八重垣神社:伝・八岐大蛇(6)

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出雲で「大社」に続く恋愛スポットで近頃有名なのが「八重垣神社」(やえがきじんじゃ)です。

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「須佐之男命」(すさのおのみこと)とその妻「櫛名田比売命」(くしなだひめ)の神話に縁ある神社のひとつと云われています。

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境内に入るとスタイルのいい「狛犬」が出迎えてくれます。

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その独特な風貌は、狛犬が作られ始めた初期のものではないかと言われています。

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当社が恋愛パワースポットと呼ばれるのは、ヤマタノオロチ退治の際、スサノオがクシナダヒメを隠したと伝わる森が、境内にあるからです。

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神話ではスサノオは、クシナダヒメを櫛に変えて、自分の髪に刺し、姫を守りながら戦ったとありますが、

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当社では、この奥の森に匿ったと伝えていました。

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つまり当社は二人の秘密の園であるということで、恋愛成就のご利益があるのかと思われます。

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境内のあちこちに「夫婦椿」と書かれた椿の木を見ることができます。

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この椿は「連理玉椿」(れんりのたまつばき)とも呼ばれているのですが、

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これはクシナダヒメが2本の枝を植えたとされる椿で、稀に双葉の葉をつけるそうです。
それはハート形に見えるので恋愛成就の象徴となっているという、不思議な話なのです。

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ところで富家が伝えるところによると、徐福をスサノオの名前で記紀に書くよう頼んだのは、当時の国造「果安」だったと云います。

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それまでニギハヤヒとして不明確にされていた重要人物の徐福を、日本史に登場させたのは、果安の大きな功績であったと言えます。

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そして意宇郡の大庭に、スサノオ命を祭る最初の社「八重垣神社」が建てられました。
建てたのが、佐草家であったので、その手柄により、佐草家が上官に選ばれた、と云います。

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八重垣神社の境内にある蔵には、本殿の障壁画として飾られていたスサノオとクシナダヒメをはじめとする6神の壁画を見ることができます。
「板絵著色神像」と呼ばれるこの絵は、老化による剥離こそ激しいですが、それでも今なお艶めかしい姿は、十分に美しく、見るものを虜にします。
古事記編纂1300年の記念切手の一部にもその肖像画が使用されていました。

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社伝では寛平5年(893年)の「巨勢金岡」の作としていますが、実際の制作年代は室町時代頃と推定されています。
中央に出雲神話の主役、スサノオとクシナダヒメが描かれており、左側にはクシナダヒメの両親アシナヅチとテナヅチが描かれています。
そして右側にはアマテラスと宗像三女神の一柱イチキシマヒメが描かれています。
実はこの絵は、元は本殿の再奥にあって、神官以外は見ることができない場所にありました。

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当時はすでに古事記・日本書紀の内容が、国史として影響力を得ていました。
そして室町の頃の画家が記紀を元に、本殿を囲む壁に、この絵をしたためたのでしょう。

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本殿裏手には奥の院「佐久佐女の森」(さくさめのもり)があります。

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ここがヤマタノオロチ退治の際、スサノオがクシナダヒメを隠した森と伝わる場所です。

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そこは確かに、神性を感じさせる杜でした。

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小さな森ですが、まるで結界が張られているかのように外界との空気の違いを感じます。

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稲田姫のおおらかな愛を感じ取れるような場所です。

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その最奥にある「鏡の池」。

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ここはクシナダヒメが飲み水として、姿見の池として使っていたという伝説が伝わっています。

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社務所で水占い用の白い紙を購入します。

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それをこの池に浮かべると、ご神託が現れるという仕組みです。
紙が早く沈むと良縁が早く叶い、遠くに流れると遠方の人と結ばれると云われています。

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この八重垣神社は東出雲王宮のエリアにありますので、本来は出雲王家初代の「菅之八耳」王の妻、「稲田姫」の屋敷跡だったのかもしれません。
菅之八耳は神魂神社の王宮に住んでいたと云います。
当時は妻問婚でしたので、妻は実家にいて、夫が通っていました。

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小さな社が見下ろす池は、人の心を見透かすような、不思議な色をしていました。

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伝承が正であろうと偽であろうと、人の浅はかさとは関係なく、聖地は聖地としてそこに太古からあり続けているようでした。

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