
日御碕と出雲大社を結ぶ島根県道29号線の途上に、「ひろげの浜」と呼ばれる場所があります。
名前は、経本が積み重なって出来上がったと伝えられる日御碕神社の飛地境内「経島」(ふみしま)に由来するもので、その経本を”広げて”読んだ場所だと云われています。

地元の古老は、「昔は日御碕領で神々を迎えるために、このひろげの浜でも神迎え神事を行っていた」と話しているそうです。

そんな場所に、出雲族の重要な遺跡があったとは、僕はつい最近まで知りませんでした。
この遺跡は、昭和41年(1966年)、県道大社日御碕線(29号線)拡幅工事の際に古墳時代の須恵器等が出土したことによって発見されました。
その後、新赤石トンネルの工事にあわせ、平成8年(1996年)に調査が行われています。

調査で発掘されたのはなんと、弥生時代から奈良時代に及ぶ700年間分の土器片10,000点と、約1200点の石器・小石などでした。
これはすごいことだと思うのですが、大きく報道されることもなく、現地に案内板一つ見当たりません。
Googleマップも情報が一度削除されたようで、過去レビューなどが消えています。
えっ?これって何、闇深案件なの?
と、不安になりますが、とりあえず階段があるので登ってみます。

階段を登ってすぐのところ、荒れています。
一応、人の歩いた道のような跡はありました。

トンネルの上に、人ひとりがやっと通れるくらいの空間があり、その先にも階段が見えます。
なんかね、この辺からやたらと、甲高い獣声が聞こえてくるんだよね。
たぶん鹿だと思うけど、今ここには僕一人だから、怖いよね。

階段を登りきると、斜面ながらも少しひらけた場所に出ました。
おそらくここが、ひろげ遺跡。
奈良のダンノダイラを彷彿とさせます。
太陽の沈む西側に面した、狭く小さな谷で、土器片の出土の他、複数の焚き火の跡が確認されたことから、マツリの場であったと考えられています。

『出雲弥生の森博物館』に所属する「髙橋周」博士によると、出土した土器に完全な形のものはなく、ほとんどがマツリで壊されたと考えられるとのことです。
以前はすべての土器は、地元出雲のものと考えられていましたが、のちの調査で、瀬戸内西部地方(山口県)、九州北部地方(福岡県)、吉備地方(岡山県南部)などの特徴を持つ土器が確認され、古墳時代後期(六世紀前半)の黒色磨研土器も出土しています。
これは、焼成前の土器の内外面に磨きをかけて、焼き上げた後、燻すなどして器面に炭素を吸着させて黒くしたもので、九州の有明海沿岸地域で作られていたようです。

こうした他地域の土器は、他の出雲平野の集落跡でも見つかっており、ひろげ遺跡でのマツリは他地域の人々によって行われたのではなく、他地域との交流に関わった出雲平野の人々によるもののようだと考えられています。
つまり、海に面するひろげ遺跡では、海を通して他地域と交流した出雲人によってマツリが行われ続けて来たのだろう、と髙橋博士は考察されています。

古代出雲族といえば朝日信仰でしたが、ひろげ遺跡のマツリを想像するに、夕陽を崇める信仰も古くからあったことが考えられます。
そして敢えて砕かれた土器、それは縄文人が女神の土神像を砕いて埋葬したことに通じるかと思われます。

出雲族は輪廻転生を信じていたので、土から作られた器(女神の土神像と同じく母性の象徴)を砕いて土に戻すことで、命の循環を表し、地母神に命を還すことで豊穣を願ったのではないでしょうか。

日が沈む先は常世の世界。
弥生から古墳、そして奈良へと時代が変わる700年以上もの時の中で、人が死に逝くことは変わることなく、次に生まれ変わる御魂のために火を焚いてマツる。
今も変わらぬその摂理を、僕は海の彼方に感じていました。

茶碗割る風習は、
起源は奈良〜平安時代でした(^_^;)
古来より日本では、長く使った道具にはその人の「魂」が宿ると考えられていました。そのため、故人が愛用していた茶碗を壊すことで、魂を現世から完全に切り離す儀式として定着したとされています。
と、ジェミニくんの回答でした。
兵庫、和歌山、奈良などの西日本に多いとのことでした。西日本がほとんどだそうです〜
九州はどうなんやろ。。
ひろげ遺跡気になります〜。
何気にスゴイとこって
地味にスゴイんだけど、
誰も知らないまま風化してそうですね💦 そっとしといてもらえてると言えばそうですが。。。パンドラの箱的になってるとこも色々ありそですね。
前の職場の真下の、遺跡もかなり気になってました。X型の背中合わせ翡翠が出土してんのに、地元民は。。。
「どっかの豪族が落としたんちゃう〜?」どころが、誰も知らん😭
埋蔵センターにポツンといらっしゃいます。。古代の祭祀場跡に建てちゃって💦💦💦
まあ、鳥取県西部人はこんな感じです。おおらかといえばおおらか😅
というか、気にしな〜い、古いしきたりよりも、今日食べるパンはあ?みたいな、大阪のおばちゃんがよく言う、「明日のパン買わな」みたいな土地柄ゆえ。
建設工事中も、「あ〜あそこ古墳だったんだってえ」と、ガガガガが〜っ😭😭😭😭😭
はあ( ´Д`)=3
ひろげ遺跡のことは、弥生の森博物館を訪ねてみるのも良いかもですね。
割れた器を復元したものとかも、展示してあるのかも。
こんにちは。
この記事を読んで思い出したんですが
まあ、恐らく大分、後期の近代近くなってからの風習かもしれませんが、
うちは古くから代々、身内が亡くなると茶碗を玄関先で割って砕いて、土に埋める風習があるんです。
これ、この山陰の風習かと思っていたんですが、年取ってから周りの人に聞いても何それ?と言われたりしました。
こういう風習って、意外と輪廻転生じゃないけど、なんか意味があるのかもしれませんね。いつからやってんのかはわかりませんが。。