祐徳稲荷神社

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佐賀県鹿島市にある「祐徳稲荷神社」(ゆうとくいなりじんじゃ)は、
京都の「伏見稲荷大社」や、茨城県笠間市にある「笠間稲荷神社」と並ぶ日本三大稲荷の一つと云われています。

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子を抱く狛稲荷が迎えてくれます。
ちなみに三大稲荷については諸説あるようです。

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清水ばりの組柱の上に建つ本殿は天空の神殿さながらです。

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祐徳稲荷神社は九州地方での神社のなかで「太宰府天満宮」の次に参拝客が多いそうです。

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江戸時代の貞享4年に創建。
藤原家の一つ、花山院家の萬子(まんこ)姫が、肥前鹿島藩主の鍋島直朝(なおとも)に嫁ぐ際、花山院家が信奉していた稲荷大神の分霊をまつったのが起源とされます。
姫が亡くなった後、そのおくり名にちなんで、「祐徳院」と呼ばれるようになりました。

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姫は父から、稲荷大神の神鏡を授けられていたそうです。

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本殿の先に階段があります。

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朱い鳥居をくぐりながら30分ほどお山めぐりをします。

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なかなかの傾斜を登っていきます。

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途中には小さな祠がたくさんありました。

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この先には「奥の院 命婦社」(みょうぶしゃ)があり、稲荷大神のお使いである白狐をまつっています。

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天明8年、京都御所の火災で御所の一角にあった花山院邸に火が燃え移ります。
するとどこからか白衣の一団が現れて屋根に登り、消火にあたりました。
花山院の当主は礼を述べ、白衣の一団に「どこの者か」と尋ねました。
すると、「肥前の国、鹿島の祐徳稲荷神社にご奉仕する者でございます。花山院邸の危難を知り、急ぎ駆けつけお手伝い申し上げただけでございます」と答えました。
当主は「私の屋敷などどうでもよい。どうして御所に行かないのか」と尋ねると、
「私たちは身分が卑しく宮中に上がることはできません」と言い、消え去ったと云うことです。

この奇跡的な出来事を聞いた光格天皇は、白狐に「命婦」の官位を授けました。

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ようやく山頂の「命婦社」にたどり着きました。

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ひっそりとした佇まいです。

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ここからは有明海も望めます。
しばし景色を眺めて下山します。

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が、この看板の通り、下りもなかなかの難所でした。

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