ回したり、蟹のような石の妖怪ががさがさと近寄ってきたり。

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平太郎は毎回動じることなく、適度に相手にしたり、相手にしなかったり。

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そうして30日目、妖の総元締め、「山ン本五郎左衛門」(さんもとごろうざえもん)が姿を現すのです。

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山ン本は裃を着た40歳ほどの武士の姿で平太郎の前に姿を現して名乗り、「自分は神ン野悪五郎(しんのあくごろう)と魔王の頭の座をかけて勇気ある少年を100人驚かせるという賭けをしていた」と語りました。
そしてインド、中国、日本と渡り歩いて、86人目に平太郎を驚かそうとしたのですが、平太郎がどうしても驚かなかったため自分の負けとなり、自分はまた最初からやり直しをせねばならないと言って、平太郎の気丈さを褒めたたえたのです。

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さて、ようやく目的地に辿り着くことができました。

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ほほう、これが後に災いをもたらすと云う「たたり岩」ですか。
触れただけで即死し、指差しただけでも吐血するという伝説のある岩。
正直もっと大きくておどろおどろしいものを想像していました。

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正面から見ると爬虫類の頭のようであり、

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後ろ姿は魚類を思わせます。

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この辺りはというと、平地が広がっており、千畳敷と案内板には記してありました。
この景色、どこかダンノダイラを彷彿とさせます。

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そしてたたり岩のある一帯だけが細長く、高台になっています。

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上ってみました。

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すると千畳敷一帯を見下ろすこの景色。
どうでしょう、この高台に姫巫女が立ち、下で群衆が崇める姿が目に浮かぶようです。

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このたたり岩から北東に30kmのところに比婆山の御陵があります。
ここは三輪山の鳥見山霊時のような、比婆山の祭の庭だったと考えるのはどうでしょうか。

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ともかくも、このたたり岩は、本来の名称の神籠石の方がその本質を表していると思われ、つまり巫女や王家の舞台と一般人用のエリアを分ける結界を示しているのでしょう。
故にこの先へ進むことはまかりならぬと言われていたことが、触れれば祟られるというように歪曲して伝わったのではないかと。

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もちろんこの神籠石を、僕は触れることはないのですが、仮にご利益があると伝わる磐座でも御神木でも、僕は無闇に触れることはしないのです。
まれにちょっとだけ、失礼しますと触れることはありますが、それでもベタベタとは触りませんし、まして抱きついたりはしません。
なぜなら自分だったら、見知らぬ人にベタベタされるのは嫌だから。
神さんだって同じでしょう。

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触らせてもらうなら、手を握らせてもらうようにそっと触れるだけ。
それだけで十分温もりは伝わりますし、触れずとも同じです。
時々、ツルツルにてかっている御神木を見かけたりしますが、それを自慢のようにおっしゃる神主さんもいらっしゃいますが、身動きも意思表示もできない御神木にとってはよい迷惑じゃないかと同情してしまいます。
僕も頭をいろんな人にわしゃわしゃ触られてハゲたら、そりゃもう怒り心頭に発するというものです。

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まあそんな気持ちを訴えているように感じた、たたり岩なのでした。

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2件のコメント 追加

  1. KYO より:

    十年ほど前の一時期、私も広島に住んでいました。三次は鵜飼と君田のひまわりを観に行ったことがあります。
    島根もですが、神楽が盛んで、いろいろ観て楽しんだのも懐かしい思い出です。
    一方、広島県内の神社は厳島神社を除くとあまり行かなかったように思います。なんて思いながらこの投稿を見ています。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      神楽は良いですね。
      人気の石見神楽も一度見たいと思っています。
      そう言われてみれば、広島の神社ってそんなに多くありませんね。
      まあ厳島神社はピカイチですけど。

      いいね: 1人

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