一目連神社(久留米):八雲ニ散ル花 忌部番外篇 05

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地方忌部を調べていると、福岡にも忌部氏の痕跡があるというので訪ねてみました。
久留米にある「一目連神社」(いちもくれんじんじゃ)です。

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閑静な住宅と田園が広がる中に、ひっそりと鎮座しています。

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由緒によると、天保6年4月29日、元久留米藩主「有馬少将頼徸」公が北野郷水害鎮護の守神として伊勢国の多度村に鎮座する「多度神社」の別宮「一目連神社」の分霊を勧請したものだそうです。

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祭神は「天麻比止都禰命」(あまのひとつねのみこと)。
別名の「天目一箇神」(あめのまひとつのかみ)、または「一目連」(いちもくれん、ひとつめのむらじ)としての呼び名の方が有名です。

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「櫛明玉命」を祖神とする玉造の出雲忌部本家から派生した地方忌部のひとつ、「伊勢忌部」がこの神をを祖神とし、鍛冶に携わってきました。

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『古語拾遺』や『諸系譜』によれば、天目一箇神は天津彦根命の子であり、鍛冶の神とされています。
神名の「目一箇」(まひとつ)とは片目の意味であり、鍛冶が鉄の色でその温度をみるのに片目をつぶっていたこと、または片目を失明する鍛冶の職業病があったことがその由来となっています。

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他に「天久斯麻比止都命」(あめのくしまひとつのみこと)、「天之御影神」(あめのみかげのかみ)、「天之御蔭命」(あめのみかげのみこと)、「天津麻羅」(あまつまら)、「天久之比命」(あまくしひのみこと)、「天戸間見命」(あめのとまみのみこと)、「天奇目一箇命」(あめのくしまひとつのみこと)、「天目一箇命」(あめのまひとつのみこと)、「天目一箇禰命」(あめのまひとつねのみこと)、「天戸須久根命」(あめのとすくねのみこと)、「天照眞良建雄命」(あまてらすますらたけおのみこと)、「明立天御影命」(あきたつあめのみかげのみこと)と数多くの別名でも呼ばれる神、ひょっとこ(火男)の原型とも伝えられています。

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一目連は、本来は片目が潰れてしまった龍神であり、稲光や暴風雨をもたらす暴風神、あるいは神風を起こす神とされていました。
それが名前の共通点から、いつしか習合し同一視されるようになったようです。

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有馬頼徸が水害鎮護の守神としてこの神を当地に勧請したと伝えられますが、その背後に伊勢忌部が関わっていたのでしょうか。
伊勢忌部の拠点の一つが福岡であると云われています。

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しかしながら当社の社殿を守るブロック塀は一部が壊され、社殿そのものも随分老朽化している印象でした。

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