賀茂御祖神社(下鴨神社)

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いよいよ、賀茂御祖神社(かものみおやじんじゃ/下鴨神社)の本殿がある敷地内へとやってきました。
現在の楼門は1628年に再建された、国の重要文化財です。

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本殿側から楼門をみると、西の回廊には「剣の間」(けんのま)があります。
「賀茂祭」(葵祭)の際にここで、勅使が剣を解きます。

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楼門を過ぎると右手にあるのが「橋殿」(はしどの)です。
1628年に建てられた国の重要文化財です、毎年9月に開催される「名月管絃祭」で舞楽が奉納されます。

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境内中央にある「舞殿」(まいどの)も、1628年に建てられた国の重要文化財です。

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舞殿は葵祭の時、雅楽の一つである「東游」(あづまあそび)が奉納される場所です。

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しめ縄で囲われた、「解除所」(げじょのところ)と呼ばれる場所があります。
解除所とは、葵祭などの重要な神事の前に穢れを祓う祓所となります。
このような常設の解除所がある神社は他に類を見ないと記されています。

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本殿前へとやってきました。

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この中門の奥に本殿があります。

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本殿は撮影不可ですが、東本殿・西本殿のほぼ同じ2つの社が建っていて、どちらも国宝に指定されています。
東の本殿には「玉依媛命」(タマヨリヒメノミコト)、西側の本殿には「賀茂建角身命」(カモタケツヌミノミコト)が祀られています。

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玉依媛命は上賀茂神社に祀られる「賀茂別雷神」(カモワケイカヅチノカミ)の母親と伝わります。
賀茂建角身命は、玉依媛命の父親であり、賀茂別雷神の祖父ということになります。
京都賀茂家の祖神ということになるのでしょう。

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本殿前には「言社」(ことしゃ)と呼ばれている十二支を祀る守護社があります。
祭神を見てみると、全て、記紀で云うところの「大国主命」の別名でそれぞれ祀られています。

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大国主といえば、かの出雲大社の御祭神ですが、真の彼は古代出雲王国の第8代目の王「八千戈」でした。

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彼とその副王「八重波津身・事代主」(ヤエハツミ)は、渡来人「天穂日」らによって非業の死をもたらされます。

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なので大国主と事代主は出雲族の各聖地で祀られていくことになります。

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王と副王を同時に失った一部の出雲人は、穂日の一族が近くで生活しているのに嫌気がさし、畿内・奈良へ移住します。
奈良へ移った東出雲王族の子孫を「登美家」(トビケ)と呼びますが、出雲では神を「カモ」と呼んだので、彼らを「加茂家」と呼ぶ人がいました。
登美家の7代目の当主が「加茂建津乃身」(かものたてつのみ)です。
やがて京都へ移ってきた加茂家が聖地としたのが上賀茂神社・下鴨神社であり、彼らの祖神を祀ったと云うことになるのでしょう。

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八咫烏は加茂建津乃身の化身と云われますが、その理由は「糺ノ森」の記事の中で、簡単に述べさせていただきました。
八咫烏は一般に渡来人系の神「天津神」に類すると云われていますが、それは中華秦国からの渡来人「物部族」が中国に伝わる太陽に棲む烏の名で彼を讃えたからに他なりません。
つまり八咫烏・加茂建津乃身とは、出雲王国系の神「国津神」であるといえます。

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下鴨神社境内に御手洗川という川が流れています。

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この御手洗川の水源である、井戸の上に「井上社・御手洗社」が建っています。

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こちらでは病気や怪我などの災難除けのご利益があると云いますが、

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この井戸から湧き出る水の泡を模して作られたのが「みたらし団子」であり、ここが「みたらし団子発祥の地」なのだそうです。

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井上社を過ぎたところにも

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「解除所」がありました。

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本殿の西側には、「三井神社」(みついじんじゃ)があります。

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御祭神は「賀茂建角身命」、「伊賀古夜媛命」(イガコヤヒメ)、「玉依媛命」の他、出雲王家の「建御名方」(タケミナカタ)そして出雲の幸の神「猿田彦」が祀ってあります。

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境内に「出雲井於神社」(いづもいのへのじんじゃ)という名の摂社がありました。

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この社に植えた木々が全てヒイラギの木の葉っぱのように葉がぎざぎざになると云うので「比良木社」(ひらきしゃ)とも呼ばれます。

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この名を見た時、ドキッとしました。
出雲では古代からある真の聖地の一つとして、「岐の神」(クナドノカミ)を祀る神社が「出雲井社」と呼ばれます。

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ワクワクして御祭神を見てみると、なんとスサノオが祀られていました。
スサノオは物部族の祖でいわゆる渡来人の「徐福」のことだと云います。

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