「ええ今思えば、あれは貴重な体験だったのかもしれません」
そう言う氏の額から頬にかけて、冷たい汗が一筋流れた。
「私には霊感などないのだと思っていました。でも、あの日…」
それは4月初旬のことだったという。
広島県北の山村のそれは、夜には底冷えする寒さで、暖を取るのは敷かれた布団しかないのだそうだ。
氏はすぐに布団にくるまり、早寝することにした。
「ふと目が覚めたんです。手元のスマホを確認すると、ちょうど深夜の2時ごろでした。
変な時間に目が覚めたなと、薄明かりの灯る天井を眺めていました。まだ意識はぼんやりとしていたんです。
ミシッ、キシッっとあちこちから音がしていました。古い家だから昼夜の寒暖の差で、柱などが軋んでいるのでしょうが、ガタッ、ゴトッっと妙な音もたまに混ざっていました。そのうち、なんだか微かに女の子の歌う声のような、音楽のような、そんな音も聞こえてきました」
しかし氏は、まだその時は冷静だったという。
「でもはっきりと聞こえるわけじゃない。外は風も強かったし、風切り音か何かかなと思っていたのです。私も良い大人ですよ、このくらいで取り乱しては情けない」
そうして氏は再び眠りにつこうとしたのだそうだ。
「だけどね、その時でしたよ。
バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ…
激しく部屋の外を走りまわる音がしたのです。音の大きさから言って、ちょうど子供二人が追いかけっこをしているような感じでした。
そのうち天井からも、ガタガタガタガタガタ…と何かが走りまわる音がする。
それはもうはっきりと。幻聴なんかじゃないですよ、私は完全に目が覚めていましたからね。
私は恐ろしくなって身動きもとれず、ひたすら布団にしがみついていました。
数十秒のことだったと思うのですが、私には、その時間がとても長く感じられました。
それで走りまわる音がピタッと止んだんです。ふうと息を吐いたその時ですよ。目の端に映る、そう足元の方のふすまです。そこが少し隙間が開いていたのですがね、そのふすまがですよ、すっ、すって少しずつ開いていくんですよ。そして小柄な何者かが、ぬっと中に入ってくるではありませんか。
心臓が止まるかと思いました。
それは私のお腹の上に、どすんと乗ってきたんです。
ハァっ、ハァっ…過呼吸を起こすかと思うくらい私の息は荒くなりましてね、
そしてそれは私の顔の方に身を乗り出して、、、
くぁwせdrftgyふじこlp」
- 五条 桐彦「座敷わらし 譚」 ー
※当記事の初投稿は2021年4月19日のものです。僕が五条桐彦の名前を世に出したのは、この記事が初でした。
2022年8月23日、三次わらべのお母さん「澤口則子」さんが亡くなられたとの訃報をコメントでいただきました。
悲しい。もうひと目、お会いしたかったです。
わらべはとてもお美味しい蕎麦を食べさせてくれる良い店です。これからも変わらず存続していかれることを願っておりますが、やはりお母さんがいらっしゃったからこその、あの場所だったとも思ってしまいます。帰る故郷をまた失ってしまった、そんな思いです。
ただあの古民家の蕎麦屋で、懐かしい匂いと共にわらしさん達と今も戯れているお母さんの姿が見えるような、そんなイメージが脳裏に浮かびます。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
広島県北の三次(みよし)に私は1年間だけ住んだことがあるんです。
そこは四季がとてもはっきりとしていてね、自然が美しいところなんですよ。
私が自然愛に目覚めたのは正にこの時で、以来、三次は私の心の古里となった。
その三次でも吉舎町に近い、さらに田舎の方にね、「手打そば 山菜料理 わらべ」という店があると知ったのは数年前のことでした。
甲奴町の小童(ひち)という所です。
そのわらべさんは蕎麦屋なんですが、1日2組限定で宿泊もさせてくれる。
蕎麦屋なのにですよ、面白いですよね。
それでナビを頼りにたどり着いたところは「旅籠屋わらべ」とありました。
今日の宿泊地はここだろうと訪ねてみると、誰もいない。
おかしいな?とあたりを見回していると、後ろから小柄な女性が声をかけてきました。
「あんたわらべに来たとやろ、ここじゃなかよ、あっちのそば屋の方じゃけ」
あまりに突然のことだったので、私は驚きました。
その小柄な女性が言うには、この旅籠屋のほうはイベント等に使用される建物で、宿泊は蕎麦屋でやっているとのこと。
へぇ、本当に蕎麦屋に泊まるのか。
そしてほんの少し歩み進んだところに、屋根の高い、古い作りの蕎麦屋があったのです。
この侘びた山村に佇む何気ない蕎麦屋が、実はミシュランの星を獲得しているという話です。
築250年以上の古民家を改装し、20数年前から手打ちそばと山菜料理の店として営まれてきたのだと。
しかしこのそば処 わらべの名を世に轟かせているのは、ここに「座敷わらし」が棲んでいる、わらしさんに逢える店という噂の方が大きいのである。
実際、私もその情報を聞いて、いつか訪ねてみたいと思っていました。
そうして今日、この店先に立っているのです。
店内はなるほど、昔ながらの古き良き雰囲気を醸し出している。
店売商品が所狭しと並んでおり、眺めているだけで楽しくなってくる。
この建物はもともと、女将の「澤口則子」さんの生家なのだそうだ。
私は澤口則子さんをお母さん、と呼ぶことにした。
「奥の部屋へどうぞ」
そうお母さんに言われて、僕は奥の座敷に足を運ぶ。
すごい、素敵な部屋だ。
普段、お客さんがそばを食べる部屋に布団が敷かれていた。
蕎麦屋なのだから、当然である。
それにしても掛け軸やお琴など、年代物の置物が目に入る。
「あの着物はお母さんのものですか」
「そうじゃよ、もう少ししたら花嫁衣装なんかも飾るけぇ」
お母さんは骨董や歴史的なもので店内を溢れさせたいのだそうだ。
部屋でくつろいでいると、若い女性がやってきた。
「あの、お風呂はどうなさいます?」
私はこの日、比婆山御陵の登山を終えてきていた。
「汗を流したいので、先に入らせていただきます」
「いえ、ここは蕎麦屋なので、お風呂がないんです。近くのお風呂屋さんに入ってきてもらえますか」
「えっ、そうですか、なるほど。では風呂屋はどこにありますか」
「よく分かりませんが、車で15分くらいのところにあると思います」
これは私の調査ミスでした。
そば処 わらべでは、先に風呂を済ませてチェックインするのがお約束。
すぐに検索すると、なるほど車でちょうど15分のところに温泉施設があるではないですか。
ではさっそく行きますか。
「あ、ちょっと待ってください。6時には夕食なのでそれまでに…」
時計の針は5時15分を指している。
私は慌てて車のエンジンをかけたのだった。
5時30分、温泉施設に着いたが、カーテンが閉まっている。
「南無三!」
もはやこれまでか、そう思ったが、
裏に回れば、風呂屋をやっていた。
助かった。
とにかく体を洗って湯船に浸かる。
あわわ、もう45分。
体も半乾きでパンツを履いた私は、一目散にわらべを目指す。
どうにかジャスト6時に間に合った。
「風呂は入れたな」
「ええ、なんとか」
囲炉裏があるところで夕食をいただく。
奥のこたつが、お母さんの定位置だ。
そば処 わらべの夜の楽しみは座敷わらしばかりではない。
見よ、この夕食を。
山菜の天ぷらをはじめとした、素朴でありながら滋味を感じる田舎の料理。
ひとつひとつがとても丁寧に作られている。
海無し地方なのに、伊勢海老を加える心遣い。
そして最大のお楽しみは、やはり蕎麦なのである。
薄く細い麺が、つるっと喉に消えていく、旨い。
食事の後は、お母さんのこたつにお邪魔して、歓談を楽しむ。
宿は2組限定。この日は私の他に、姉弟と見紛うような若いお母さんと小学生くらいの少年が泊まっていた。
和気藹々と4人の会話に花が咲く。
座敷わらし云々もさることながら、そば処 わらべの一番の魅力はお母さんなのだと気がつく。
このお母さんは実はすごい人で、テレビに出るような著名な霊能者も皆、会いに来る程なのだとか。
「奥の部屋によ、饅頭置いとったらこんなんなっとった」
見せてくれた饅頭がこれ。
なんじゃこりゃ。
猫でもこんな食べ方はしないだろう。
「奥の部屋とは?」
「その母子の部屋じゃね」
「あ、どうぞ見てください」
私は若い母子が今夜泊まるという部屋を覗かせてもらった。
ああ、なるほど。
不思議な体験が多く起こるという「座敷童の部屋」。
飾られたおもちゃや子供服は、お客がお土産として置いていったものだそうだ。
部屋の一角には、比婆山とそば処 わらべが、放射状に聖地と結ばれたレイラインが書かれていた。
この部屋に泊まれなかったのは残念だったが、少々訳アリそうな若き母親に、幸あるように願って私は自分の部屋に戻ることにした。
まさかその夜、身の毛もよだつような体験をすることになるとは、思いもよらず。
「昨夜は眠れたな」
やや呆然と起きてきた私に、お母さんは事もなげに声をかけてくる。
朝食は意外にも洋食だった。
「いや、凄かったです」
それ以上、言葉が見つからなかった。
「ところでそれ、なんで尻尾が描いてあるんです?」
壁の一端に、龍だろう、その尻尾だけが描いてっあった。
「そこの蔵に行っておいで」
ちょうどお母さんのこたつの部屋の先から外に、鳥居でつながる蔵があった。
その蔵の中は撮影禁止だったが、見事な龍が描いてあった。
「あれが頭で、これが尻尾やろ。このこたつの上に胴体があるんよ。ここにおるあんたたちにも、良いことが起こるよ」
20数年前に蕎麦屋を始めたお母さんは、どこからともなくささやく声が聞こえてきたり、足音が聞こえたり電灯が消えたり、奇妙なことが続いていたのだという。
そうするとある日フランス人がやってきて、ミシュランの星をつけていった。
その後も毎年ちょっとずつ良いことが起こり、これは座敷わらしのおかげだと言うことになったのだそうだ。
それならば、この幸せを多くの人に分けてあげるのが私の使命と、今も蕎麦屋の傍ら私のような宿泊希望者を受けてくださっているのだ。
しかし私は思う。
このお母さんがいるから、座敷わらしもここに棲んでいるのであろう。
お母さんこそが福の神なのだ、と。
この帰り道、私は石見の彫刻家「田中 俊睎」(たなかとしき)さんと劇的なご縁をいただいたのであった。
もっとお母さんとお話をしていたかったが、後ろ髪を引かれつつもわらべを後にした。
そういえば最初に旅籠屋のほうでお会いした、小柄な女性は誰だったのか?
蕎麦屋では全く見かけなかった。
ひょっとしてあれが座敷…いやいや、まさか、ね。
🐥…とても美味しそうかもしれない粗末な食事ですね💕私はこういうの好きです。いきなり濡れ場かと思いきやただの布団、恐怖を醸し出すかつて美麗だった着物、何故か朝食はトーストと目玉焼き🦑ガキの歌声や足音は一体何処のクソガキの歌声と走り回る足音だったのか…とてもはっきりとした現実です🌞なんて素敵な…🦑🦑🦑薄暗い演出は昔の茶屋かと思いました…😨
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😅
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最初見た時に、一枚目のお布団の写真が怖いwww
先生がニコニコのフジコ知ってるとは思いませんでしたww
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蕎麦屋に着いた時はお客様はいないので照明が消えていまして、外の光が差し込むばかりで幽玄な感じでした。
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あ、いえ、そのままの印象なのですが、顔に白い布がかけられた人が寝ている様に見えるお布団の写真だったもので(汗)
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なる😄
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初めて書き込みさせていただきます。先日、五条先生の出版記念講演会に参加させていただいた者です。このお話をユーモアたっぷりにお話し下さり、とても楽しかったです。ご本は、思い出とともに、大切にして読ませて頂いてます。
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1021さん、ようこそ『偲フ花』へお越しくださいました♪
講演会も本当にありがとうございました😭
またわらべさんには泊まりに行きたいので、あまり人気が出過ぎても困ります。
なのでこっそりお教えしましょう。
当たったんですよ、この後、宝くじが!なんと5万円☆
1000円すら当たったことのない、ギャンブル運欠乏症の僕がですよ。
モノホンですわ、わらべさん。
5万円は日頃苦労をかけるスタッフに1万円ずつ配りました。えらい!
そうして良いことを施しておくと、きっと、もっと、大きくなって年末ジャンボあたりは凄いことになりますよね、わらしさん♪
たのしみたのしみ〜♪
あ、1021さん、ここでネタばらしはダメですよ、まだまだこのネタ、別のところでも使いまわしますので😁
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😅いろいろと合点がいきました。。
ありがとうございます(〃ω〃)
もう少ししたら、本を書く上で巡礼した場所のシリーズを、写真と追加エピソードなども加えて特集します。
よかったらそちらもご覧くださいませ😊
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怪異譚は大好物。(笑)おまけに山の料理と蕎麦。あーうらやましい。G.W、実家の家族は私をおいて青森の岩木山神社に向かいました。
・・・おい!!!
まあ・・・いいさ・・・さて御朱印帳も準備おっけ。旅の準備もぼちぼち。コロナ感染者の少なそうな場所は・・・。
車中泊も含めて・・・ちょいと行ってきます。(笑)
CHIRICOさんにどっかで遭遇したら宜しくです。(笑)
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連休ですか?良いですね♪
今はストックネタをアップしているので、僕は絶賛仕事中です^ ^
GW後ではなく、直前での爆発的感染者数、政治的匂いが臭くて笑っちゃいます。
オリンピックに備えたいのかワクチンを打たせたいのか、まあ両方でしょうけど。
上手に旅したら良いと思いますよ。
たぶん多くの人が同じようなこと考えて、あちこち出かけるのでしょうけどね笑
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こういう神秘的な体験って本当にあるんですね。
初めて見る写真なのに、どの写真もどこかホッと落ち着きます。
お食事も美味しそう。
場所を調べたら、ちょっと遠いなぁ。でも行ってみたいな。。。
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そうですね、神秘的な体験というのは、若干ですが思い込みも必要かも知れません。
とにかく遠い所ですが素敵な所なので、足を運んで損はありません。
三次は特に秋の雲海が素晴らしい。
また、座敷わらしはさておき、お母さんがすごい人なので、そちら方面に興味があるなら行くべきでしょう。
江原さんや美和さん、細木さんなども訪ねて来るほどの方です。
そして10円で占ってくれます。
おみくじみたいなのがあるのですが、それを引いただけでなく、お母さんに時間をとってもらって、みてもらうのがコツです。
でもそれでも10円です^ ^
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お母さん自体に力が宿っているんですね!!
首都圏から行くと片道8時間前後はかかるみたいですが、日本の行ってみたい場所のリストに入れました。素敵なご紹介ありがとうございます!!
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お母さんがいらっしゃってこその「わらべ」ですし、「座敷わらし」でしょうね。
まだまだお元気ですが、お歳もそれなりに召されておられますので、早めのご計画がよろしいかと。
早春・晩秋の夜は、三次はかなり冷え込み、部屋に暖房は期待できませんので、それなりの準備を。
夏は盆地特有の猛暑となります。
初夏・初秋が一番過ごしやすいでしょうね。
観光するところは皆無ですが、のんびりとした良いところです。
広島市内、出雲まで車で約1時間半くらいです。
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