金田城:八雲ニ散ル花 番外・天智伝03

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對馬国下県郡の城山にあった日本の古代山城「金田城」(かなたのき/かねだじょう)を訪ねてきました。

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と、その前に、糸島にある「伊都国歴史博物館」を拝観しました。

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倭の境界『對馬国』という特別展が行われていましたが、残念ながら撮影は常設を含めて一切禁止となっています。

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博物館系は撮影OKのところも多いので、ちょっと残念。
唯一許されたのは、この銅鏡のレプリカのみでした。

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というわけで金田城を目指します。
城跡入口までは車で進めますが、道は狭いです。
入口付近に整備された駐車場はありませんが、ちょっとしたスペースに数台停めることができます。

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そこから先は、なだらかな坂道を歩いて行きます。

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実はこの時、白嶽を登山してきた直後だったのですが、先ほどに比べてはるかに歩きやすい道に安堵しました。

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ところで金田城が最近注目を浴びるのは、

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やはりこれ、『アンゴルモア』の聖地巡礼においてではないでしょうか。
蒙古襲来對馬戦の最終決戦の場の設定が金田城となっています。
が、実際には元寇の際の戦場になった記録は無いようです。
しかし同じ白村江の戦いの遺構である「水城」や「大野城」が、元寇の際に再利用されたことを踏まえると、あながちフィクションとも言えないところです。

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金田城は朝鮮式古代山城の一つとされますが、他の古代山城が土塁を主とするのとは異なり、その全貌は約2.8kmにもおよぶ石塁が全周する石の城壁に囲まれた要塞でした。
これほどの城を築かせたのは、そう、白村江の戦いで大敗し、超大国「唐」の侵略を恐れた「天智天皇」でした。

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空が見えてきました。
その先には、

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黒瀬湾が望めました。

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オーシャンブルーの、美しい海です。

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そこに石垣がありました。
東南角石塁です。

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万里の長城を思わせる、良好に遺存した石塁の高さは、低い所で2,3メートル、高い箇所で4,5メートル、谷部では6メートルに及ぶと言います。

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道はここから山頂方面と三ノ城戸方面に分岐しています。

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右に降りていくと「三ノ城戸」と呼ばれる石垣がありました。

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東南角石塁まで戻ると、「南門」の遺構がありました。

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城壁と門、そう既に僕は、金田城城内に入り込んでいるということです。

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そこからまずは、城山山頂を目指します。

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金田城跡のある城山(じょうやま)は、浅茅湾に突き出た岩山です。

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金田城入口から山頂までは、約50分のトレッキングコース。

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途中には石垣のほか、炭焼き跡らしき石積みや、住居跡なども散見されます。

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城は城山の急峻な自然地形を利用して築造されており、頑強な石垣で要塞化されたことが窺えます。

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南西部石塁が見えてくると、もう一息で山頂です。

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山頂部が見えてくると、

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近代的な建物の遺構がありました。

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城山砲台跡です。

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久しく廃城となっていた金田城は、日露戦争時に再度要塞化され、砲台や軍の施設が整備されました。

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建物に蔦が絡み、ラピュタ化しています。

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ここから山頂には、短くも険しい道を進みます。

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そしてついに、

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山頂に到着しました。

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そこに広がる景色の

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なんと美しいことか。

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城山は三方を海が囲み、

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南西側のみ急峻な陸続きとなっています。

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目の前に広がる複雑に入り組んだ入江は浅茅湾であり、その先には朝鮮半島方向を望むことができます。

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金田城は国境最前線基地として、正に最適な立地なのです。

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しばし山頂で景色を堪能したあと、途中にあった東屋(休憩所)まで下り、来た道とは別の「大吉戸神社」を目指すコースへ進みます。

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結構な山道を降って行きます。

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ビングシと呼ばれる場所に出ました。

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そこには門の礎石が残っています。

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門跡の左右は

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土塁のようです。

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また防人の居住跡も見つかっており、ここが重要な場所だったことを窺わせます。

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門跡を通り過ぎ、再び下降して行きます。

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そこに見事な城壁がありました。

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二ノ城戸です、

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中央には高低差を伴う門があります。

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石垣は復元されたもののようですが、重厚な迫力があります。

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二ノ城戸から5分ほど降ると、

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一ノ城戸に出ます。

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「雉城」(ちじょう)と呼ばれる張り出しが見られます。
石垣は、下部が未加工の石材を築いているのに対し、上部が平板状の砂岩を用いています。
これは後世に修築が行われたものと考えられています。

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また城壁の下部に水門も設けられていて、当時の技術の高さを物語っています。

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さらにぐいぐい降ると、

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ついに海に出てしまいました。

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美しい入江がそこにありました。

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黒瀬湾の一部、

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清らかな海が広がります。

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海から神社の参道が続いていますが、

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ここは金田城の入口でもあったのでしょう。

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参道の先にあるのが「大吉戸神社」(おおきどじんじゃ)。

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八幡神を祭り、城山の守護としたもの。

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別名を「中津八幡宮」とも言います。

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潮の香りを感じさせる狛犬。

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当社は歴代対馬藩主「宗家」の尊崇も厚かったと云われ、ここで国防・国家安泰も祈祷されたことでしょう。

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社殿は古びていますが、きちんと整えられ、今も島民の崇敬を受け続けています。

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老朽化した拝殿。

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本殿には宗家が納めた神輿が安置されているそうです。

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金田城でもここまでやってくる観光客はあまりいないようです。
ひっそり佇む神社を後に、車を停めた金田城跡入口まで戻らなくてはなりませんが、

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ピングシ山から三ノ城戸、東南角石塁へと登る帰路が待っていました。

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