鳥屋神社:八雲ニ散ル花 15

投稿日:

p7310315-2017-11-13-10-00.jpg

田園広がる中に、ぽつんと盛り上がる杜。
出雲市斐川町鳥井にある「鳥屋神社」(とやじんじゃ)です。

p7310317-2017-11-13-10-00.jpg

ここは出雲では珍しい、「建御名方命」(タケミナカタノミコト)を祀った神社です。

p7310318-2017-11-13-10-00.jpg

古事記の国譲り神話で健御名方は大国主息子として登場します。
同じく事代主が大国主息子として登場して海を青柴垣に変えて隠れたのち、侵略者タケミカヅチに対してけしからんと、健御名方は挑み戦います。

p7310319-2017-11-13-10-00.jpg

鳥屋神社の拝殿はとても簡素な造りです。
神話や歴史に興味がなければ、スルーしてしまう事でしょう。

p7310320-2017-11-13-10-00.jpg

境内には古事記に則した内容の由緒が記されています。

p7310322-2017-11-13-10-00.jpg

国譲りに最後まで反抗した出雲国唯一剛勇の神「建御名方」。
彼はタケミカヅチに対して、千引きの岩を両手で掲げ「我が国に来てわけも無いのに国を譲れとはけしからん」と、その岩を投げつけます。
しかし、タケミカヅチは巧みにそれを避けて反撃しました。

p7310333-2017-11-13-10-00.jpg

健御名方はタケミカヅチの腕を掴みますが、タケミカヅチは手をつららに変化させ、さらに剣に変化させます。
そして逆に建御名方の手を掴むと、葦の若葉を摘むように握りつぶして投げつけました。
これに驚いた建御名方は逃げ出しますが、タケミカヅチは追いかけ、科野国の州羽の海(諏訪湖)まで追いつめます。
建御名方は逃げきれないと思い、「この地から出ないし、大国主神や事代主神が言った通りだ。葦原の国は神子に奉るから殺さないでくれ」と降参したと云います。

p7310332-2017-11-13-10-00.jpg

健御名方が投げた千引きの岩は内海に立ち、そこへ多くの鵠(白鳥)が群がったのを里人達はその風景がまさに鳥小屋のように見えたので、この地が鳥屋という地名になったそうです。
そしてその千引きの岩の上に当社は鎮座していると云う事です。

p7310330-2017-11-13-10-00.jpg

境内には本殿を取り囲むように、石の祠が置かれています。

p7310321-2017-11-13-10-00.jpg

古事記は故意に健御名方を諏訪に情けなく逃げた神のように、悪意のある神話に変えました。
健御名方はその名が記すように、勇猛な王子だった事でしょう。

p7310323-2017-11-13-10-00.jpg

王子と言っても、大国主の子ではありません。
建御名方は当時、大国主と双璧をなした「事代主」副王と越ノ国の姫「沼川姫」の間に生まれた御子でした。

p7310324-2017-11-13-10-00.jpg

健御名方は正式には「健御名方富彦」と呼びます。

p7310325-2017-11-13-10-00.jpg

越ノ国から事代主の富家に輿入れしていた沼川姫は、事代主が不慮の事件に遭い、夜見ケ浜の粟島で天に昇ったので、実家に帰ることになりました。
これに建御名方は、母君に付き添ったと云います。

p7310326-2017-11-13-10-00.jpg

越ノ国に移った建御名方は、その後、信濃国の諏訪地方まで進出し、出雲王国の領地をを広げ、その結果出雲の国教であった斉の神信仰が広まったそうです。
彼の没後、現在では諏訪湖の南北にある諏訪大社や、長野市や飯山市の健御名方富命神社などに祭られています。

p7310329-2017-11-13-10-00.jpg

この話の流れで行くと、建御名方が「けしからん」と怒りをあらわにした相手はタケミカヅチではなく、父と出雲王を死に追いやった「穂日家」であった事でしょう。
事代主は兵士の育成も担っていたそうなので、建御名方がそのリーダー格であったことは十分考えられます。
しかし結局、彼は穂日家を討ち亡ぼすのではなく、母を連れ立って、越ノ国へと去って行ったのでした。

p7310331-2017-11-13-10-00.jpg

敗神として記紀に記されてしまった建御名方を堂々と祀る神社が、出雲に他に見当たらない中、鳥屋神社にだけはこうして祭神として祀ってあるということは、ここがかつて建御名方の住まいがあった場所なのではなかろうかと想像してみます。
そこには人望に長けた、若王子の夢の跡が伺えました。

p7310334-2017-11-13-10-00.jpg

3件のコメント 追加

  1. narisawa110 より:

    新潟と、上州群馬ですが、ルートがあります。
    伝説の酷道、山さいがねかの、清水峠ルート
    本来の国道8号、現在の国道291号線、谷川岳ルートです。
    おそらく謙信尾根ルートではないかと思われます。
    秘密裏に行動するのならうってつけのルートです。
    改めて地図で確認すると、本当に近いんですよね。
    竹葉瀬君の日本海ルート、私も支持する所であります。

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      居多神社の情報をくださったのは、以前コメントをいただいていたnokanannさんとおっしゃる方でした。どこでこの情報を得たのか、本当にすごい方です。

      いいね

  2. narisawa110 より:

    鳥屋(戸屋?)ですが、人名で言うと、圧倒的に多いのが群馬で、ついで佐賀や島根になります。
    新潟にもあります。
    私の住んでる中央区近くには鳥屋野潟(とやのがた)があります。
    新潟は全国一神社の密度が高い地域で、その役47%前後が諏訪神社と言われています。

    最終的に諏訪から南方一族が関東方面に行ったのなら、上州あたりに鳥屋さんが住んでるのは腑に落ちます。
    やっぱり上州の上毛野の受け皿は千鹿頭神か、南方神だったのかもしれませんね。

    いいね: 1人

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください