伊勢にも「櫛田神社」(くしだじんじゃ)がありました。
博多っ子としては、お櫛田さんの名を聞くと行かないわけにはまいりません。
にしても、ここにも太陽光パネルが。。
伊勢を回っていると、結構な数のパネルが設置してあって、心が病みます。
こんもりとした杜に佇む櫛田神社。
博多のお櫛田さんとは趣が違います。
三重県松阪市櫛田町、櫛田川下流域に鎮座しています。
理容美容業者の信仰厚く、境内前に三重県美容業生活衛生同業組合らによって建立された「櫛の碑」が立っています。
先ほどまで晴れていたのですが、ここにきて急に曇り空。
境内は薄暗くて、ちょっと怖い。
こ、狛さん、お邪しゃーっす。
参道の両サイドに、小さい岩があります。
結界のようなものでしょうか。
祭神は、「大若子命」(おおわぐごのみこと)、「櫛玉姫命」、「須佐之男」、「天忍穂耳」、「市杵島姫」。
主祭神の大若子命は、別名「大幡主命」(おおはたぬしのみこと)と呼ばれます。
『倭姫命世記』によると、当地を訪れた大和姫が、大若子との問答の後、櫛が落ちた。そのため当地を櫛田と名づけ、大和姫が当社を創建したとか。
当社由緒によれば、その後、武人として数々の功績を残した大若子を、大和姫が当社の祭神として祀るようにと命じたそうです。
実は僕の馴染み深い、博多の櫛田神社、博多祇園山笠や博多おくんちなどで知られる神社ですが、そこの創建は、当社から奈良時代の天平宝字元年(757年)に勧請されたものだそうです。シランカッター。
この櫛田神社は、伊勢の神宮の皇大神宮(内宮)所管で、宮七院・社十二の内巻頭第3位の格式を持ち、当時は佐那神社、須麻漏賣社とともに「大社」と呼ばれた格式ある神社なのだそうです。
地元で最近情報をいただく、九州王朝説論者のN氏によると、この祭神・大幡主がとても重要な人物であると言うことです。
九州王朝説では、大和も伊勢も出雲も、九州から始まったとされるので、元宮は博多のお櫛田さんと言うことになるのでしょうが。
もひとつ気になったご祭神が、「櫛玉姫命」。
櫛名田姫じゃないんだ~。もっとも、博多の櫛田神社にはそもそも、櫛名田姫は祀られておりませんが。
この櫛玉姫で思い当たるのが、『先代旧事本紀』に記された「天照国照彦火明櫛玉饒速日尊」(あまてるくにてるひこほあかりくしたまにぎはやひのみこと)のお名前。
この全部乗せみたいな名前は、徐福のことだろうと思われるのですが、まだ謎多き名前ではあります。
ここの夫婦の木は、地位も身分も種族も違うお二人が、熱烈に足を絡めておりました。エッチね。
帰り道は蛙参道とありますので、ゲコゲコ言いながら失礼しました。
🐥2つの小さな岩にしめ縄&紙垂…なんか墓にしか見えへんで。小さな鳥居のある場所も墓みたいに見えるし🦑
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神社が元墓であることは多々あるので、そうかもね👻
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