剣山:前編

投稿日:

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賢見神社で思わぬ出会い(剣の交差紋)があり、いざ剣山登拝へ。
ミステリアス剣山には、三種の神器が眠っているという伝承もあります。
しかも三種の神器といっても日本のそれではなく、ユダヤの三種の神器だと云う、なんじゃそりゃ~。。

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今回目指す剣山、剣山は剣山でも剣山ではありません。

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おお、あれが剣山か!ってガスってる~。。

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しかし剣山最大の磐座である「御塔石」(おとうせき)は目視できました。

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登山口に到着後、僕はすぐさまリフトに乗り込みます。
ここから歩き登山でも、リフトの終着駅である西島駅までは45分。リフト15分。
その差30分程度ではありますが、楽して登れるなら楽をするを信条とする僕に迷いはありません。

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楽ち~ん♪

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てか、リフト15分て結構あります。歩き登山にせんで良かったよ。
本来なら剣山頂が見えるはずですが、ガスってます。

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リフトを降りた時点の標高が1,750m。
なんの苦もなくこんなところに降り立てるとは、文明の恩恵を感じざるを得ません。

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剣山(つるぎさん)は、徳島県三好市東祖谷、美馬市木屋平、那賀郡那賀町木沢の間に位置する霊山で、標高は1,955m。

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徳島県の最高峰で、別名を「太郎笈」(たろうぎゅう)と呼ばれ、南西側の次郎笈と呼ばれる山と並んで鎮座します。

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剣山は千数百m級の山々が連なる四国山地の東部にあり、愛媛県の石鎚山に次いで近畿以西の西日本では2番目の高峰となっています。

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今やトレッキング感覚で登頂できる剣山ですが、往古から修験の山として山岳信仰の地でした。

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名の由来には幾つかの説がありますが、もっとも有名なのは安徳帝が剣を山頂に埋めたからというものです。
さすがに幼き安徳帝は来ていないだろうと思われますが、剣山にはまだまだとんでも伝承てんこ盛りなのです。

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リフト終着駅から山頂までもいくつかのルートに分岐していますが、今回僕は、1200mを約60分で山頂に達する「大劔神社経由コース」を選択しました。
大劔神社には剣山最大の磐座が鎮座しており、今回の登拝で外せないと思ったからです。

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他に岩場の鶴ノ舞・蟻ノ塔・迫割石・鎖行場、洞窟の不動岩屋、両劔神社、古劔神社、三十五社の祠などがある行者コースがあり、再訪の機会があれば、その時は行者コースにチャレンジしたいと思います。

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山道は一般的な登山道で、危険な場所は特にありません。

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しかしリフト駅のカフェショップでは、行者コースで重大な滑落事故があったと警告されていました。

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またツキノワグマの目撃例も報告されており、やはり山は舐めてはいけないのだと思い知らされます。

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それとカフェでこんなやりとりがありました。
可愛い素敵な女性店員さんが僕のぶら下げたカメラを見て、
「写真を撮りに登られるのですか?私もスマホとかですけど、写真撮るのが好きなんです」
と声をかけてくれました。僕に気があるのかもしれません。

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「でも今日は雲がかかって真っ白ですね、少し晴れてきたけど店を開けた時はとても真っ白でどうなることかと思っちゃいました」
「ええ、でも僕は、霧がかった景色も大好きなんですよ。とても神秘的ですよね、まるで貴方みたいに」

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カウンターに身を乗り出してそう告げる僕に、店員さんはオーダーしたペットボトルの水とお釣りを手渡してくれました。

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そんな素敵な回想に浸っていると、見えてきました「大劔神社」が。

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リフトの西島駅まで600m、山頂まで760m、楽ちん登山のちょうど中間点に鎮座するのが大劔神社です。

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背後に巨大な磐座を背負っています。

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「大劔神社」(おおつるぎじんじゃ)は、剣山登山口にある劔神社(つるぎじんじゃ)の本社になります。

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祭神は「大山祗命」「安徳天皇」「素盞嗚命」で、背後の御塔石(おとうせき)を御神体とします。

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「天地一切の悪縁を断ち、現生最高の良縁を結ぶ」といわれており、剣山の名の由来の一説として、当社の存在があります。

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そしてそう、社紋は剣の交差紋。
これを見て僕は、僕が思い至った一つの考察を、また確信へと一歩近づけました。

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それは古代に詳しい人からすればツッコミどころ満載なのかもしれませんし、富家の伝承にもなさそうな話になります。

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詳しくは今後展開予定の白姫シリーズで考察していきますが、その前にまず1冊本を書き上げないといけません。
このシリーズは片手間でまとめられないような気がしているからです。

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しかし何故に四国で、このように堂々と剣の交差紋が掲げられているのか。
富家でさえ、剣を大根(丁子)に変えられているというのに。

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剣の交差紋はサイノカミの交配を表しているといいます。
それは命誕生の神秘を尊ぶものです。

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出雲王家は第二次物部東征によって終焉を迎えますが、以後も王家の威光は残り続けます。
出雲王家の一雄である富家の家紋、剣の交差紋は特別なものであり、誰もが気軽に掲げることができたとは思えないのです。

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では剣山や賢見神社に剣の交差紋を掲げさせるに足る一族とは誰なのか。

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四国は早い時点で出雲王国と交易があり、出雲王国領であったと富家に伝わります。
では富家の何某かが当地に根付いていたのか。

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四国といえば阿波忌部もいます。
彼らが富家のふりをして、交差紋を掲げたのか。

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いや、忌部にそのような度胸は無かったのではないかと思われます。
では、、、

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そういえば驚く発見がありました。
賢見神社の御朱印、nakagawaさんのご指摘同様、僕も「白山」の文字が何故押されているのか気になっていましたが、くるま座さんのご教唆で白山ではないことがわかりました。
「賢見白王大神」と御朱印は押されているのです。

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白王、白山、白姫、白川、白水、そんな「白」をキーとするワードが僕の行き先でぽつりぽつりと姿を現し始めました。

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白とは「月」。
そしてその奥に見えてくるのは「越智家」の存在なのです。

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と、どうやら剣山山頂の「劔山本宮宝蔵石神社」(ほうぞうせきじんじゃ)に着いたようです。

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展望は真っ白。
景色は心眼でお楽しみください。

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するとぶわりと風が吹いて、雲を吹き飛ばしました。
「ちょっとだけよ」
女性も景色も、チラ見せほどセクシーなものはこの世にありません。

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宝蔵石神社の祭神は、大劔神社と同じ「大山祗命」と「安徳天皇」と「素盞嗚命」。

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御朱印をいただく際、御神職に交差紋の由来について尋ねました。

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「剣山には、屋島の戦いで敗れた後、幼い安徳天皇を守りながら落ち延びた平家が再興を願い、三種の神器のひとつである宝剣を、この裏の宝蔵石に収めたという伝承がございます。はっきりと分かってはおりませんが、紋はそこから来ているという説がございます」

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壇ノ浦に沈んだとされる草薙剣が、実は剣山に眠っているということでしょうか。

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社裏の宝蔵石については、安徳天皇の伝説もぶっ飛んでいますが、もっとぶっ飛んだ伝承があります。
それはユダヤの三種の神器である「アロンの杖」と「十戒が書かれた石板」と「マナの壺」が聖櫃「アーク」に納められて、この宝蔵石の下に埋められているというのです、おったまげー。

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アークはソロモン王の秘宝ともいわれ、日本の神輿にそっくりだとも伝えられます。
毎年7月17日に行われる剣山本宮例大祭の日は、「旧約聖書」の中に出てくるノアの箱舟がアララト山に漂着した日と同じなのだそうです。

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そもそもソロモン王とは誰ですか?ということですが、彼は古代イスラエル王国4代目の王となります。
モーセはエジプトの奴隷となっていたユダヤ人を開放し、彼らとともに約束の地カナンへと向かいます。
その時、ユダヤの三種の神器を聖櫃に入れて運び出したと伝えられます。
アークはエルサレム神殿の中に保管され、やがてそこに古代イスラエル王国が建国、アークをソロモン王がゲットだぜ、というお話です。

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ソロモン王の次の時代、イスラエル王国は北のイスラエル王国と南のユダ王国に分かれます。
その後、イスラエル王国はアッシリア人によって滅ぼされ、ユダ王国は新バビロニアによって滅ぼされました。
しかしこの時、南ユダの預言者イザヤは国が滅ぼされることを予言し、一部のユダヤ人と共にアークを持って、イスラエル王国を脱出したとされています。

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イザヤは、東の陽いずる国を目指して船を進めたとされ、ついに到達した島が四国であり、標高の高い山「剣山」の山頂付近の洞窟にアークを隠したのだと云うことです。
いやはや壮大な話です。
「まさに人類の宝ってやつさ。俺のポケットには大きすぎらぁ」

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その剣山の真相に迫るべく、発掘調査が2度行われています。
1回目の発掘調査は1936年、高根正教氏らによるものです。
彼らが山頂付近を掘って見てみると、アーチ状の空間が現れ、中には太陽石やピラミッド、大理石でできた門など、地下都市のような場所が出てきたと云います。
しかしなぜか彼らは特高警察に検挙され、発掘品を押収されてしまったそうです。

1964年には剣山一帯が国定公園に指定されます。そのため発掘調査ができなくなりました。
しかし戦後、元海軍大将の山本英輔氏が剣山の発掘調査を開始しました。
彼は高根氏の発掘場所を見つけ、そこから更に掘り進めたのだそうです。すると、中から100体以上のミイラが見つかったとか。
このことは当時、徳島日報の記事になり話題を呼んだが、どこからか圧力がかかり、記事と会社ごと消されてしまったと噂されています。

ただ、これらのことは下記のような情報もあり、信頼性が如何程のものかは疑問があります。

徳島日報の剣山ミイラ発掘記事は消されたか?誤解の原因を考察する(記事の写真有り)

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とまあ、壮大なお話は置いといて、完全にガスった世界に佇む僕ですが、この白い世界がなんとも心地よいのです。
この道の先が黄泉の世界に続いているのだとしても、そこでそらくんに逢えるのだとしたら、歩み進むことにためらいはないのでした。

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5件のコメント 追加

  1. narisawa110 より:

    徳島には交差紋様が他にもあるようですね
    阿波の建布都神社 もこの紋様の様ですよ

    私の勘なんですが、後の中臣家の地盤の那珂郡には賀茂町があり、太田家の関係で⚔紋様が来てるのではと考えています

    対岸の和歌山には紀伊家がありますが、系図には二つありまして、その一つが三輪大君からの系譜が伝承としてあります
    また、徳島は銅鐸の大量埋納があった所です

    磯城家に対抗心のあった太田氏なら、交差紋様を掲げてそう〜と思います

    いいね: 1人

    1. CHIRICO より:

      太田氏、ヤタガラスですか。その線もなきにしもあらずですね。
      黒のヤタガラスと白の越智という対比が、少し気になっているところです。

      いいね

  2. Nekonekoneko より:

    剣山に御塔石、宝蔵石、草薙剣、失われたアーク🐥磐座は幽玄とした雰囲気が漂っています。剣山は神秘的な山ですね。発掘してたら特高警察がやって来るとか痺れます🦑曽良くんの居る黄泉の国へ行くんですか。現世に帰ってくる時、ゾンビ状態の曽良くんがついて来る😨黄泉の国って地獄なんですかそんな場所にうさぎは居ない…

    いいね: 2人

    1. CHIRICO より:

      黄泉の国と地獄は別物です。
      僕は地獄は宗教が作り出した嘘だと思いますよ。
      ゾンビでももふもふだったら、まあいいか。

      いいね: 2人

      1. Nekonekoneko より:

        ゾンビもふもふ…なんだか魅惑🐥あなたは宗教が人間を脅す為に地獄という概念を作り出したと考える。しかし、地獄というものを宗教が説く理由は、人間を救う為に他ならない。何故なら、罪を犯して悔い改めを全くせずに死んだ人間の精神状態とはまさに地獄の世界そのものだからです。我々の死後に赴く世界が我々の魂、心、精神を反映した世界だとしたら、我々の生前の心と行いを正す教えは我々を救う教えです🐣

        いいね: 1人

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