獅子巌・鬼ヶ城

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三重県熊野市井戸町にある観光名所「獅子巌」(ししいわ)に行ってみました。

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おおー、確かに獅子のような、鷲のような、そんな風貌です。

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高さは25mあり、国の天然記念物及び名勝となっています。

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獅子巌は海蝕現象、風蝕現象によって形成された自然景観となっており、井戸川上流に位置する大馬神社の狛犬として敬愛されています。

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砂浜に降りて獅子巌の全体を見てみると、ちゃんと胴体もあり、まさに獅子かスフィンクスのような姿です。

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角度を変えて正面から見てみると、こんもりとした岩山で、自然による偶然の神秘を感じさせます。

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反対側。

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昭和33年(1958年)6月24日に、国の天然記念物「鬼ヶ城」に獅子巌が追加指定され、登録名称が「熊野の鬼ヶ城 附 獅子巖」(くまののおにがじょう つけたり ししいわ)へと変更になりました。

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また、獅子岩の南側に位置する神仙洞の吽(うん)の岩(雌岩)に対して、獅子巌は阿(あ)の岩(雄岩)と呼ばれ、井戸川上流に位置する大馬神社の狛犬とされ敬愛されており、そのため大馬神社には今も狛犬が置かれていないのだそうです。

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獅子巌から車で5分、熊野市木本町の「鬼ヶ城」(おにがじょう)へとやって来ました。

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これはアレですかね、悪い子は手が取れなくなるってヤツ。

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いててててて。
おイタが過ぎて鬼に食われる五条桐彦の画像、スマホの待ち受けにどうぞ。

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鬼ヶ城は、地震による隆起や風化と波の浸食によって造り出された大岩壁となっています。

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その岩壁は約1.2kmにわたって遊歩道が整備されており、大小無数の洞窟や奇岩奇勝を楽しむことができるようになっています。

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入口から少し歩くと、さっそくシャークヘッドのような岩が現れました。
これはワクワクが止まりません。

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このシャークヘッド岩、面白いのは、近づくにつれ丸いオデコになり、

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四角くなります。

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岩のトンネルを抜けると、

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おー、超広角でギリギリ一杯の、波打つような巨岩がありました。

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ここは千畳敷と呼ばれる場所で、ちょっとしたコンサートホールのような広さです。

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圧巻。

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鬼ヶ城は昭和10年(1935年)に国の天然記念物に指定された後、昭和33年(1958年)に獅子巌が追加指定され、名勝および天然記念物「熊野の鬼ヶ城 附 獅子巖」(くまののおにがじょう つけたり ししいわ)となりました。

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千畳敷から先は、細い足場に手すりが設けられた遊歩道が続きます。

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この道が、想像以上にエグい。

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鬼ヶ城は志摩半島から続くリアス式海岸の最南端に位置し、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』(2004年7月登録)の一部を構成しています。

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鬼ヶ城にはその名の通り、鬼の伝説が残されています。
その昔、平安時代初期の桓武天皇(737~806年)の頃、この地に隠れて熊野の海を荒らし廻り、鬼と恐れられた海賊。
その大将が「多娥丸」(たがまる)でした。

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この多娥丸の話を聞いた帝は、討伐の命を坂上田村麻呂に命じました。
さっそく熊野に軍を集結させた田村麻呂は、烏帽子山に現れた大馬権現の化身の天女から、鬼の隠れ家を明かされました。

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しかしその場所は、本土からは岩が厳しくそびえ立ち、海からは波が激しく打ちつけ、容易に辿り着ける場所ではありませんでした。

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その時、沖にある「魔見ヶ島」に童子があらわれ、舞い踊り始めました。
これに田村麻呂の軍勢もつられて大騒ぎします。

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すると、鬼ヶ城の硬い岩戸の奥にいた多娥丸は外の騒ぎを不審に思い、顔を出した瞬間、

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坂上田村麻呂の矢が放たれ、見事、多娥丸に命中し、彼はそのまま討たれてしまいました。

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その後、手下の鬼たちも飛び出してきましたが、ことごとく田村麻呂の放つ矢に討たれていったのです。

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舞いをした童子は、光を放って北の峰に飛び去ったので後を追って行くと、大馬神社清滝の上流の洞窟の中に消えていきました。
そこには、千手観音が納められることになりました。
討ち取られたった多娥丸の首も、大馬神社に埋められたと伝えられています。

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それにしても、この鬼ヶ城、なかなか他所では見ることのない造形と、

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延々と続くスリルある遊歩道に、最初こそワクワクドキドキ楽しいのですが、

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なんせ長い。

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名所ごとに名前はついているのですが、どれを指しているのか、どう言った意味で名付けられているのか、その説明もなく、次第に退屈になってきます。

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そして1番の難点は、1.2kmの遊歩道を歩き渡ったあとの、帰路です。

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それはこんな感じ。
さらに行きの1.5倍はあろうかという虚無の道を歩いて帰るか、来た道を絶望を感じながら帰るか。

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それなりにアップダウンのある、気を許したら崖下に転落しそうな細道を、疲労した体に鞭打って、絶望コースで帰ることを僕は選びました。
鬼ヶ城、こんな体験を無料で楽しめるジオパークもそうそうありません。
とても素晴らしいのですが、帰路はショートカットを、作って欲しい、ぜひ。

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4件のコメント 追加

  1. Tomi Kaneko のアバター Tomi Kaneko より:

    えーっ、ここまでいらしたんですか・・私もイラスト通りの心境でありました。短絡帰路ルートなし💦
    熊野灘端である鬼ヶ城は九十九里が途切れる太東崎や飯岡刑部のようなジオパーク。
    紀伊半島北上するならこの先R42じゃなく旧道R311号で波田須・新鹿・二木島・賀田・三木里・九鬼ととんでもない地形続いてワクワクポイントなんです。Googlemapが今ほど精度よくなかった6年ほど前、現在地”アジア”と表示され「日本ですらないんかよ?」と🤣 

    地球を感じすぎるくらいの探訪は紀伊半島最高です。
    https://tadaup.jp/b9056f25.jpg

    1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

      既視感あるなと思ったら、なるほど太東崎の感覚に似てたのかもしれませんね。
      紀伊半島も地球のエネルギーが溢れまくってますよね😊

      1. Tomi Kaneko のアバター Tomi Kaneko より:

        自然界の意思は人為を遥かに超え、そこを感じたものが神域を作ると考えるほうが納得できること多いように思えます。

        アジア の画像が外部サイトでは上手く行かなさそうなので😅
        これです
        https://photos.app.goo.gl/VrAZweNv9TFFgVUF8

        1. 五条 桐彦 のアバター 五条 桐彦 より:

          😄

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