天手長男神社

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壱岐の西岸部・黒崎には、あの有名な「猿岩」が鎮座します。

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ウッホ、まさにモンキー!
こ、こいつ動くぞ!
いえ、動きません。

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壹岐嶋誕生神話に由来する、「生き島」が流されぬよう八本の柱を立てて繋いだその柱の一つが猿岩だと伝えられます。

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猿岩の隣に位置する小高い丘には「黒崎砲台跡」が残ります。

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このやばい雰囲気。

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中は真っ暗なので、懐中電灯必須ですが、途中で行き止まっています。

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第一次世界大戦後のワシントン軍縮会議では、主力艦の保有トン数を、米英50万トン、日本30万トン、仏伊17万5000トン、さらに主砲は16インチ以下と決められました。
日本は、当時建造中の戦艦「土佐」(赤城?)が軍縮の取り決めによって廃艦となりましたが、その主砲を転用し、ここ黒崎砲台に設置しました。

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「砲塔四十五口径四十糎加農」、口径41cmのカノン砲2門を備えた砲台で、砲身の長さ18m、弾丸の重さ1t、最大射程距離35km。
同じような砲台が68km離れた対馬にも造られ、両砲は対馬海峡を通る軍艦を射程に捉え、「東洋一」の射程距離と破壊力を誇っていました。
やがて大東亜戦争が勃発しますが、この黒崎砲台は結局終戦まで使われることはなかったということです。

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郷ノ浦の鉢形山(はちがたやま)という神奈備に、「天手長男神社」(あめのたながおじんじゃ)が鎮座します。

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少し荒れかけた参道の石段、

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登り切ったところには、狭い敷地に社殿がポツンと建っていました。

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祭神は「天忍穂耳尊」(あめのおしほみみのみこと)、「天手力男命」(たぢからおのみこと)、「天鈿女命」(あめのうずめのみこと)で、これでも一応「壱岐国一宮」とされている神社です。

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一応、というのは、江戸時代にそれまで「若宮」と呼ばれていた小祠を平戸藩の国学者、例の「橘三喜」が名神大社の天手長男神社に比定したのが当社であって、その理由は当地の「たながお」(たなかを/田中触)という地名に由来すると云います。

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天手長男神社については、芦辺町湯岳興触に興神社があり、興(こう)は国府(こう)のことであると考えられ、境内社に壱岐国総社もあることから、こちらが本来の天手長男神社であり壱岐国一宮であるとする説が現在では有力視されています。

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また、昭和40年に「天手長比売神社」「物部布都神社」「若宮神社」「宝満神社」が合祀されました。
この天手長比売神社に関しても、橘三喜の同様の査定によるものであり、本来の所在地は不明、同じく物部布都神社も橘三喜の査定で、この社の本来の所在地は、近年の研究では渡良浦の國津神社とされています。

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しかしこの鉢形山はその名の通り、見事な鉢形の神奈備であり、女性的なその形状から女神祭祀が行われていた聖域であったのではないかと思われます。

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ニノ鳥居の扁額には、ここだけ合祀された宝満神社の文字が刻まれていました。

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宗像大社の『宗像大菩薩御縁起』に天手長男の由来が記されていました。

神功皇后の三韓征伐に際し、宗大臣(宗像大社の神)が「御手長」という旗竿に武内宿禰が持っていた紅白2本の旗をつけ、これを上げ下げして敵を翻弄し、最後に息御嶋(沖ノ島)に立てた

この「御手長」が天手長男の名になったと云います。

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『大日本国一宮記』には、天手長男神社と天手長比売神社が物部村にあり、天手長男神社を壱岐の一宮としたとあるそうですが、祭神は天思兼神と記してあるとのこと。
その後、元寇により廃れてしまい、所在も不明となっていました。

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ところで、一ノ鳥居とニノ鳥居の扁額には、上部に宝珠が施されています。
この宝珠が何からかの形で当地に伝わっていたものだとしたら、これは豊族の関係者が鉢形山の祭祀を司っていたということになりうるのでは。

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それが安曇族だったのかどうだか、謎は深まります。

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天手長男神社正面のこんもりとした森に、鳥居がポツンと立っているのが見えます。
「天手長比賣神社」です。

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間には細い川が流れており、向かい合う二柱の神は、年に一度の逢瀬を楽しんでいたという「天の川」の言い伝えが残っています。

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どっしりとした鳥居と

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立派な灯籠が一騎。

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向かいに鉢形山が見えます。

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8年前の参拝時にも思いましたが、

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この階段を昇った時の聖域感の素晴らしさは、

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今なお薄れることなくここに存在しています。

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祭神は「栲幡千々姫尊」「稚日女尊」「木花開耶姫命」「豊玉姫命」「玉依姫命」。
今は祭壇が残るばかりですが、往時は、内殿・御殿・上屋・廊下・拝殿・御饌殿などがあったそうです。

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しかし改めて思いますが、もはや聖域に社殿は必要ないのではないでしょうか。

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神を豪奢に祭り上げずとも、十分に微笑んで、そこに佇んでいらっしゃいます。

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人は自らの価値観を神に押し付け気味だと感じます。

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神は神が在るままに、人もまた然り。

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暮れゆく壹岐嶋の聖地で、女神との久方ぶりの逢瀬の時をしばし過ごしたのでした。

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3件のコメント 追加

  1. CoccoCan より:

    >>人は自らの価値観を神に押し付け気味
    深い言葉ですね。。。
    全ての人だとは思いませんが、他人に対する「承認欲求」が強い人が多くなると、バランスが崩れる気がします。
    自分を肯定してあるがままに自分を大事に生きて行けたら良いなと思います。

    それにしても、名前通りですね!!「猿岩」w

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      日本人は他人の幸せを自らの幸福とするのに対して、大陸の人は他人の支配をそれとするのだと聞いたことがあります。
      もちろんそれは極端な話ですが、今は日本人も支配欲が強くなったと感じてしまいます。
      それでは本来の幸福には、私たちは至れないのだと思います。

      いいね: 1人

      1. CoccoCan より:

        >>日本人は他人の幸せを自らの幸福とするのに対して、大陸の人は他人の支配をそれとするのだ
        →極論だと分かりますが、芯をついていて考えさせられます。

        いいね: 1人

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