白鬚神社:斎王 00

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水上に佇む一柱の鳥居。
多くの人はそれを広島宮島の厳島神社と連想するでしょう。
しかし琵琶湖にもその美しい情景があると僕は知りませんでした。

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琵琶湖の西側、ちょうど中間あたりにある「白髭神社」(しらひげじんじゃ)に早朝訪れます。

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空は雲が一面を覆っていましたが、それもまた神域の荘厳さを演出しています。

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薄明かりに三日月が浮かんでいました。

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この日は2月の真冬。
鳥居の前では寒さをしのぐように、カップルが寄り添っています。

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白鬚神社の創建は古く、近江最古の大社であるといいます。

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伊勢神宮の聖地選定を行った「大和姫」(倭姫・ヤマトヒメ)が創建したと伝わっています。

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祭神は道開きの神「猿田彦命」。
「サルタ神」は古代出雲王家が信奉した神で、大和姫は出雲王家の子孫であると、富家伝承は伝えています。
現在の本殿は豊臣秀吉公の遺命により秀頼公が再建寄進したものです。

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観阿弥作の謡曲「白鬚」に謳われる神社でもあります。

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白鬚神社は、湖中の大鳥居に目を奪われがちですが、本殿や裏山の各境内社も忘れずに散策して欲しいです。

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皇大神宮、豊受大神宮などを始め、

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神さびた小社が立ち並びます。

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そこから少し奥に一つだけ離れた社があります。
「岩戸社」がそれです。

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この奥には古墳群が広がっているそうですが、

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岩戸社はそのひとつの石室を社としています。

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誰の古墳かは記されていないですが、あえて社を設けているところから特別な古墳なのだろうと思われます。
「白鬚神社」は古来、博多湾に浮かぶ「志賀島」を本拠地とした安曇族(あずみぞく)の聖地であるという説もあります。

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岩戸社の横には大きな磐座がありました。

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ピラミッド型の綺麗な磐座。

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神徳を感じる風格です。

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と、見忘れてしまいそうになりましたが、社の後ろにも何やら存在の気になる石があります。

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古墳部分であろうところから突き出た小さな石。

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小さいながらに神秘を感じさせます。

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さて、鳥居に戻ってくると、夜が明け始めていました。

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あまりに自然すぎて違和感を感じなかったのですが、琵琶湖には波があります。
これだけ広大な湖だと、引力の影響を受けるのでしょうか。

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真っ白な世界に佇む朱色の鳥居も幻想的です。

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時が止まったような、なんとも穏やかで、清々しい朝を迎えました。

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遠くにはヤマトタケルが最後に臨んだと言い伝えられる「伊吹山」が見えます。

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さて、ちょっと心残りだった僕は翌日の早朝もこの鳥居へ足を運びました。

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徐々に昇る朝日は、まさしく太陽の女神そのものです。

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大和姫は、出雲系大和王朝の最後の王「彦道主王」の娘「日葉酢媛」(ヒバスヒメ)を母に、九州から東征してきた物部「イクメ王」(生目・垂仁)を父に、海の京都、丹波にて生まれました。

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彼女は当初、物部と連合していた豊王国の神「月読神」を信奉していましたが、やがて出雲の「太陽の女神・日霊女貴」を併せて祀るようになります。

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非常に信仰心が強かった大和姫は、太陽の女神を祭祀するには、東向の海岸が良いと考え、遷宮の旅に出ます。
その際、各地で信者を増やしていきました。

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日が昇る琵琶湖を眺めながら、大和姫がこの地に立ち寄り、一時日霊女貴を祭祀した可能性は高いと思われました。

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