比婆山御陵:後編

投稿日:

4050161-2021-04-16-21-26.jpg

さていよいよ御陵に向けて出発です。

4050159-2021-04-16-21-26.jpg

ブッシュが深くなってきたので、熊除けの鈴を装着。

4050162-2021-04-16-21-26.jpg

標識は細かく設置されており、道に迷うことはありません。

4050164-2021-04-16-21-26.jpg

ただどこまでも、道は続きます。

4050165-2021-04-16-21-26.jpg

比婆山(ひばやま)は、広島県庄原市にある標高1264mの山(比婆山連峰の最高峰は立烏帽子山1299 m)。
中国山地中部にあり、比婆道後帝釈国定公園に属しています。

4050167-2021-04-16-21-26.jpg

しばらく歩くと、案内板が見えてきました。

4050168-2021-04-16-21-26.jpg

なるほど、この辺りの樹木はブナでしたか。

4050169-2021-04-16-21-26.jpg

ブナといえば青森のマザーツリーが印象的でしたが、確かに女神の御陵を見守るのにふさわしい、柔和な樹木です。

4050171-2021-04-16-21-26.jpg

目的地が近づいてきました。

4050172-2021-04-16-21-26.jpg

池の段を降ったところから御陵までは、なだらかな坂道を登っていきます。

4050174-2021-04-16-21-26.jpg

ゆっくり登っていけばそれほど厳しい道ではありませんが、いつも予定詰め詰めの僕は、時間を惜しんでハイペース。

4050175-2021-04-16-21-26.jpg

なのでまあ、結構きついです。

4050177-2021-04-16-21-26.jpg

ゴツゴツとした石がたくさん現れ始めたら

4050179-2021-04-16-21-26.jpg

もう一息。

4050178-2021-04-16-21-26.jpg

僕が三次に住んでいたのは、25年ほど前のこと。

4050182-2021-04-16-21-26.jpg

その時、幻想的な御陵の写真を見て、当地への参拝を夢見たものです。

4050183-2021-04-16-21-26.jpg

一度は登拝を試みるも、当時はインターネットも今のように普及しておらず、麓の熊野神社までしか到達できませんでした。
もう、あれから25年かぁ。

4050185-2021-04-16-21-26.jpg

何か雰囲気の違う木が立っています。

4050184-2021-04-16-21-26.jpg

これは「門栂」(もんとが)というのだそう。
天然の樹木による結界、鳥居のようなものでしょうか。

4050187-2021-04-16-21-26.jpg

「木の母」と書いて「とが」。
正しくは「いちい」だそうで、東洋における最長寿木、古代神殿造営材として重用されたもので、アララギの語源があるのだそうです。

4050186-2021-04-16-21-26.jpg

しかし結界の一本は、無惨にも折れていました。

4050188-2021-04-16-21-26.jpg

代わりに神籠石のような磐座が背後に鎮座しています。

4050190-2021-04-16-21-26.jpg

「神聖之宿処」の石碑、

4050213-2021-04-16-21-26.jpg

その先はついに念願の

4050193-2021-04-16-21-26.jpg

比婆山御陵が姿を晒していました。

4050194-2021-04-16-21-26.jpg

こんもりと盛られた円丘の上に置かれた磐座。

4050195-2021-04-16-21-26.jpg

その場所はイチイの木に隠され、ブナの木に守られて在りました。

4050200-2021-04-16-21-26.jpg

ここが古事記にいう、伊邪那美命を葬った比婆山であるとされ、古来より信仰の対象となってきた場所。

4050203-2021-04-16-21-26.jpg

古事記に「伊邪那美神は、出雲国と伯伎国との境の比婆山に葬りき」と記され、この山が「御陵の峰」だと伝えられます。

4050205-2021-04-16-21-26.jpg

なるほど、イザナミ神話が架空のものだとしても、当地には名のある戸畔が眠っているのかもしれない。

4050210-2021-04-16-21-26.jpg

とても静謐な場所であり、太古から時が止まっているような、そんな気がしてきます。

4050211-2021-04-16-21-26.jpg

いつまでも留まっていたい魅力を感じつつも、名残惜しく当地を後にしました。

4050212-2021-04-16-21-26.jpg

c1d-2021-04-16-21-26.jpg

4050243-2021-04-16-21-26.jpg

さて次の予定もあることなので、帰路を急ぎます。
が、ここで気になる標識が。
太鼓岩へ100m、産子の岩戸へ150m。
う~む、気になる。

4050214-2021-04-16-21-26.jpg

駆け足で寄り道してみれば、小さな神社がありました。

4050215-2021-04-16-21-26.jpg

「命神社」(みことじんじゃ)、広島で最も標高の高い神社だそうで、ここが奥宮、イザナミを祀る真の聖地であるということです。

4050216-2021-04-16-21-26.jpg

まるで磐境のような石組に囲まれた、小さいながらに厳かな神社。
その背後に何かあります。

4050217-2021-04-16-21-26.jpg

なんだこれは!見事な円錐形。

4050238-2021-04-16-21-26.jpg

そして積み木を積み合わせたような造形。

4050237-2021-04-16-21-26.jpg

これが太鼓岩、正式には「恵蘇烏帽子岩」(えそえぼしいわ)と呼ばれる磐座で、この比婆山信仰で特徴的なものとなります。
なにゆえ特徴的というのか。

f625ffe1905a005ce89acd9d56742a8e_2-21-2021-04-16-21-26-1.jpg
『日本誕生の女神 伊邪那美が眠る比婆の山』-庄原市比婆山熊野神社解説本編集委員会-の資料から。

比婆山の御陵、及び命神社には非常に対称的な4つの参道が設けられ、複数の神籠石に囲まれ、更に備後烏帽子岩と出雲烏帽子岩に南北を挟まれる形で神域が形成されているからなのです。

4050218-2021-04-16-21-26.jpg

そして奥宮の背後に鎮座するこの恵蘇烏帽子岩が、中でも最も重要な烏帽子岩であり、それを裏付けるものがさらにこの奥にあります。

4050234-2021-04-16-21-26.jpg

岩だらけの道、

4050219-2021-04-16-21-26.jpg

巨石もころがる

4050231-2021-04-16-21-26.jpg

その道の先には、

4050232-2021-04-16-21-26.jpg

これはー!

4050225-2021-04-16-21-26.jpg

I ☆ ZU ☆ MO ☆彡。
なんということでしょう、まさに出雲の女神の磐座が堂々と鎮座しているのです。

4050223-2021-04-16-21-26.jpg

これが産子の岩戸と呼ばれるものですが、紛うことなき出雲のサイノカミの磐座です。

4050226-2021-04-16-21-26.jpg

今にも赤子を産み落とそうとする姿に似ていると案内板にありますが、

4050227-2021-04-16-21-26.jpg

その姿は夫婦岩のそれ。
こんな岩に興奮しているおっさんを見て、人はTHE HENTAIと思うかもしれませんが、僕は至って紳士です。HENTAIという名の紳士です。
古代には出産は命懸けであり、また幼児の生存率もかなり低いものでした。
人はいかにして子孫を残すかということが何よりも重要なことであり、命を世に生み出すということはことさら神聖なものだったのです。
たぶん。

4050230-2021-04-16-21-26.jpg

山奥で、山頂でこんな磐座を発見すればそりゃテンションあがりますわ。
誰だって頬をすりすりしたくなるはずです!いやしないけど、僕はね。
それにしても素通りしなくて良かったよ、たぶんこれが真の御神体。
御陵だけでは片参り、どころじゃなかったって話です。

4050220-2021-04-16-21-26.jpg

考えてみれば、すぐお隣は奥出雲です。
出雲族がなだらかな女神の神奈備を登り、そこにこの磐座を見つけた時はエキサイトしたことでしょう。
下の太鼓岩はこの産子の岩戸に合わせて作ったものかもしれない。
そして天宮山の磐座の側に王族の遺体を埋葬したように、御陵に名のある戸畔を埋葬したのでしょう。

4050229-2021-04-16-21-26.jpg

思いっきり疲れがぶっ飛びました。
比婆山御陵の情報はずいぶん流れるようになってきましたが、この産子の岩戸の情報はほとんどみかけません。
また富家の伝承を知らなければ、この磐座を見ても、せいぜい中学生が喜ぶ程度の卑猥な想像をして終わるのが関の山。
ここに出雲を感じることはなかったでしょう。

4050240-2021-04-16-21-26.jpg

ちなみに護符の水という水が湧き出ていると案内板がありましたが、見渡してもそれらしきものはなく、枯れてしまっているのかどうか。

4050242-2021-04-16-21-26.jpg

c1d-2021-04-16-21-26.jpg

4050246-2021-04-16-21-26.jpg

さて帰路につくとします。

4050248-2021-04-16-21-26.jpg

行きも遠かったが、帰りも遠い。

4050251-2021-04-16-21-26.jpg

沢をいくつか乗り越え、

4050253-2021-04-16-21-26.jpg

ひたすらに、キリコ号が待つ立烏帽子駐車場を目指します。

4050254-2021-04-16-21-26.jpg

帰り道もなかなかの上り坂。

4050255-2021-04-16-21-26.jpg

ぐぬぬ、と登った先に何やら物陰が。
ひ、ヒバゴンなのか!?

4050256-2021-04-16-21-26.jpg

なんじゃこりゃ、ずり落ちんばかりの巨石が登場です。
こいつがラスボスか!

4050258-2021-04-16-21-26.jpg

これは「千引岩」(ちびきいわ)。
命辛々逃げ延びたイザナギは、黄泉の入り口をこの大岩で塞ぎました。

4050259-2021-04-16-21-26.jpg

怒ったイザナミは「こんなひどいことをするなら貴方の国の人を私は1日に1000の人間を殺してやるわ!」と叫びます。
これに対しイザナギは「愛しい人よ、それなら私は産屋を建てて1日に1500の子を産ませるよ」と返したという。

4050260-2021-04-16-21-26.jpg

国をも造った仲睦まじい夫婦神は、黄泉比良坂を後に離縁したのでした。

4050263-2021-04-16-21-26.jpg

ということは僕が下山してきた道はヨモツイクサが迫ってくる黄泉比良坂だったのか。

4050264-2021-04-16-21-26.jpg

ということは、ひょっとしてヒバゴンや全裸のおっさんはヨモツイクサであったか、なるほど納得。

4050266-2021-04-16-21-26.jpg

でもこの千引岩、道塞いでいなんですけど。
やってくるじゃん黄泉の国から、いろんなモノが。。

4050268-2021-04-16-21-26.jpg

なんて後ろを振り返りつつ歩みを進めれば、いつの間にか、我が愛しのキリコ号のすぐそばまで来ていたのでした。

4050271-2021-04-16-21-26.jpg

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください